全社的課題としてのIMC--今、求められるCMO機能

 ソーシャルメディアの普及によって、統合マーケティング(IMC)の可能性は広がっている。それは単なるコミュニケーションやプロモーションの統合にとどまらず、開発や生産から流通や販売の現場まで、企業組織そのものの統合マネジメントが次世代IMCの本質的な課題になることも示唆している。そんな中、注目を集めているのが「CMO機能」だ。博報堂エンゲージメントプラニング局 局長代理の安藤元博氏に聞いた。

つかみきれなかった生活者のリアルな行動が ソーシャルメディアによって可視化された

――ソーシャルメディアの普及は、企業のマーケティング活動にどのような影響を与えたのでしょうか。

安藤元博氏 安藤元博氏

 「ソーシャルメディアという新しいメディアが登場し、生活者の情報摂取や消費行動に大きな変化がもたらされた」。こうした話題が様々な切り口で語られていますが、私は、生活者の情報接触や消費行動は本質的には変わっていないと見ています。

 たとえば何かものを買おうとするとき、広告も見るし、その商品についてほかの人がどう言っているのかも気になるし、実際に使っている人の声も聞いてみたい――。そもそも生活者は、ソーシャルメディア登場以前もさまざまな情報接触の中で行動していました。ソーシャルメディアは、その情報行動を「可視化」したのです。企業は、把握しきれていなかった生活者の行動の全体像を、ソーシャルメディアを通じて以前よりもつかめるようになり、つかまなければならなくもなった。チャンスでもあり課題でもあると企業が気付き始めたのが現在の状況であり、ソーシャルメディアが与えた影響と言えるでしょう。

――そうした状況を受け、改めてIMCが注目されます。最近のIMCの潮流を聞かせてください。

 IMCと一言で言っても、狭義のIMCと広義のIMCがあると私は思います。前者は、企業が生活者とコミュニケーションする際、どのメディアにおいてもメッセージやデザインを統一する、といったことです。後者はそこからさらに段階が進み、企業と顧客のあらゆるタッチポイント――広告・宣伝や広報はもちろん、商品そのもの、販売の場、お客さま相談室などのサポートなど――で行われていくコミュニケーションを戦略的に統合していくことです。この広義のIMCは、顧客とのコミュニケーションが商品開発、販売、物流といった場面にまで顧客とのコミュニケーションがさかのぼってくるため、問題が企業の内部にまでしみこんできて、企業全体として取り組まざるをえなくなる。そうした上位段階のIMCこそが、今、多くの企業が課題としているものだと言えます。

 IMCのCは「コミュニケーション」です。広告やマーケティングの世界では「コミュニケーション=企業が何かを伝えること」ととらえがちですが、本来の意味は「相互作用/共有」。生活者との間で、何かを共有したり交流したりすることを本当にやってきたか、というと、部分的にはあったとしても全体としては取り組めていない企業が多いのではないでしょうか。しかし、企業がより顧客価値を重視した「コミュニケーション」を始めたら当然のことながらそれは広告部や広報部だけではなく全社的な問題になってくるし、統合的に扱わねばならない。コミュニケーションの本質に向き合う時期がきていると言っていいでしょう。

――日本企業のIMCへの取り組みの状況はどうでしょうか。

 会社全体として統合的に取り組もうと、多くの企業が動いています。でも、ひとつ問題がある。それは、日本企業の「縦割り組織」です。

 たとえば「事業A・事業B」「商品企画・生産・販売」といった別々の部署が、ある「一人の顧客」に対してそれぞれコミュニケーションしているケースが多い。事業AではチャンスでないことがBにとってはチャンスかもしれないし、販売から見ればうまくいっているようにみえても、少し引いてみると必ずしもうまくいっていないといったことがある。しかし、こうした組織の縦割りがもたらす問題には薄々気づいてはいたものの、「それはうちの部署の仕事じゃないから」と、これまではあえて目をそらしてきたのではないか、と。それが、ソーシャルメディアの普及で企業が顧客と本当の意味でのコミュニケーションを始めたことによって、一部署だけの問題ではないことが明らかになってしまった。もちろん、ソーシャルメディアだけではないのですが、一番わかりやすい現象がソーシャルメディアだったと思うのです。

