ソーシャルメディアで得られる大量のデータがマーケティングの可能性を広げる

 ビッグデータがにわかに注目を浴びている背景のひとつに、ここ数年のソーシャルメディアの爆発的な普及がある。ソーシャルメディアを使ったマーケティングに詳しいアジャイルメディア・ネットワーク代表取締役社長CEOの徳力基彦氏に、どのようなデータを得ることができ、どう活用できる可能性があるのか、聞いてみた。

ネット上に存在する「顧客の声」と、企業が持つ情報をひもづける

――ソーシャルメディアからは、どのようなビッグデータが得られるのでしょうか。

徳力基彦氏 徳力基彦氏

 ソーシャルメディアは「メディア」だから、「情報を発信する」ツール、それも、従来のマスメディアよりもコストをかけずに発信できるメディアととらえられている傾向がありますが、これまでもそういった情報発信は、ウェブサイトやメルマガでもできていました。私は、ソーシャルメディアの最大の価値は「顧客の声が聞こえるようになったこと」だと考えます。そして、その声がネット上で大量に可視化されるようになった。これこそが、ソーシャルメディアを介して得られるビッグデータだと言えます。

 たとえばツイッター上で、ある企業のサポート体制について批判的なことを投稿したとします。ただの独り言だったとしても、ソーシャルリスニングに取り組んでいる企業であれば、社名や製品名で定期的にを検索することによってそのツイートを見つけ出し、説明や謝罪などのコミュニケーションをとることで投稿者に対応することができます。さらに、もしこの投稿者のプロフィールにフェイスブックのリンクが張られていればその投稿者の実名を特定でき、実際に自社の顧客かどうかがわかるかもしれません。そもそも自社のサービスへの会員登録などの際にツイッターやフェイスブックのアカウントなども申請してもらえばソーシャルメディア上で発言している人が自社の顧客かどうか簡単に判別できるようになります。ソーシャルメディア上に存在する顧客の声と、企業が持っている顧客情報をひもづけることで、最適できめ細やかな対応ができる可能性が出てくるわけです。

 もちろんこれはソーシャルメディア上のひとつの事例にすぎないのですが、こうした従来では入手することが難しかった利用者の独り言のような情報も入手できるようになっているという状況が、ビッグデータというキーワードが注目される背景の一つになっていると考えています。もしインターネット上に存在するビッグデータと顧客を結びつけることができれば、これまで見えなかったことが見え、できることの幅がぐんと広がることは間違いありません。

――広告やマーケティングの視点で見た場合、ビッグデータの活用にはどのような可能性があるのでしょうか。

 ソーシャルメディアは「広告の反応を見る場」として非常に有効だと考えています。これまでは新聞広告やテレビCMを打ったとしても、広告に対する反応は実はほとんど把握できていませんでした。ダイレクト系で直接電話をかけてもらう広告であれば、広告の反応は測定しやすかったと思いますが、それでも電話はかけないまでも心が動かされた人の人数を把握するのは至難の業です。

 ウェブサイトのページビューも、結果指標でしかありません。「1万ページビュー」は確かに1万人がページを見に来た、ということかもしれませんが、その1万人がどう思ったか、ページの内容に満足したのか、がっかりしたのかまではなかなかわかりません。これまでは、サイトに来た人の滞在時間などで、反応や反響をざっくりと類推するしかありませんでした。

 ただ、現在ではそういった反響が、ソーシャルメディアによって可視化されるようになりました。たとえばフェイスブックの「いいね!」の数は、今までは見えなかった広告への反応とも言えます。さらに、「いいね!」の数だけでなく、どんな人たちが「いいね!」を押しているのかやコメントの付き方や内容によって、どういうユーザーが何に興味があるのか、また、どんなことに興味があるユーザーが自社の商品やサービスを「いいね!」と思ってくれているのかがわかる可能性が出てきています。これまでは経験則などで類推するしかなかったことが、データとして見えるようになったのです。

