「楽天」という共通のブランドのもと、ネット上で様々なサービスを提供する楽天グループ。ユーザーから得られる膨大なデータをどう活用しているのか。グループコアサービス部部長の景山均氏に聞いた。
独自データウェアハウスとHadoopで分散処理したデータを組み合わせてサービスの最適化を図る
――ビッグデータに取り組む上での考え方や、体制について聞かせてください。
楽天グループには、EC、トラベル、金融など多岐にわたる事業があって、ユーザーはひとつのIDとパスワードですべてのサービスを利用し、決済はもちろん、決済に使える「楽天スーパーポイント」の付与も共通化されています。ユーザーが生活のあらゆるシーンにおいて楽天グループのサービスをネット上でワンストップに使うことができるこのプラットフォームは「楽天経済圏」と呼ばれており、新しい事業のM&Aを進めるなどサービスを拡充させてきました。
こうした事業戦略を進めるにあたって、それぞれのサービスが持っているユーザーデータをグループ全体で分析し、最適な施策を考えていく必要が出てきたことを受け、2007年、グループ全体のデータウェアハウス「楽天スーパーDB」を構築しました。楽天市場やオークションでの購買データ、楽天トラベルの宿泊データなどのほか、各サービスへのログイン履歴もすべてこの独自のデータウェアハウスで管理、分析しています。IDが一つなので、どのユーザーがどのサービスをどれくらい利用しているかがわかりますし、楽天スーパーポイントの付与額からもサービスの利用具合が見えてきます。
一方で、すべての事業が運営するウェブサイトには、ユーザーの検索ログデータがあります。これまでも検索ログを分析し、精度を上げることには取り組んでいたのですが、データが大量すぎて、それをためておくには高いコストがかかるため、一部を捨てていました。それが、分散処理ができるソフトウエア基盤「Hadoop(ハドゥープ)」を導入することで、コストを抑えながらすべてのデータの蓄積が可能になったのです。2008年に検証を始めた当初は、データ処理の時間短縮を目的に運用をスタートしましたが、最近はHadoop上でのデータ分析にも取り組んでいます。
その実動部隊として、今年2月には社内に「ビッグデータ部」が発足し、本格的なビッグデータ活用に着手しています。従来の「楽天スーパーDB」と、はHadoopなどの新しい基盤による分析をうまく組み合わせてビッグデータに取り組むことで、「楽天経済圏」のユーザーを拡大し、一人ひとりのユーザーに、より多くのサービスを利用してもらうような施策を打っていく考えです。
――検索ログなど、これまでは分析できなかったデータを分析できるようになったことで、具体的にどのような成果が上がったのでしょうか。
楽天市場を例にとると、ユーザーはサイトを訪れてから何かを購入するまで、いろいろなページを見て歩きます。これまでは購買データ中心にしか分析できなかったため、購買レベルではいろいろな提案ができていたものの、それ以前のタッチポイントでは、ユーザーに対してきちんとした「おもてなし」ができていなかった。
しかし、検索ログを分析し、ある商品を購入したユーザーがどういう経路をたどったのかを明らかにすることで、購入に至るもっと前段階で、パーソナライズや最適なリコメンドができるようになったのです。たとえば楽天市場のトップページも、楽天側が売りたいものを並べるのではなく、似たような購買傾向があるユーザーグループごとに見せ方を変えることなどが可能になりました。
また、単に何をリコメンドするかだけでなく、リコメンドをページのどこに置くかでも、クリック率が変化することもあります。楽天では、基本的にすべてのシステム開発は内製化しているため、たとえばビッグデータを解析することで新たな仮説を導き出した場合、すぐに実行に移すことができるのが強みです。それをさらに検証し、効果が確認できれば仕組み化していく。システム担当と事業担当が常に相談しながら、新しい機能や仕組みを検討していくという部署横断のコミュニケーション体制が確立していることも、ビッグデータ活用には非常に恵まれた環境であると自負しています。
