応募作品の独創性は、審査委員の知見と議論によって判断される

 海外の広告賞では、エントリー作品のオリジナリティーをどのように評価しているのか。広告表現の類似性や模倣のリスクをどのように回避しているのか。カンヌライオンズを始め、国内外の数々の広告賞の審査委員を務めている鏡 明氏に聞いた。

オマージュやパロディーは模倣か否か

鏡 明 氏 鏡 明 氏

──海外の広告賞の審査会では、応募作品がすでに発表されている作品と類似しているようなケースはありませんか。

 カンヌライオンズなど海外の大きな広告賞では、過去の受賞作をデータベースとして持っていて、審査委員から「よく似た作品が過去にあった」という指摘があれば、事務局が迅速に該当作品を探して審査委員に示してくれます。事務局も、少なくともショートリスト以上の受賞候補作については、応募規定に抵触していないかどうか検証していると思います。ただ、他の広告賞の過去の受賞作品までデータベース化しているわけではないので、全方位的にチェックするのは物理的に不可能です。ですから、審査委員の知見に頼っている部分もかなりあります。意外とプリミティブな手段なんです。

──類似した作品の応募を避ける有効な手立てはないものでしょうか。

 韓国の広告賞では、受賞候補の作品を審査の過程でいったんウェブサイト上に発表し、クレームがないことを確認してから賞を与えるそうです。似ているかどうかという判断基準は人によって違い、判断の範囲をあまり広げてしまうとなんのために審査委員がいるのだということになってしまいますが、違法性や歴然とした類似に限ってチェックする目的であれば、一つの手立てといえるのではないかと思います。

──発表済みの作品に似ていながら、模倣や盗作と判断されなかった広告の事例などはありますか。

 カンヌライオンズのグランプリを獲得したコマーシャルフィルムが、ある前衛的な映像作品にそっくりだと批判を受けたことがありました。しかし、賞の取り消しにはなりませんでした。審査委員たちは、表現は類似しているが、メッセージとコンセプトがオリジナルだと判断したからです。

 今年のカンヌライオンズのモバイル部門で金賞を獲得したコカ・コーラの「Hilltop re-imagined」というキャンペーンは、1970年代に同社が制作したテレビコマーシャルの「世界中の人々にコーラをおごりたい」というコンセプトをそのまま再利用して、「スマートフォンと世界中の自動販売機を結べば当時のコンセプトが実現できる」ということを、モバイル広告で示しました。この広告は、模倣と指摘されるどころか、絶賛されました。

──オマージュやパロディーと模倣の線引きは難しいですね。

 ポストモダン的な表現が一つの手法として認められてきたとすれば、オマージュやパロディーだってオリジナル作品として認められてもいいだろうという意見が必ず出てきます。私自身は、広告表現においてオマージュやパロディーの手法は必要ないと思っています。あくまで独創性を追求すべきだと。

クリエーターは萎縮せずに自分の信じるアイデアを貫くべき

──模倣や類似と判断される広告表現には、どのような特徴がありますか。

 海外の広告賞の傾向として言えるのは、既存の作品にアイデアが類似していながら、表現が違っている場合については、許容される場合が多いのに対して、表現までも類似しているものについては厳しい評価が下されやすいということです。

 全く意図せずに表現がまるで似てしまうという可能性もなくはないでしょうが、個人的には、物の考え方や価値観が似ることはあっても、作っている人が違えば、どこか表現が違ってくるはずだと思っています。

──クリエーターは、どのようなことを心がけるべきですか。

 どんなクリエーターも、他の人の作品にインスパイアされることは多分にあると思います。私も、60年代に数々の名作広告を生んだアメリカの広告会社DDB(ドイル・デーン・バーンバック)のクリエーティブに随分触発されました。だからといって表現までまねようとは思いませんでしたし、カメラワークなどの技法を参考にしたりしました。グラフィックでたとえるなら、浮世絵の技法をまねるようなもので、構図や絵柄が独創的であれば、「広重のまねだ」と言われることはありません。

 結局のところ、クリエーターは自分のアイデアを信じて表現するしかないと思います。既存の作品に似た表現があるかもしれないと、あれこれ悩んでも仕方のないことです。

──広告の独創性を公平に評価するために、海外の審査委員はどのような配慮をしているのでしょうか。

 海外の審査委員は、過去の受賞作品をよく勉強しています。過去20年、30年ぶんの上位入賞作をほとんど覚えている、なんていう人もざらにいます。過去の作品に大変敬意を払っているのです。一方で、既存の広告を全く知らない人の視点を無視することもできません。

 中近東を対象とする広告賞の審査委員をしたときのことですが、私を含めて域外の国の審査委員全員がグランプリに推したテレビコマーシャルがありました。ところがイスラム圏の審査委員たちは、「ちっとも新鮮じゃない、イスラム圏では使い古された表現だ」と言って、オリジナリティーの評価に反対しました。結局、その作品は、入賞は果たしたものの、グランプリには届きませんでした。過去の作品を知っている人と知らない人が意見を交わすことで、妥当な審査結果が導き出されたわけです。

──広告賞が課題とすべきことは。

 審査委員同士が徹底的に議論する機会を作ることが重要だと思います。加えて、審査委員一人ひとりが正々堂々と受賞理由を説明できるかどうかです。かつてカンヌライオンズの審査委員が最も恐れたのは、受賞発表のときの観客からのブーイングでした。最近は批判を恐れるよりも、なぜその作品を選んだのかという「説明責任を果たしたい」という審査委員が増えています。実際、それぞれ本国に戻って報告会を開いたりしています。私も必ずそうしています。

 模倣や盗作は、広告賞の質、ひいては広告業界全体の質を落とすゆゆしき問題です。ただ、監視の目を厳しくするあまり、広告賞の本来の目的である、フレッシュなアイデアや表現が抑圧されるようなことがあってはならないとも思います。

鏡 明(かがみ・あきら)

電通 New School 学長 / 株式会社ドリル エグゼクティブ・アドバイザー

2012年3月電通 顧問退任後、現職。
元電通のエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。ACC賞、カンヌ、アドフェストをはじめとする国内外の広告賞で受賞多数、また審査員を務める。02年、アジア最大の広告賞アドフェストでアジア人初の審査委員長を務め、09年カンヌ国際広告祭では東アジア初の審査委員長に就任。主な作品は、東京海上火災「損害保険シリーズ」、パナソニック「ルーカスの仲間たち」「マックロード」「ナショナルのあかり」、WOWWOW「走る女」「BIRD MAN」など。