広告制作者は、著作物を創出しているという誇りを持って

 絵画や小説や音楽と同じように、広告表現にも著作権法の保護対象になるものがある。この事実は、広告を世に送り出す企業やクリエーターの、独創性に対する意識を高める一方で、著作権侵害の回避という社会的責任を問いかけている。かつて日立家電の宣伝部でさまざまな広告を手がけ、長年にわたり広告と著作権について研究されてきた梁瀬和男氏に、広告制作にあたって法務上、留意すべき点について聞いた。

著作権侵害の判断基準となる「類似性」と数値的裏付け

梁瀬和男氏 梁瀬和男氏

──広告の著作物性について、どのように考えますか。

 私は、70年代前半から、芸術作品などを保護する著作権法が、広告作品にも適用されるはずだと主張してきました。当時、そうした概念は一般的でなく、著作権業界も絵画などいわゆる「芸術」を重視していました。「広告はものを売る道具に過ぎない。文芸、学術、美術、音楽などの芸術、文化と同等ではない」と。しかし今日では、「広告作品も著作権法で保護される」という認識が広く共有されています。

 なお、ある作品が保護されるべき著作物であるためには、次の4つの要件を満たしている必要があります(著作権法第2条)。

  1. 思想または感情(アイデア、個性、情緒など)
  2. 創作性(ユニーク、個性的、他人の真似でない)
  3. 表現されたもの(知覚できるように表出されたもの)
  4. 文芸、学術、美術または音楽の範囲に属する(範囲はあまり厳格ではない)

 また、著作物の具体例として、著作権法10条には次のように示されています。

  1. 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物(広告コピー)
  2. 音楽の著作物(CMソング)
  3. 舞踊または無言劇の著作物
  4. 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物(広告デザイン)
  5. 建築の著作物
  6. 地図または学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
  7. 映画の著作物(テレビCM)
  8. 写真の著作物(広告写真)
  9. プログラムの著作物

 広告関係者、企業の宣伝部員、クリエーターは、広告著作物(著作物性の要件を備えた広告制作物)を作っているのだという誇りを持ってほしいと思います。そして、よい広告とは、芸術と同じように、見る人に感動を与えるものであり、ユニーク(唯一無二)でなければなりません。ですから、「この表現をどこかで見た」「既存の作品とよく似ている」という印象を与えてしまった時点で、世の中に出す価値はないということなのです。

──法務上、著作権侵害と見なされるのは、どのような著作物なのでしょう。

 広告作品にとって最も重要なポイントは「アイデア」です。「ユニークなアイデア」です。一方、著作権侵害にとって最も重要なポイントは「表現」です。「創作的な表現」です。そして、両者に共通する重要なポイントは「類似性」です。著作権法が保護するのは「アイデア」ではなく「表現」ですから、「アイデア」がとんなに似ていても、「表現」が異なっていると判断されれば、通常は著作権侵害にはなりません。
また、著作権侵害には複製権の侵害のほかに翻案権(編曲などで二次的著作物を創ることを承諾する権利)の侵害もあります。いずれの場合も、全く偶然の「空似」であることを立証できれば侵害にはなりませんが、その立証はかなり困難です。複製権の侵害では、その「表現」が「同一または実質的同一」と判断されれば侵害となりますが、その判断は「デッドコピー」はもちろんのこと、「類似性」がかなり厳しく求められます。一方、翻案権の侵害では、「依拠性」(単なる「認識」ではなく、既存の作品を自作のよりどころにすること)と「本質的な特徴の感得」の有無が判断基準となり、「同一または実質的同一」よりも類似性がかなり緩やかに判断されます。

──「本質的な特徴が感得することができる場合」というのは、つまり裁判官の主観に左右されるということでしょうか。

 そうなります。人によって感性は違いますから、万人が納得できる判決を裁判官が下せるのかと不安になりますよね。ただ、聖域視されてきた感性の世界に、数値的アプローチを導入することによって、逆転判決を勝ち取った画期的な裁判がありました。ある楽曲が著作権侵害で訴えられた一件です。

