「+ソーシャル」ではなく、「×(クロス)ソーシャル」の発想が必要

 博報堂DYホールディングスは、2011年4月、横断型組織の「博報堂DYグループ・ソーシャルメディア・マーケティングセンター」を設けた。中核会社(博報堂、大広、読売広告社、博報堂DYメディアパートナーズ)を中心に、ソーシャルメディアに関連するビジネス・サービスの開発に、グループを挙げて取り組んでいる。同センターに所属する堀 宏史氏に、ソーシャルメディア時代のIMCの方向性などについて聞いた。

あらゆるメディアを いかに有機的につないでいくか

――ソーシャルメディアは、生活者の情報行動にどのような変化をもたらしたのでしょうか。

堀宏史氏 堀 宏史氏

 これまで生活者は、メディアから直接コンテンツを受け取っていましたが、最近ではソーシャルメディアを介してその他のメディアの情報に接する場面が増えてきています。たとえば、テレビで紅白歌合戦を見ながらツイッターをチェックしていたら「紅白の第2音声がおもしろい」というツイートがあったので、自分も実際に見てみる、といったことです。また、人気アイドルの駅貼りのポスターなど、そこを通行した人だけしか見られなかったものが、今は携帯電話で撮影してメールされたり、ツイッターに投稿されたりして、これまではリーチしなかった人にまで2次的に伝搬(でんぱ)していくようになりました。

 ソーシャルメディアの利用者がインターネットユーザーの9割を超えたというデータ(IMJモバイルネット調査。2010年)があります。北米では、自社サイトへのトラフィックが検索サイトからよりもソーシャルネットワーク経由が多い大手企業が増えている、といった調査結果もあります。ソーシャルメディアが、生活者のあらゆる情報摂取のハブになってきている、と言っていいと思います。もはや生活者は、「ソーシャルメディア」という言葉すら意識することもなく、ソーシャルメディアを介して情報摂取することが当たり前のことになりつつあると言えるでしょう。  

――そうした状況を受け、IMCはどのような潮流になってきているのでしょうか。

 その影響力の大きさから、ソーシャルメディア対策をIMCを進める上での大きな課題ととらえている企業は少なくありません。しかし、ソーシャルメディア単体だけを見て、対策を講じても、それは部分最適にすぎません。

 博報堂DYグループでは、次世代IMCは「ペイド(Paid)メディア」「オウンド(Owned)メディア」「アーンド(Earned)メディア」といったメディアをいかに有機的に連関させていくかが非常に重要だと考えています。いわば「全体最適」です。そのためには、既存のメディアにソーシャルメディアを加える「+ソーシャル」ではなく、それぞれのメディアと掛け合わせる「×(クロス)ソーシャル」でIMCを設計していくことが必要で、それこそがソーシャル時代のIMCの新潮流になっていくと考えます。

――注目すべき事例は。

KDDI Android(TM) au「クチコミカタログ」 KDDI Android(TM) au「クチコミカタログ」

 博報堂DYグループが担当した2つの事例をご紹介します。
2010年暮れにKDDIから「Android(TM) au」のスマートフォンが発売され、「Android vs. iPhone」という議論が盛り上がり、ツイッターなどにたくさんのクチコミが投稿されました。KDDIでは、このソーシャルのクチコミを利用し、ユーザーの声を可視化する「クチコミカタログ」をウェブ上で展開しました。

 「Android(TM) au」が持つ様々な機能について、「これ、いいね」と投稿すると、カタログのその機能説明のスペースが大きくなり、さらにユーザーの生の声が見られる、というものです。メーカーサイドからすれば「聖域」とも言えるカタログを、あえて1回ユーザーに預けてしまい、ユーザーから見て価値のある情報やユーザーがどう受け止めているのかをオープンにした。たとえば、ポップな色使いの携帯を使いたい男性がいて、ピンクの端末に興味を持ったとします。しかし、メーカーが「女性向け」とすると、なんとなく買いにくい。それがクチコミカタログでほかの男性が「ピンク、ポップでいいね」と投稿すれば、「あ、俺も買おうかな」と購買の後押しになる。「Android(TM) au」はレディー・ガガを起用した大量のマス出稿が話題になりましたが、ペイドメディアの広告やプロモーションの中でユーザーがなんとなく気にしたり話題にしていたりすることを、アーンドメディアに反映させた事例です。「続きはツイッターで」という「+ソーシャル」ではなく、まさに「×ソーシャル」な取り組みでした。