 そうしてIMCを進めていく中で、私たちはあらためて「CMO」に注目しています。現在、様々な企業の方々との勉強会などを通じ、議論を深めているところです。

次世代IMCへの取り組みが進む中、 注目される「新しいCMO機能」とは

――CMOとは? 日本における現況を聞かせてください。

 Chief Marketing Officer(最高マーケティング責任者)で、文字通り、経営レベルでマーケティングを遂行していく役職を指します。多くの米国あるいはグローバル企業がこの職を置いています。しかし日本では、CMO的な仕事をしている担当者はいても、CMOという肩書を持っている人は非常に少ない。一人のCMOの下でトップダウン型に物事を進めるというのが、日本の企業文化にはなじまないためではないかと考えます。

 一方で、経営におけるマーケティングの重要性はますます高まってきている。であれば、「一人のCMO」にこだわらず、チームとしてCMOの役割を果たしていく、という考え方や体制が、日本の企業には向いているのでは、と。私たちはこの体制を「CMO機能」と呼んでいます。実際、各セクションの責任者が同じテーブルにつく社内横断的な戦略会議を設け、その会議体がCMO機能を果たす、といった取り組みを進める企業も出てきています。

――今後、注目すべき動きは。

 CMOとCIO(Chief Information Officer、最高情報責任者)の接近、というテーマに注目しています。CIOはこれまで、販売データや顧客情報、従業員状況などの基幹情報を、マーケティングとは切り離されたところで扱ってきました。しかし、デジタル化によってマーケティングそのものが変わっていくときに、CIOがコントロールする膨大な情報とマーケティング部門が取り仕切る情報や戦略をどうつなぎこみ、企業の様々なバリューチェーン上の機能と結び付けていくのかは、必ずや大きなテーマになる。いわゆるビッグデータの活用もこの文脈でもっと語られていくことになるはずです。こうした動きも、全社的なIMCをドラスティックに進める一つのきっかけになるかもしれません。

――企業への提言があれば聞かせてください。

 繰り返しになりますが、ソーシャルメディアによって生活者の情報摂取や消費行動が可視化できるようになったことで、改めてコミュニケーションの本質、マーケティングの本質を見直し、取り組まなければならないときがきたのだと思います。そして、マーケティングが経営の中心にあるべきだ、という議論はこれまでもありましたが、ソーシャルメディアの爆発的な普及によって、あらためてその議論が浮上してくるだろうと見ています。

 そうした状況が訪れたとき、ソーシャルメディアも「CMO機能」も、製造・開発・販売・流通等、社内の様々な機能をある程度理解している担当者が見ていくような領域になるのではないでしょうか。欧米系やグローバル企業のような一人のCMOが役割を担うことがないにしても、CMO機能に携わる人材の育成も考えていく必要があります。全社を挙げてソーシャルメディアの活用を含めた新しいマーケティングプラットフォームを作っていくことが、次世代IMCの実践、進展につながると言えると思います。  

安藤元博(あんどう・もとひろ)

博報堂 エンゲージメントプラニング局 局長代理

1988年博報堂入社。主にマーケティングセクションに在籍し、50を超える企業の事業/商品開発、キャンペーン開発、アカウントプランニング、グローバルブランディングに従事してきた。現在、博報堂の「統合マーケティング」のハブとなる組織を率いてプラニングウェイの革新を推進中。ACC(2005年・2011年グランプリ)/AME(Best Integrated Marketing Campaign)/マーケティング朝日賞/JAAA広告論文新人賞等、受賞多数。Adtech Tokyoスピーカー、日本マーケティング協会マーケティングマイスター/同協会の研究会「デジタル時代に要請される『新しいCMO機能』とは―情報統合による次世代マーケティング・マネジメントの実践」のコーディネーターもつとめる。