博報堂は、2011年1月1日にチャイナビジネスプラニング局を発足。本局は上海だが、現地感覚を持ったサポートが可能な国内組織として日本分室を構えた。中国でビジネスを展開する日本企業の本社関連部署への対応や、これから中国市場への進出を検討している得意先のサポートなど、様々なニーズに対応している。その日本分室は昨年、「Chi-NEEDS College(チャイニーズ・カレッジ)」「博報転載(はくほうてんさい)」「博業順利(はくほうじゅんり)」「インバウンドブランディングトリップ」という斬新なプログラムを立て続けに開発した。03年から08年まで北京の現地拠点に勤務し、帰任後も中国ビジネスに関わり続けているチャイナビジネスプラニング局日本分室担当室長の木戸良彦氏に聞いた。
クチコミ効果を最大限に引き出す
──「チャイニーズカレッジ」の活動内容とは。
「チャイニーズ・カレッジ」は、日本の百貨店やブランドショップなどで通訳として働く中国人留学生に着目したプログラムです。この留学生らは中国人旅行客が店頭でどんな気持ちでどんな買い方をしているのか、自身の通訳業務を通じて実感しています。その意味では、中国人生活者の消費動態における「有識者」と言えます。また、昨今のSNSなどの発展により中国にいる友人とも深くつながっている彼ら彼女らは、中国本土への「オピニオンリーダー」でもあります。そして何と言っても、留学を終えて帰国した後は、日本企業にとっての「ターゲット」になっていきます。この貴重なパートナーたちと共同で開発したマーケティングプログラムこそ、「チャイニーズ・カレッジ」なのです。「中国人観光客が訪問しやすい街づくり・店づくり」というインバウンドビジネスのみならず、「中国で売れる商品の開発」といったアウトバウンドビジネスへの効果も期待できます。
この「チャイニーズ・カレッジ」には、様々な企業から調査の依頼や、「集まった感想を中国語の自社サイトに載せたい」という依頼が寄せられています。
──中国の消費者のメディア接触の特徴と、「博報転載」の活動内容とは。
「中国ではクチコミが効く」という言葉をよく耳にされると思いますが、実際に効くクチコミの内容や形態は、昨今変わってきていると感じています。数年前までは、有識者や有名人が企業サイトや専門サイトなどで自身の商品使用体験を語る、というクチコミマーケティングが主流でしたが、そういった企業からの依頼型のクチコミを、今の中国の生活者は「本当」の情報として受け止めなくなり始めているように思います。もしかすると、中国市場で起きている様々な消費トラブルがその背景にあるのかもしれません。
それから、中国には「転載」という情報伝達の特徴があります。中国のメディアは、出典元を明記すれば自由に転載できるため、新聞や雑誌から他の紙媒体、紙媒体からブログや中国版ツイッターの「微博(ウェイボー)」のクチコミ、クチコミからクチコミという流れで情報が広がります。企業情報に関する記事でも、多い場合は1件の記事から、転載によって数百媒体に露出する例も見られます。
「博報転載」は、このような“情報の質”と“転載”に着目したプログラムです。04年から独自に蓄積する新聞(445紙)、雑誌(256誌)、インターネットニュース(2,672サイト)の報道記事及びBBS(600サイト)、ブログ(14ポータル)、Q&Aサイト(10ポータル)及び主要5社の提供する微博サービスのクチコミデータベースをもとに、転載件数で「本当」の情報価値を測っていきます。例えば、業界やPRするテーマ(商品、企業、CSRなど)ごとに、転載件数が多い順に記事をランキング化。その傾向を読み解き、優先的に発信すべき内容や、リリースの書き方、注力すべき媒体などを分析して効率的なPR活動をプランニングします。PR活動は中国でも極めて重要ですが、生活者にとって価値ある情報かどうかは、出稿金額と比例していく「記事量」だけでは測れません。生活者の興味度に比例する「転載量」こそが生活者の「本当」に求める情報だと私たちはとらえています。
「博報転載」は、大変有意義なツールとして活用されています。時には定量調査やグループインタビュー以上のことが分かることもあります。例えば、中国にまだ浸透していない商品の消費者意識を知りたい場合、調査対象者を探すのは大変ですが、「博報転載」で分析すれば、その商品の周辺キーワードから消費者の反応を推測することも可能になるのです。
──「博業順利」の活動内容とは。
日本でもBtoB企業のブランディングの重要性に対する認識が近年高まりつつありますが、中国ではさらに重要です。日本では名だたる企業といえども、中国では企業名すらあまり知られていない。もしくは、BtoC事業については知られていても、BtoB事業の部分については認知されていない。このような状況のため、営業活動に大きな支障が生じている事例は多く見受けられます。しかも昨今では、中国のBtoB企業が力をつけてきており、より一層厳しい環境にあると言えます。こうした状況を踏まえ、これまでの中国ソリューションのノウハウを生かして、日本企業の中国におけるBtoBビジネスの拡大を支援するプログラムが「博業順利」です。情報環境分析、市場分析はもちろん、予算策定や入札資料作成支援、効果測定など、既存の広告会社の範疇(はんちゅう)を越え、トータルにサポートしていきます。