 リアルのイベントとソーシャルメディアを結びつけたという点で注目を浴びたのが、昨年夏に発売されたサムスンのスマートフォン「GALAXY SⅡ」のプロモーション「SPACE BALLOON PROJECT」です。「ギャラクシー」というネーミングから、スマートフォンに風船をつけて銀河=成層圏まで飛ばし、飛んでいる過程をUstreamでライブ中継したのです。視聴している人はツイッターで投稿が可能で、宇宙を飛ぶスマホの画面に自分のツイートが表示された。僕もやりましたが、すごく感動するんです。ユーザーの心を動かしたことでエンゲージメントが非常に深まり、結果として端末の売り上げにもつながりました。

GALAXY SⅡ「SPACE BALLOON PROJECT」
GALAXY SⅡ「SPACE BALLOON PROJECT」
GALAXY SⅡ「SPACE BALLOON PROJECT」
GALAXY SⅡ「SPACE BALLOON PROJECT」

GALAXY SⅡ「SPACE BALLOON PROJECT」

「B to C」から「B with C」へ 生活者の声に耳を傾けることから始まる

――企業と生活者が、同じ目線に立って交流しながら、商品やブランドを作っていく、という印象ですね。

 そのとおりです。かつて企業と生活者の関係は「B to C」でしたが、私たちは「B with C」という考え方を提唱しています。クライアントも広告会社も生活者の輪の中に入り、ともに体験し、感動を共有する。それがブランド価値を高めるとともに、エンゲージメントを深めることにつながると考えます。

 そして、「B with C」は言い方を変えると、「C to B to C to……」とつないでいくことでもあります。生活者がソーシャルメディアの中で何を語っているかにしっかりと耳を傾け、その声を反映する形でコンシューマーに返していき、またそれに対する声を聞き……を繰り返すことで、良好な関係を作るという考え方です。

――今後IMCを進めていこうと考えている企業に提言があれば聞かせてください。

 昔から「ファン」の存在は重要視されてきましたが、ソーシャル時代のIMCを進める上では、より良好な関係性の「コアファン」を作ることが大切なのではないかと考えます。

 たとえば、新聞広告やテレビスポットといったマスメディアで広告コミュニケーションを行うと、瞬間的にエンゲージメント量が跳ね上がっていわゆる「山」ができますが、すぐに多くの生活者の関心は薄れ、次のキャンペーンまでが「谷」になる。この「谷」の時期に「山」で集まってきたファンとソーシャルメディアを通じて対話してコアファンになってもらい、その対話をベースに次のキャンペーンにつなげていく。すると、ファンが雪だるま式に増えていくことも期待できます。

 また、あるユーザーがソーシャル上で影響力を持っていて「いいね」と言えば、それを見て製品を買う人がいるかもしれない。これまでのライフタイムバリューとは別の価値を有する「コアファン」です。こうしたコアファンと良好な関係を築き、ソーシャルメディア上で好意的な発言をしてもらうと、その情報を得た生活者から新たなファンができ、そのファンがコアファンになっていく……などループ状につながっていくのです。これを「エンゲージメントループ」と呼んでいますが、このループをしっかりと大きくしていくことが、非常に大事ではないかと考えています。

 生活者の心を動かし、消費行動や購買行動につなげていく。マーケティングやコミュニケーションの基本は昔も今も変わりません。ただ、生活者の情報環境は大きく変化しています。その環境に応じた新しい統合的なマーケティング、コミュニケーションに取り組んでいくことが重要ですし、われわれ広告会社はそうした課題を抱える企業に対して最適なソリューションを提案していく考えです。  

堀 宏史(ほり・ひろし)

博報堂DYホールディングス 博報堂DYグループ・ソーシャルメディア・マーケティングセンター

インタラクティブを起点とした統合マーケティングプロデューサー。SONY「Cam with me」、au「IS parade」ドミノピザ「Domino'app」等でカンヌ受賞。その他、東京インタラクティブアドアワードグランプリ、文化庁メディア芸術祭グランプリ、モバイル広告大賞、アドフェスト ゴールド、ロンドン広告祭、クリオなど受賞歴多数。2012年アドフェストサイバー部門審査員。adtech Tokyo、adtech Singapore等でスピーカーを務める。