「企業のふるまい」をもマーケティング視点で統合するIMCを

 ソーシャルメディアの台頭は、企業のマーケティングやコミュニケーションに少なからぬ影響を与えている。「使う“道具”が増えたことで、統合することが難しくなった」と語る資生堂 国内化粧品事業部 事業企画部 コミュニケーション戦略室長の石川浩之氏にソーシャル時代のIMCについて聞いた。

コミュニケーション部署が連携するソーシャルを意識した情報発信

――資生堂のIMCへの考え方、実際の体制について聞かせてください。

石川浩之氏 石川浩之氏

 当社のようなメーカーは、商品のパッケージデザイン、そこに書かれたメッセージ、POP、広告・宣伝、PR、対面販売でのセールストークと、お客さまとブランドとの間のコミュニケーションをすべて統合して設計します。IMCが日本に紹介された15年あまり前、その理論は非常に共感できるもので、当社ではある程度実現できているとも感じました。というのも、資生堂ではクリエーティブをほぼ100%内製しており、ブランドを担当するクリエーティブディレクターの元に、パッケージデザイナー、コピーライター、アートディレクター、テレビのCMプランナーがいるという体制が確立し、ブランドのコミュニケーションはクリエーティブディレクターが常に全部を統合的に見ることができるからです。

 また、商品が市場に出てから、店頭でお客さまと接するビューティーコンサルタントがカウンセリングで使用するツール類や話法などの開発については、マーケティング部門のブランド担当者がマネジメントをしています。すべての施策が、ブランド担当者を「扇の要」として展開しているのです。資生堂という企業に対して、比較的しっかりとしたブランドイメージをお客さまに持っていただけているのは、お客さまに対するコンタクトポイントすべてのクオリティーを統合し、管理できている結果だと思っています。

 しかし、デジタルメディアが普及したことで、新たな課題が出てきました。デジタルメディアと一言で言っても、バナー広告などのペイドメディア、オウンメディアである自社ホームページ、@cosmeに代表されるアーンドメディア、それぞれに対して違ったアクションを起こさなければならなりません。また、デジタルメディアとはまったく違う効果指標を持つアナログメディアでのコミュニケーションとをどう統合していくのか。組織をどうするかも含め、まだ模索している最中です。

――ソーシャル時代を見据えたコミュニケーションの具体的な取り組みがあれば聞かせてください。

 実は、今お話ししたデジタルのトリプルメディアについては、メディアプラン、クリエーティブ、コーポレートサイト運営をそれぞれ異なる部署で担当しています。正直、実務を行う上で「やりにくいな」と感じる場面もあった。各部署でも同様に感じていることがわかり、「じゃあ3つの部の担当者が集まって情報交換をしてみようか」と、「コミュニケーションデザイン検討会」という非公式なミーティングが発足しました。現在はメンバーも拡大し、資生堂から情報発信するコミュニケーション部門それぞれの取り組みを連携させる場として運営しています。

 そこで議論する中で、昨年5月、「実際に何かやってみよう」と自然発生的にプロジェクトが立ち上がったのです。電力不足による節電で例年よりも暑さを感じる夏になると予測されたので、「暑い夏を快適に過ごすためのビューティーテクニック」というコンテンツを作り、自社ホームページやツイッターで情報を発信したほか、様々なメディアに対してPR活動を行いました。ちょうど全社的にも暑い夏対策の美容情報を店頭で発信していこうということになり、その動きと合体させる形で、全体を一つのストーリーとして展開することができました。

――収穫はありましたか。

 どんな情報がお客さまに真に受け入れられるのかが非常によくわかりました。どんな検索ワードからウェブコンテンツに来たのかを調べたところ、商品名や商品特性よりも、「肌荒れ」「日焼け」といったお客さま自身が美容について気になったり、悩んでいたりするワードでのアクセスが圧倒的に多いのです。デジタルメディアにおいては、商品の切り口だけではない違うアプローチもある、ということが実感できました。