 原告は、被告が発表した楽曲が、原告が作った楽曲を複製したものであり、著作者人格権と著作権が侵害されたとして、地方裁判所に提訴しました。地裁は原告の請求を棄却しましたが、二審の高等裁判所は被告の編曲権(翻案権の一つ)の侵害を認める判決を下しました。被告による最高裁への上告は棄却され、高裁の判決が確定しました。

 原告の作品はコマーシャルソング、被告の作品は唱和的なポピュラーソングで、双方とも比較的短くわかりやすいメロディーの構成でした。原告の弁護士は、2つの楽譜を比較し、「メロディーでは両曲全体の約72%の範囲で同一音であり、和声は全16小節中12小節までが同一和声で構成されており、リズムは約74%の範囲で同一である」と主張しました。しかし、地裁の裁判長はその数値的分析を無視して、「一部似ているところもあるが、全体的には同一または実質的同一とはいえない」と自らの感性で判断し棄却しました。一方、二審では原告の弁護士が複製権の侵害ではなく、翻案権の侵害であると主張しました。高裁の裁判長は数値的分析を重要視し、「一部似ていないところもあるが、全体的には原告作品の本質的な特徴が感得できる」と判断して原告側の逆転勝訴となりました。数値的裏付けが、著作権侵害の判断基準になったわけです。数値的裏付けは、著作権侵害に限らず、商標権や不正競争防止法、景品表示法などでも違法性の有無の判断基準になり得ると思います。

「模倣や盗作=著作権侵害」ではない

──日立家電の宣伝部に勤務されていた際、広告のオリジナリティーについてどのような意識を持っていましたか。

 模倣や盗作があってはならないという意識を、実際に広告を制作する広告会社と常に共有していました。ただ一度だけ、ある商品のコピーが、競合他社の商品のコピーと似通ってしまったことがありました。それが発覚したときは、即刻使用を中止しました。その会社は、そのコピーを商標登録していたわけではありませんし著作物でもありませんでしたので、違法性はないことはわかっていましたが、企業のモラルとして、使用を取りやめたのです。もちろん意図的な模倣や盗作ではありませんでしたが、正しい判断だったと思います。

──意図的な模倣や盗作でも、著作権侵害にあたらないケースはあるのでしょうか。

 模倣や盗作がすべて著作権侵害になるわけではありません。判例の傾向としては、アイデアも表現も似ている場合は著作権侵害にあたる場合が多く、アイデアが似ていても表現が似ていない場合は著作権侵害にあたらないケースが多いですね。ただ、「アイデアが似ている」と思われているにもかかわらず、違法性がないからといってその広告を使用し続けることが、果たして企業にとって得策なのか。企業の信頼という観点から見ると、やはりモラルの問題といえるでしょう。

──クリエーターは、どのようなことを心がけるべきでしょうか。

 「オンリーワン精神」で制作に臨むこと。これに尽きると思います。残念ながら、広告会社が制作した広告が著作権侵害で訴えられたケースは、カタログ、ポスター、スローガン、カタログ写真、イラストなど、いろいろな表現に見られます。たとえ意図的な模倣がなかったとしても、広告主を被告側の立場にしてはいけません。一方、広告主から「この表現が魅力的なので、これと同じような広告を新たに作ってほしい」と頼まれた場合でも、制作者として、「信義則に反する」として拒否できるような、対等のパートナーであってほしいと思います。

梁瀬和男(やなせ・かずお)

金城学院大学 知的財産権論 非常勤講師

日立家電、日立製作所の宣伝部で30年近く日立の家電品の宣伝を担当。広告会社の明通で約8年間広告企画に従事。1999年4月に新設の愛知学泉大学コミュニティ政策学部に赴任し8年後に定年退職。現在は金城学院大学で知的財産権論を担当している。日本貸金業協会広告審査小委員会委員長、日本経営管理学会理事、著作権法学会、日本広告学会に所属。
著書に『広告法規』(共著、商事法務研究会)、『PL法と取扱説明書・カタログ・広告表現』(産能大学)、『デジタル時代の広告法規』(共著、日経広告研究所)、『広告とCSR』(共著、生産性本部)、『企業不祥事と奇跡の信頼回復』(同友館)、ほか多数。