2002年から本格的に中国で販売を始めたヤクルト。広州を起点に主要沿海部に拠点を構え、中国の人々の食の安全・安心への意識や健康への関心の高まりとともにファンを獲得。現在は内陸部に販売網を広げている。同社の中国戦略について、経営サポート本部長 国際部 提携推進室 常務執行役員の成田 裕氏に聞いた。
類似品との差別化、まず飲んでもらうことが重要
――中国市場に進出した背景について、聞かせてください。
ヤクルトは、台湾では1964年から、香港では69年から販売を開始しています。また、香港で展開しているヤクルトのテレビCMが香港の隣の深圳(せん)で見られたりして、深圳を中心に広東省内で1日約8万本を売っていました。そうしたことから、中国本土への進出には、かなり以前から自信を持っていました。
ヤクルトは、生きた乳酸菌を毎日飲んでもらうことで健康に寄与する商品なので、消費地に近いところに工場を作って生産する必要があります。工場は消費者に見学してもらうことによって、ヤクルトの科学的価値を訴求し、品質と安全性をPRする役目も担っています。ただし中国では、外資系企業が中国国内向けの工場を作り、中国の消費者を対象としたビジネス展開をするには、法的な制約がありました。そのため、本格的に進出したのは、外資の参入規制緩和があった2002年まで待たなくてはなりませんでした。
――中国で販売しているヤクルトは日本のヤクルトと違いますか?商品ラインアップは?
ヤクルトはレシピを世界中で統一しています。ただ、内容量は、台湾や香港で販売している商品と同様100㍉リットルで、日本の65㍉リットルよりも大きめです。展開している商品はヤクルトのみです。「一人でも多くの人に健康になってもらいたい」と予防医学を志し、生きて腸に到達し、悪い菌の増殖を抑える働きのある「乳酸菌シロタ株」を発見した、創始者・代田稔博士の思いが詰まった旗艦商品の普及を第一に考えています。
――進出時、中国の健康飲料市場をどうとらえていましたか?
当時は、「乳酸菌飲料を飲んで健康づくりに役立てる」という概念が、中国にはほとんどありませんでした。それでいてヤクルトの類似商品はすでに存在していて、容器の形状がそっくりで中身が乳酸菌飲料でないものや、「ジョア」の商品名やパッケージをそのまま模倣したものもありました。ただ、「医食同源」という考え方や、薬膳料理の文化が古くからあり、国が豊かになるにつれて食の安全性への関心も高まっているので、「飲用体験」を経れば、他の商品にはない魅力を感じていただけると確信していました。実際、発売当初の価格は類似商品の2倍程度でしたが、支持が着実に広がっていきました。
――販売チャネルと売り上げ状況は。
02年に広州でスタートを切り、上海、北京、天津といった沿海の都市部を中心に事業所を増やしていきました。沿海部の展開に大方メドがついたここ数年は、武漢、西安、長沙などの内陸部に営業範囲を広げています。販売拠点は現在21カ所で、その対象人口は、約2億9,000万人です。さすがに人口規模はけた違いですね。生産は、広州市、上海市、天津市の3工場で行っており、さらに広州に第2工場を建設予定です。
売り上げは、中国に進出した02年は、1日約5万9,000本。05年は約33万7,000本。10年は約162万6,000本。昨年は約230万9,000本で、前年比42%増と、順調に売り上げを伸ばしています。ただ、中国全体の人口比で見れば1%行くかどうかの本数で、沿海部も含めて拡大の余地はまだまだあると考えています。
ヤクルトレディを通じた「普及活動」に期待
――日本では、個人や会社に宅配販売をする「ヤクルトレディ」が重要なチャネルとなっています。中国での展開状況は?
現在、中国全体で1,650名のヤクルトレディが働いています。当初は日本のヤクルトレディのように、個人が事業主となって販売活動を行う手法を模索していましたが、法律上難しいということで、派遣社員という位置づけで活動しています。また、中国には食品や飲料を定時に宅配する文化がないため、組織づくりや人材育成にどうしても時間がかかります。それもあって、中国での宅配比率は15%で、残りの85%は店頭流通です。
一方で、ヤクルトレディは、主婦の就労機会を創出し、「子供を大学に行かせたい」「家を買いたい」といった目標の実現をサポートできるシステムで、「家族のために」とヤクルトレディになっている人たちが世界中にいます。中国でもそうした思いをベースに浸透していくと期待しています。
――「日本ブランド」という恩恵はありますか?
あります。さまざまな日系企業が、日本ブランドへのいいイメージを築いてくださったおかげだと思います。ただ、ヤクルトの場合は、「フロム・ジャパン」といったことを前面に出していません。ヤクルトレディの活動などを通じて、地元に根ざした企業として成長してくれたらいいと思っています。
――コミュニケーション戦略のポイントは。
最初の段階では、商品名の認知向上ということに焦点をしぼり、テレビCMを大々的に流しました。中国では屋外広告の効果が高いので、地下鉄の電飾看板やラッピングバスなども展開しました。商品名の認知が進んだ次の段階では、生きたまま腸に届く乳酸菌が入っていることや飲用メリットなど、機能面を訴求していきました。ヤクルトは、体感して初めて良さがわかる商品なので、販促目的ではなく、商品説明に重点を置いた「普及キャンペーン」を徹底しています。なお、どういうクリエーティブでどういうメッセージを発信するかといったブランド管理については、本社からは口を出さず、現地駐在の社員に一任しています。
――中国市場ならではのご苦労は?
中国にも「保健食品」という日本のトクホ(特定保健用食品)にあたる認可制度がありますが、広州で取った認可は上海では使えず、上海で別に認可を申請しなければなりません。税制も日本とは異なるので、営業所を移す場合は税務登録を改めてしなければなりません。そういった手続きの手間は多い国だと思います。
――今後の展望は。
一人っ子政策をとっている中国では、子供の健康への関心がとても高く、そういう意味でもヤクルトへのニーズが高まっています。現在は「5本11元(約137円)」という価格設定ですが、需要が拡大すれば、人件費や原材料費の上昇はあっても価格は押さえられるはずです。急成長している内陸部の低所得層も気軽に購入できる環境を整えるためにも、着実にファンを広げていきたいと思います。
取締役常務執行役員 経営サポート本部長
1974年、ヤクルト本社入社。03年、国際部長。07年、取締役。11年、常務執行役員。12年から取締役常務執行役員(経営サポート本部長 国際部・提携推進担当)。