 個人的には、日本の広告業界はこれまで、米国などに比較すると実はデータの分析をあまりできていなかったのではないかと感じています。米国ではキャンペーン費用の10%を分析費用に回すことも少なくないようですが、日本では1%以下というケースの方が多いのではないかと聞いています。データの分析のPDCAを行わずに広告を出すということは、真っ暗闇の中でボールを投げているようなもので、極端な場合は的に当たったかどうかも分からないということになります。それが、消費者の膨大なデータを分析し、組み合わせることで、消費者の反応を立体的に分析し、的に当てる確立を確実に上げることができると考えています。

「システムにぶちこめば素晴らしい結果が」はありえない

――ソーシャルメディアから得られるビッグデータを活用する際の課題は。

 もし自社の顧客情報とビッグデータをマッチングさせることを考えるのであれば、どうしても何かしら顧客データベースを統合、整備する必要があります。メーカーなどはブランドごとにサポート体制がバラバラだったり、そもそも顧客情報自体を持っていなかったりするそうです。そうなるとビッグデータへの取り組みは組織を上げての「大仕事」になり、一朝一夕では難しいという話に確実になるでしょう。そもそも膨大なデータの管理や分析をどこの部署が、誰が仕切るのかという話になると、広告やマーケティングの担当者は「システムの話で、自分たちの仕事じゃない」ととらえがちだという印象もあります。そういう意味では、組織や体制の話、コストの話などがハードルとなりビッグデータへの取り組みを躊躇(ちゅうちょ)する企業が多いと思います。しかし、一方で大量のデータを何らかのシステムにぶちこんだだけで素晴らしい回答が出てくるか、というと、それはありえません。仮説を立ててデータをとるのか、あるいは、そろえたデータを解析して仮説を導き出すのか、いずれの考え方もあるとは思いますが、もし広告やマーケティングに生かそうとするならば、そのデータをどう料理するのかという視点は必ず必要になるでしょう。そういう意味では、まずは小さく始めて少しずつ成功体験を組織的に積み上げていくというアプローチが重要になると考えています。

 また、もうひとつ、特に日本においては、プライバシーや個人情報の問題が壁になると思います。自分の行動や趣味嗜好(しこう)まで分析されて最適なサービスを提供されることに「気味が悪い」「必要ない」と感じるユーザーもいるでしょう。その国の事情や、国民や利用者の意識に合った使い方を模索していく必要はあると考えます。

――今後の動きをどう予想されますか。

 ソーシャルメディアによって、顧客の声や反応といった、これまでは得られなかった大量のデータが取れるようになったことは間違いありません。しかし日本では、ツイッターやmixiの利用者が全インターネット人口の2~3割、フェイスブックに関しては1割程度という説もあり、SNSの利用者はまだ少数派で、そこで得られるデータはまだ「ビッグ」とは言えないかもしれません。その現実を把握しておくことは重要です。ただ今後、インターネット人口の96%もがフェイスブックアカウントを持っているというようなリサーチ結果もあるアメリカに近づくような状況になれば、企業のソーシャルメディア対策は必然的に進むでしょうし、そこから得られるビッグデータの活用についても本格的に取り組むようになるでしょう。

 私個人の見解ですが、膨大なデータをいきなりすべて統合させるためのシステム投資から始めるというのは、少なくとも現段階では多くの日本企業にとってあまり現実的ではないと思います。まずは、今まで取れていなかったデータや、取れていたけれど解析できていなかったデータを、これまでよりも少し深堀りして仮定を導き、改善の成功事例を積み重ねていく。そうしたプロセスを覚えていくことが、今後ますます量も重要性も増すだろうビッグデータへの取り組みの第一歩になるのではないでしょうか。

徳力基彦(とくりき・もとひこ)

アジャイルメディア・ネットワーク 代表取締役社長CEO

NTTにて法人営業やIR活動に従事した後、IT系コンサルティングファームやアリエル・ネットワークを経て、アジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。ブログやツイッター等に代表されるソーシャルメディアの正しいマーケティング活用の可能性についての啓発活動を行っている。2009年に代表取締役に就任。日経MJへの連載等、企業のソーシャルメディア活用に関する複数の執筆・講演活動も行っている。