 また、社内横断的な取り組みの効果を、身をもって感じることができたのも大きな収穫です。それぞれの部署があげてきたものを結びつけようとすると、各部署の論理が食い違うことが多い。それを調整してようやく最後にひとつものにするのですが、時間がかかり過ぎてしまう。スピードを求められるデジタル時代において、それは致命的です。最初の段階から他部署とのコンセンサスをとることで、スピーディーに物事が進む。これからの時代を乗り切るには、そうしたダイナミズムも必要だろうと痛感しました。

広告の仕掛けだけで人を動かす時代は終わった

――課題は。

 昨年あたりから、企業の行動や考え方自体がブランディングに対して大きな力を持つようになった、と強く感じるようになりました。実際、東日本大震災後のアクションはもちろん、エコに対する考え方なども、消費者が企業を評価する大きなポイントになっています。特にソーシャルメディアにおいては、広告が持っていた仕掛けの力などよりも、そもそもブランドがどういう行動をしているのか、何をメッセージしているのかという「事実」そのものの重みがどんどん増している。IMCの考え方や取り組みはもちろん大事ですが、「企業の言動、ふるまい(behavior)」もマーケティング視点で統合する、言ってみれば「IMB」のような発想で企業活動を進めていくような視点も重要なのではないか、と考えています。

 そうした考え方を実践していくために問われるのは「人材」と「組織」です。まず社員である自分たちが実践できるようにならないといけませんし、そうした思考で行動できる人材を育成していく必要もあります。さらに、それを組織としてどう体現していくのか。デジタルとアナログという、アクションも効果指標も違うメディアを組織としてどのように連携させていくかも、重要なテーマだと考えます。

 資生堂では4月から二つの新しいデジタルビジネスを始めます。一つは、自社のウェブサイトを拡充した総合美容サービス「ワタシプラス(watashi+)」。オンラインでのビューティーコンサルタントによるカウンセリングや、自分に合った販売店を探すことができる「お店ナビ」、お店に行くことができない方に向けてネット上で購入ができるオンラインショップなどを展開します。
もう一つは、美と健康に関する企業と専門家によるコラボレーションサイト「ビューティー・アンド・コー(Beauty&Co.)」です。デジタルの新ビジネスを立ち上げることによって、従来以上に大量の顧客情報、いわゆるビッグデータが蓄積されることになります。それらのデータとコミュニケーション活動をつなげることで広がる可能性に期待が高まりますが、一方で、ビッグデータをどう有効活用するのか、この点においても、「人材」と「組織」が大きな課題になってきます。

――今後のマーケティングやコミュニケーションについての展望を聞かせてください。

 企業やブランドが、広告や宣伝といった「コミュニケーション」という衣をまとうだけで、違ったものやいいものに見える時代は終わったと考えます。その企業やブランドが何を考え、どんな行動をしているのか、お客さまにすべて見えてしまうという認識を持たなければならないでしょう。それは決して悪いことではなく、本当に価値のあるものを価値のあるものとして伝えることができる環境になったということです。商品、サービス、そしてあらゆるコミュニケーションの内容をいかに充実させるかが試されますが、いいものを提供すればきちんと成果が出る、ということでもあります。

 しかし一方で、お客さまとのコミュニケーションを進める上では、ソーシャルメディアをはじめ「使うべき道具」がどんどん増えています。これらをいかに使いこなすのか。今年、新しいデジタルビジネスに船出する中で、試行錯誤しながらも 身につけていかなければならないと思っています。  

石川浩之(いしかわ・ひろゆき)

資生堂 国内化粧品事業部事業企画部 コミュニケーション戦略室長

1977年資生堂入社、資生堂大阪中央販売に配属。関係会社のイプサを経て、1993年から2005年までトイレタリー事業のマーケティング、宣伝業務に携わる。2006年からは資生堂ボディ・メンズユニットとヘアユニットのブランドマネージャーを兼任し、TSUBAKI、ウーノ、シーブリーズ、AG+、アネッサなど同社主力ブランドのマーケティング責任者を務める。2007年10月同事業企画部 マーケティング戦略室長。2009年からは同事業企画部 コミュニケーション戦略室長に就任し、クロスメディアのバイイングや商品のPR戦略業務の指揮をとり、現在に至る。