「平均化」よりも「インサイト」の探究が重要
──「インバウンドプランディングトリップ」の活動内容とは。
当たり前の話ですが、日本企業とその製品の「本当」の素晴らしさを最も実感できる手段は、実際に見て、触れて、体験することだと思います。このような事実を企業ブランディングに置き換えた場合、日本企業の素晴らしさは何と言っても「モノづくりの魂」、そしてそのリアリティーは本社の工場や研究所等の産業資産にあるのではないかというのが開発の出発点でした。実際、私自身も、中国人の部下や知人が日本にきて日本企業の優れた技術力に目を輝かせ、ファンになっていく様子を何度も目にしてきました。そんな発想を具現化したのが、「インバウンドブランディングトリップ」です。昨年、日本企業で初めて中国での海外旅行販売の認可を受けたJTBグループと共同で提供しています。日本のモノづくりの場に触れてもらい、参加者自身の企業のブランドイメージを高める。また、触れた時の心の動きや感動したポイントを調査して博報堂のデータベースと比較検証することで、中国における自社のブランディングに生かしていただいています。さらには、中国進出を検討されている企業が、その感触をつかむためのアウトバウンド視点での活用も可能です。美しい景色とおいしい食事をコアにした旅行企画とは一線を画しつつも、このプログラムはある種違った角度からの日本復興支援でもあるとも考えています。現在、このプログラムは、様々な企業や地方自治体などからお問い合わせをいただいています。
──中国におけるマーケティング活動のポイントは。
まずは何よりも「中国市場と生活者を大雑把ではなく緻密(ちみつ)に分析すること」だと思います。よく言われる話ですが、「平均的中国人」というものは存在しないというのが、中国ビジネスに携わって10年の私の実感です。
もちろん、し好や消費行動の共通点を導きだすことは可能ですが、「今の中国の若者は……」「中国の富裕層とは……」などと、ひとまとめにしてしまうのは非常に危険で、マーケティング上の判断を誤りかねません。だからこそ、価値観や心の動きといった「深い生活者意識」を読んでいくべきだと私は考えています。博報堂では2000年から、中国を含む世界の主要34都市の中・上位収入層を対象に、生活者のライフスタイル、価値観、メディアへの接触、ブランド評価、消費行動などを調査する「Global HABIT(グローバルハビット)」をスタートさせ、大量の時系列データをもとに「インサイト」を探っています。この「Global HABIT」は約900項目に及ぶ質問項目を一人の被験者に直接聞いているので、情報精度も高く、かつ複雑なクロス集計も可能となります。
そして、そんなデータや事実から中国市場と生活者の「本当」を見つけ出すことが最も重要です。様々な情報やデータが乱立する中、何が本当に求められているのか、何が本当に価値ある情報なのかを見抜く力。そこには幅広い知識と、地に足の着いた知見が必要になると私は考えています。
──中国でビジネスを展開するクライアント企業へのご提言は。
提言などと偉そうなことは言えませんが、中国市場におけるブランディングを一言で言うと、その企業・商品が「選ばれる理由」の徹底構築だと私は考えています。皆様もご存じの通り、昨今の中国市場は、単純に「日本ブランド・日本品質」を唱えるだけで勝っていけるような甘い環境ではありませんし、一方で企業側がアピールしたい要素をふんだんに詰め込んでも、カオスとも言えるほどの選択肢の中、その強みが逆に分かりにくくなってしまうような状況です。
つまり、どんな特徴があって、どんなメリットを提供できるのかを明確かつ論理的に打ち出すことができなければ、生活者は見向きもしてくれないような厳しい市場なのです。
だからこそ、チャイナビジネスプラニング局は、その「選ばれる理由」を強く太くしていくために最も効果的な「本当」を探し出し、発信すべき様々なソリューションやプログラムを日々開発しています。一筋縄ではいかない難しい中国市場での事業の発展のため、ご活用いただければと思っています。
博報堂 チャイナビジネスプラニング局 日本分室担当室長
1998年博報堂入社。5年間の営業部門での経験を経て、2003年に北京代思博報堂広告有限公司の設立メンバーとして中国北京に赴任。営業総監兼市場総監として様々な分野のマーケティングやコミュニケーション業務に従事。08年に帰任後も中国ビジネスに関わり続け、11年1月のチャイナビジネスプラニング局発足と同時に現職。現在は自動車、化粧品、家電、食品、トイレタリーなど幅広いクライアントの中国ビジネスプラニングを担当しながら、新しいソリューションやナレッジの開発にも従事している。