分析力を高めるキーは、人材データサイエンティストの育成が急務
――課題は。
技術的にデータをためたり、これまでよりも短時間で分析したりすることは、可能になってきていますが、実は最も重要かつ難しいことは「仮説を立てる」ことです。そのためには、そのビジネスのことを熟知していて、かつ、「裏にこんなロジックが隠れているんじゃないか」「こんなふうにしてみたらもっと売れるんじゃないか」といった、ある意味、事業に対する「愛」がないとダメなんじゃないかと思うのです。分析の過程でもユーザーの予想外の動きや反応を見ながら、さらに新しい仮説を導き出していく。高度な技術スキルに加え、そうしたビジネスマインドを持った優秀な分析者が求められます。
アメリカではそうした分析者を「データサイエンティスト」と呼び、「データアナリスト」よりも1ランク上のポジションとしてそのニーズが高まっています。日本でもビジネスやマーケティングの視点を持って分析ができるデータサイエンティストがキーになるはずですが、圧倒的に人材が少ないのが実情です。当社では、ある程度時間をかけてそうした人材を育成していく考えです。
そして、いくらいい分析をしても、それが事業に貢献しなければまったく意味がありません。特に日本は「経験」「勘」、ときには「気合」みたいなものでビジネスを進めてきた土壌があり、データ分析への理解がアメリカなどに比べるとかなり遅れている。データ分析の結果を事業化につなげていくことには、高いハードルがあるのが現状です。楽天は事業単位で損益管理をしていますが、今後は「グループ全体のために」というコンセンサスを持ってグループ横断で取り組んでいくことが、課題になるだろう思っています。
――ソーシャルメディア上のデータ活用については、どのように考えていますか。
楽天はツイッターやフェイスブックと同等のソーシャルメディアを持っていませんし、ソーシャルメディア上に書かれているような意味に統一性のない日本語のテキスト分析は、技術的にも難しい点があるため、現時点では考えていません。それよりも、私たちがビッグデータを使ってまずすべきことは、ユーザーの膨大な履歴を分析し、これまでできていなかった精度の高いリコメンドをしていくことと考えています。
――今後の展望について聞かせてください。
かつてマーケットが右肩上がりで成長していた時代は、ある種の「勘」でモノが売れましたが、マーケット自体がもはや伸びない今、新しい顧客を獲得したら、より多くのサービスを利用してもらわなければならず、そのためには従来とは違ったことをしなければなりません。ビッグデータの分析や活用が、その「一手」として経営を考える上で根付いてくると思いますし、その重要性が認識されればデータ分析に投資する企業も増えてくるだろうと見ています。
当社としても、分析パワーをさらに上げるために、グループ内、 社内の様々なところに様々な形で存在するデータを、楽天グループ全体としてきちんと定義し、データマネジメントを進めていきたいと考えています。
また「楽天経済圏」の拡大に伴い、海外のグループ企業が増えてきています。そうした海外企業が持っているデータをどう取り込み、活用していくか。単に「たくさんデータがあるから取り込もう」ではなく、「たくさんあるデータをどう活用し、事業に貢献するか」というマネジメントが必要でしょう。
いずれにしても、ビッグデータの活用については、認識も体制も、そして人材も、一朝一夕で劇的な効果を得ることは難しい。ただ、少しでもチャレンジしていくことが将来につながると考え、慎重かつスピーディーに取り組みを続けていきたいと考えています。
楽天 グループコアサービス部 部長
2007年5月楽天入社。これまで物流システム、ネットスーパーシステム、電子マネーシステム、結婚情報サービスの開発および楽天グループのインフラ運用を統括。2012年2月より現職で、楽天グループのIDサービス、スーパーポイントサービス、メール配信プラットフォーム、、マーケティングDWHなどグループのコアとなるプラットフォームシステムの開発を統括している。楽天スーパーDBと呼ばれるグループ全体のマーケティングDWHについては構築当初より開発責任者として推進してきた。