出版不況が続くなかで、増収増益という好成績をおさめている集英社。この8月25日、創業85周年の節目の年に新社長に就任した堀内丸恵氏に話を聞いた。
――出版不況と言われるなかで、御社はこのところ好調に推移しています。
短期的にみれば、前期は増収増益という結果をおさめることができました。その要因としては、前年から好調なコミックがさらに数字を伸ばしたこと、書籍にいい作品があり売り上げを伸ばせたことなどが挙げられます。また、新しく進めてきたデジタル関連事業や通販を中心としたブランド事業が、ここへきて少しずつ実を結びはじめています。これらに加え、経費を圧縮したことも功を奏し、このような結果につながったのでしょう。ただ、短期的にどうであれ、現状についてはいろいろな意味で厳しいと言わざるをえません。
――出版業界が置かれている現状を、どう見ていますか。
業界全体が難しい状況にあるのは確かです。とくに、雑誌が売り上げを減らし、広告収入の減少に歯止めがかからないというのは、大変憂慮すべき事態です。
だからといって、では出版に未来はないのか? というと決してそうではありません。というのは、今、活字への接触の仕方が多様になってきているのであって、活字離れが起きているわけではなく、活字に接する時間そのものは増えているからです。ただ、その方法が多様になってきたために、出版業界に落ちるお金が減ってきてしまった、ということなのです。
もちろん課題はたくさんあるし、現状の厳しさを日々感じてはいます。しかしながら、悲観してはいない。活字が求められている限り、出版の必要性が失われない限り、やりようはある、そう確信しています。
3月11日の震災のとき、被災された方々から、本や雑誌がほしいという声をたくさんうかがい、私たちもできる限りの支援を行ってきました。
驚いたことに、そういった声は、食べ物や飲み物、温かい毛布、安全な居場所などの確保もままならない震災直後の時期に、早くも届いてきたのです。本や雑誌は不要不急のもので、生活に必要な物資が事足りたのちに求められるだろう、と普通は考えますよね。ところがそうではなかった。
あるシンポジウムで聞いた、「人が人として生きていくためには、食べ物や飲み物と同時に本が必要です」という被災者の言葉が忘れられません。
私たちが作りお届けしているものは、これほど強い必要性に支えられているのです。だから、現状が厳しいからといって後ろ向きになるのではなく、よりよいもの、豊かなもの、新しいものを生み出していくことにエネルギーを注がなくてはいけないと思っています。
おもしろがって新しいことにチャレンジできる社風
――新しさ、という意味では、この8月、貴社のモード誌『SPUR』で、高級ブランドのグッチと、「ジョジョの奇妙な冒険」で知られるマンガ家・荒木飛呂彦氏がコラボした企画は、その斬新さが大きな話題となりました。
おもしろがって新しいことにチャレンジしていく、これは当社のいいところだと思います。グッチは、『SPUR』を華やかに彩るイタリアの高級ブランド、『ジョジョの奇妙な冒険』は、『週刊少年ジャンプ』『ウルトラジャンプ』で長期連載中の人気マンガ。普通はこの2つを組み合わせようとは思いもしませんよね。
でも、広告スタッフの中に、組み合わせたら何かできるんじゃないか、と考えた人間がいた。周囲に話してみたら、「それ、おもしろそう」「やってみようよ」と受け止める人間が社内に何人もいて、実現に向けて熱意を持って動き出した。その思いが、作者の荒木さんにも、グッチ側にも伝わり、実を結んだということでしょう。
社内には、女性誌もあればマンガ誌もある、文芸もいろいろな企画を持っているし、デジタルもさまざまな展開をしている。会社全体が持っているものをもっと横断的に結びつければ、いろいろな新しいものが生み出せる。このコラボ企画はその良い例だと思います。
今年は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の『週刊少年ジャンプ』連載35周年にあたるのですが、作者の秋本治さんが、当社の13のマンガ誌を横断して、『こち亀』の書き下ろし読み切りを次々に掲載するという特別企画も実現しました。今後も、さまざまな垣根を取り払った新しい試みをどんどんしかけていきたいと思います。
――今年は、貴社にとって創業85周年の節目となります。
85周年の記念事業として『戦争×文学』という戦争文学全集全20巻の刊行をスタートさせています。古今の作家がとらえた戦争の姿を集大成するものになりますが、この全集の画期的な点は、編集委員の方々が全員、戦後生まれであるということ。戦争を知らない世代による戦争文学全集の刊行という、いまだかつてない試みとなります。
戦争を体験した世代の高齢化が進み、戦争の記憶はどんどん遠いものになっていきつつある。そんな今だからこそ、戦争を体験した人たちが書き残してくれた物語を、掘り起こし編んでおくことには大きな意義があるのではないではないでしょうか。
また、出版界にデジタル化の波が押し寄せている昨今ですが、こういうものは、ぜひとも紙の本として残しておきたい、残しておかなくてはならないと思っています。
誰もが発信できる時代だからこそ求められる編集力
――デジタル化の進展は、出版業界をどのように変えると思いますか。
たとえば電子辞書には、紙の辞書にはできない横断的な検索機能があります。デジタルマップならナビ機能がつく。裁判の凡例や会社情報などの大量のデータから、必要な情報だけをスマートフォン上に呼び出す機能などは、デジタルだからこそのサービスです。しかし、これらは、紙にできないことをデジタルで可能にしているだけであって、デジタルが紙に取って代わったわけではありません。紙のコンテンツだけでなく、デジタル版もあれば便利。つまり、紙もデジタルもともに求められているということだと思います。
デジタル化の進展は、出版界にとっては確かに大きな変化かもしれない。しかし、著者と出版社あるいは著者と編集者の関係を本質的に変えるものではありません。というよりも、むしろこの関係を、より強固なものにしていかなければなりません。
デジタル機器を使えば、今は誰もが発信者になれる時代です。価値あるものからそうでないものまでが無尽蔵に生み出されていく。いったい、この中のどれが読むべきものなのか。価値あるものなのか。それを提示する機能が出版社にはあります。プロの編集者が才能ある書き手を発掘し、書き手に伴走しながら、原稿を練り上げていくことで、いい本が生まれ、いい書き手が誕生するのです。
すべての大元は良いコンテンツである。そのことは今後も変わらないでしょう。ただ、そうやって生み出された作品が、紙だけでなくデジタル化されて世に出て行くケースは増えていくということだと思います。
――8月25日に社長に就任しました。改めて、今後について考えを聞かせてください。
いい出版社とは、強いコンテンツを生み出し続けられる出版社だと考えています。そのためには、スタッフ一人ひとりが力をつけていく必要がある。最初から完璧である必要はありません。高校野球の球児が1試合ごとに力をつけていくように、雑誌を1号出すごとに、本を一冊つくるごとに、社長も含めて全員が成長していく。そのことが、ひいては会社の成長にもつながっていくと信じてやっていきます。
集英社 代表取締役社長
1951年山梨県生まれ。成蹊大学法学部法律学科卒業。1975年集英社入社。『少年ジャンプ』副編集長、『スーパージャンプ』編集長、人事課課長、社長室部次長、第4編集部部長、編集総務部部長などを歴任。2004年8月役員待遇、05年8月取締役、08年8月常務取締役、10年8月専務取締役。11年8月から現職。