トップクリエーターは、どのような高い意識をもって表現のオリジナリティーを確立しているのだろうか。グラフィック、映像、インスタレーションなど、様々なビジュアル表現を追求し、ユニクロのクリエーティブディレクターとしてブランドの確立と急躍進を支えたことでも知られるタナカノリユキ氏に聞いた。
著作権や独創性に対する考え方が希薄だった広告界
──広告表現の独創性について、どのように考えていますか。
まず、どういう表現を「独創性」として定義するかという難しさがありますよね。コラージュやリミックスのように、既存の要素を編集し、コンテキストを変えて提供する表現もあれば、絵を描くように、ゼロから生まれる表現もある。広告に関わることは、どちらかといえば目的を達成させるプレッシャーから前者の側面を多く持っているのではないでしょうか。一般の人が認知しやすいパブリックな題材や常識的な価値観を使い回しながら、コピーによって全く違う意味を持たせたり、ビジュアルの工夫によって新鮮な驚きをもたせたり……。そうしたときに、既存の要素が1だとすると、アウトプットされた表現が、1+1=2ではなく1+1=10というふうにならないとダメなんだと思います。
僕はアート活動もしてきましたし、芸大にいたときには個性やオリジナリティーの重要性について徹底的にたたきこまれました。広告はアートではなく、ビジネスやエンターテインメントだと思いますが、独創性のプライオリティーは、ゼロから造形物を作っていたアートと何ら変わりません。ただ、広告界を客観視すると、そもそも日本の広告の歴史そのものが、海外のコマーシャルやアート作品などの焼き直しがうけてモノが売れたり流行になったりということを内在させてきたように思います。販促やヒットを優先するあまり、著作権や独創性に対する考え方が希薄だったことは否めないでしょう。
「新規性」と「親近性」でいうと、アートは「新規性」が多く問われますが、広告の場合は「親近性」が多く求められます。そういうことも大きく関係して、無から有を生み出すよりは、情報を組み替えて有から有を生み出すことのほうが多いのではないでしょうか。
また、情報化とテクノロジーの革新がすさまじい勢いで進んだことによって、既存の表現を簡単にコピーできる時代になっています。そうした中で、「元ネタ」をあえていじったり、再加工することへの抵抗感が薄れている気もします。
──クリエーターとして、意図しないで既存の表現と類似してしまう可能性について考えたことはありますか。
個人的には、既存の表現を「知らなかった」ではすまされないと思っています。プロですから。一般的に、意図しないで既存の表現と類似してしまった例があるとすれば、広告主は、中傷や風評被害にさらされるリスクは極力避けたいですから、おとなしく引き上げるケースがほとんどでしょう。
二番煎じの回避はクリエーターの大事な仕事
──海外のクリエーターと仕事をする機会も多いと思いますが、彼らの独創性に対する意識をどのように見ていますか。
一流の仕事をしている海外のクリエーターたちは、時代を前向きに変えるような広告、人々に貢献するような広告を作るんだという意識が強く、そのうえで独創性がどれだけ重要かを知っています。そうしたクリエーターに広告制作を依頼する広告主も、当然ながらブランドの意識が高い。企業の存在意義や社会貢献的な役割を自覚し、マーケティングでは解明できない深いコミュニケーションを、目の前の利益を超えたブランドとしての長期的戦略で追求する意欲が旺盛です。彼らとしては、既存の表現に似たものを出していては、競合他社に勝ち抜いていけない。独創的な広告が生まれるのは、ブランドを考えるとある意味必然なんです。
日本の企業、あるいは広告クリエーターが、そういう世界のトップクラスを、果たしてライバル視しているかどうか……。その意識を持っているか否かで、生み出す表現は違ってくるはずです。「カンヌの入賞作がカッコよかったから、自分もああいう表現をまねてみよう」などという発想は論外です。食文化やアニメといった日本のオリジナリティーは世界的に評価されていますが、広告においても世界を席巻してやるんだという志がなければダメだと思います。
──企業とクリエーターがオリジナリティーの重要性を共有することが大切なのですね。
本当の意味でのブランディングは、企業が何者であるのか、競合他社に対してどういう優位性や独自性があるのか、社会にどれだけコミットし、また貢献しているのか、ということを世に示すことです。ただ、クリエーターがそうした意識を持っていても、「今、商品が売れればいいので、以前評判を呼んだ他社の広告に近いものを作ってほしい」と企業の宣伝部に要求されることは、実際の制作現場において少なくないと思います。それに対して「ブランディングにおいて独自性がなければならない」などと反論すると、面倒くさいクリエーターだ、暑苦しいクリエーターだ、などと敬遠されてしまったりするかもしれません。ただ、既存表現の二番煎じは企業の存在意義や倫理観を問われることになるので、それを避けるように説得するのもクリエーターの大事な仕事だと思います。
少し話がそれるかもしれませんが、僕がユニクロに広告制作を依頼されたころ、海外企業の「チープ・レイバー(低賃金労働)」の問題が取り沙汰されていました。ユニクロも新興国に工場を持っていたので、「労働条件を自分の目で確かめたい」と伝えました。柳井正社長は「どうぞ見てください」と言ってくださり、現地工場に赴いて正当な労働条件かどうかを確認させてもらいました。また、広告制作においては、競合他社のコマーシャルの手法とことごとく違うものを目指しました。だからこそユニクロの独自性や優位性を印象づけることができたと思っています。
クリエーターの単なるエゴになってはいけませんが、企業のオリジナリティーや倫理観を見定めていくことは、両者にとって非常に大切なことだと思います。
クリエイティブディレクタ-/アートディレクター/映像ディレクター/アーティスト
1985年東京藝術大学大学院美術研究科修了。グラフィック、ドローイング、映像、空間表現のほか、サイエンスミュージアムの開発・設計、ミュージックビデオやCMの演出、広告、CI、ブランディングなどのアートディレクション、クリエイティブディレクションなど、アートやデザインといった枠組みを越え、ビジュアルコミュニケーションデザインに関わる領域で幅広く国際的に活動。最近の仕事にユニクロやソニー・エリクソンのクリエイティブディレクションなどがある。アジアンパシフィック広告賞金賞、東京ADC賞他内外で受賞多数。