京極夏彦氏の新刊小説『死ねばいいのに』を、刊行とほぼ同時にiPad向けに電子書籍として発売、五木寛之氏の『親鸞』前編を公式ウェブサイトで無料公開するなど、書籍の電子化に向けて国内初の実験的な試みを次々と繰り出している講談社。10月24日にはアップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏公認の評伝『スティーブ・ジョブズ』を発売。書店の大反響をしのぐ電子書籍版のヒットに期待をかける。代表取締役社長の野間省伸氏に聞いた。
「夏☆電書」キャンペーン後、電子書籍の売り上げが倍に
――電子化に向けた貴社の取り組みについて、聞かせてください。
早い段階から攻めの姿勢でやってきました。まずは魅力的なマーケットを作るべくタイトル数の拡充に傾注し、現在1万タイトルを超えています。さらに来夏を目標に、新刊書をすべて電子化する方針を打ち出しました。海賊版が出回る可能性などを懸念し躊躇(ちゅうちょ)される著者もいるのは事実ですが、きちんと対策を講じていくことでクリアできると考えています。
――最近の実績をどう振り返りますか。
今年7月1日から8月31日まで、電子書籍と電子コミック約100冊ずつを主要13の電子書店で配信する「夏☆電書」キャンペーンを実施しました。電子書籍は伊坂幸太郎さんの『魔王』、森博嗣さんの『すべてがFになる』、奥泉光さんの『シューマンの指』など、電子コミックは、諫山創さんの『進撃の巨人』、末次由紀さんの『ちはやふる』、小山宙哉さんの『宇宙兄弟』など、話題作をそろえました。各電子書籍店での月間売り上げは、開始前と比較して2倍以上の伸びがありました。
――社内的にはどのような対策を講じていますか。
この8月、全社員・常勤役員にソニーの電子書籍端末「リーダー」を配布しました。電子書籍に関与する人間は増えていますが、電子化のムーブメントをなかなか実感できない部署もあります。全社員が電子書籍端末を実際に使用し、良さも悪さも含めて知ることで、充実させるべきコンテンツ、紙の本と電子書籍それぞれの効果的な売り方、紙と電子をかけ合わせたプロモーション方法、配信サービスや端末の改善点など、より具体的なアイデアや課題が見えてくるのではないかと考えています。
――電子化時代のマーケティングの課題は。
例えば「講談社文庫」は、毎月15日に20冊程度を世に送り出していますが、紙の本の場合はどの程度プロモーションをかければどの程度売れるかということはだいたい予測がつきます。これを電子書籍でやるとなった場合、販促費や宣伝費にどのくらいかければいいのかまだ手探りで、トライアンドエラーを繰り返して最適値を探っていくしかありません。そうした意味でも「夏☆電書」キャンペーンは大変有意義なトライアルでした。蓄積したノウハウは、今後のマーケティングに最大限生かしていきたいと思っています。
――アジアを中心にコンテンツの海外輸出にも積極的です。
当社のコンテンツは世界的に見ても競争力を持っていると自負しており、海外展開は紙の本の時から力を入れてきました。例えば山岡荘八さんの『徳川家康』は、中国でビジネスパーソンの指南書として人気を集め、現在300万部を売り上げています。翻訳本の電子書籍化が進めばこうした現象はもっと増えると期待しています。現在電子書籍化しているコンテンツの人気の筆頭は漫画で、全世界に読者を有しています。また、東アジア圏では実用書、女性誌なども読者層を広げています。
紙とデジタルのシナジーを生み出す
――既存コンテンツの電子化についてはどのように考えますか。
名作群を眠らせないためのプロモーションはこれまでも継続的に行ってきましたが、電子化はその絶好の契機だと思っています。最近の実績としては、五木寛之さんの個人全集『五木寛之ノベリスク』の配信を、7月からiPhone/iPad用アプリ、Android用アプリ、電子書籍で開始しました。アプリでの作家の個人全集発行は国内初です。こうした取り組みはデジタル世代の読者層の獲得とともに、「デジタルで読んでよかったので、紙の本で手元に置いておきたい」というニーズにつながることも十分考えられます。そういう意味では、紙とデジタルのシナジーを生み出す仕組みづくりも大切になってくると思います。
――出版不況と言われて久しいですが、電子化対策以外で、読者層の拡大に向けた展望を聞かせてください。
例えば「雑誌離れ」と言われますが、当社の『週刊現代』は、ここ1、2年で部数を回復しています。読者が読みたい内容を徹底的に探り、スクープを一つ飛ばしてでも独自路線を貫く編集方針によって支持が戻ってきているのです。
また、『げんき』『おともだち』などの幼児誌、児童書も好調に推移しています。少子化もあってマーケットの規模は小さくても出版の未来を握る層ですし、読書推進運動など文化的な活動も含めて注力すべき分野だと考えています。
――経営者としての抱負や目標とすることは。
当社は長く「おもしろくて、ためになる」読み物の提供を企業文化としています。そして、このスローガンを社員が日々実践すること、すなわち、編集、営業、販促、宣伝など、それぞれの立場で面白がって学んでいく姿勢が、魅力的なコンテンツを生み出す原動力となっています。ですから基本は、「現場」の自由意思に任せること。私自身も面白がって新しいことを学びながら、社員のアイデアを高めていく努力を続けていきたいと思います。
講談社 代表取締役社長
1969年生まれ。91年慶應義塾大学法学部卒業。同年三菱銀行入行。99年東京三菱銀行を退行、同年講談社取締役。2004年代表取締役副社長。11年3月から現職。