出版不況と言われる中、ヒット作を意欲的に送り出している河出書房新社。今年2月に新社長に就任した小野寺 優氏に、出版業界の今、そしてこれから目指すべき方向などについて聞いた。
――現在、出版業界が置かれている状況を、どのようにとらえていますか。
業界全体の販売金額が右肩下がりになっているのは事実ですし、決していい状況でないことは間違いありません。しかし、だからといって、データだけを見て「出版業界は斜陽だ」と言うのは、いささか単純すぎるように感じます。私はむしろ、出版業界が内包している構造的な問題のほうが、課題としては大きいのではないかと見ています。
出版業界が抱える課題にどう立ち向かうべきか
――出版業界が内包する問題とは。
まずは、書店の減少です。この10年で約3割減り、その中で、大型チェーンと個人経営の小さな書店の利益差がどんどん広がっています。特に、町の書店が減るということは、普通に暮らしている人が生活の中で本に出合う機会がどんどん失われることにつながります。本は、単にほしいものが買えればいい、というものではありません。書店にフラリと訪れておもしろそうなものを見つけたり、買おうとした本と同じ棚に心引かれる本があったりといった偶然の出合いこそが、一人の人間の世界を広げてくれる。生活の場から書店がなくなってしまうことで、本や読書といったものが持つ奥行きが失われてしまうのではないかという危惧があります。少なくとも、努力をしている書店の減少は食い止めないといけませんし、書店にもっとマージンが入る構造を作らなければいけません。しかしそのためには、既存の利益構造や、返品を含めた流通の問題にもメスを入れる必要があります。
さらに、電子書籍の問題もある。従来の紙の書籍は原価や初版部数から実売価格が想定されてきましたが、資材を使わず、そもそも初版部数の設定のない電子書籍についても、同じ構造で利益を考えること自体がそもそも疑問です。なのに、メディアでは「紙か、電子か」と二者択一の論調が繰り広げられている。当社も電子書籍を出しており、その可能性は否定しないのですが、一つひとつ問題をクリアにしていくことのほうが重要ではないかと感じます。「紙か、電子か」ではなく、「紙も、電子も」というように読書の裾野を広げていかないことには、あまり意味がないと思います。
――そうした懸案の問題に、どう対応していくべきだと考えていますか。
「出版が厳しい」「紙と電子、どちらが生き残るか」といったネガティブキャンペーンに振り回されるのではなく、「本の世界って奥行きが深くておもしろいよ」ということを、魅力的な企画や作品を通して伝え、一人でもたくさん本の世界に飛び込んできてもらう努力を重ねていくべきだろうと考えます。それは、実は出版業界の力だけでは難しいとも思っています。新聞をはじめとするほかのメディアとも連携し、本の世界の魅力を広く伝えていけたらと期待しています。
――2007年からスタートした『世界文学全集』が全30巻を刊行し、今年10月に完結しました。実用書やエンターテインメント作品に注目が集まる今、改めて文学全集を出した狙いなどについて聞かせてください。
数年前から実用書を含めたジャンルを強化し、そこからたくさんの新しい読者を得てきたのですが、同時に、これまで多くの読者が支持してくれた「文学や人文書の河出」という本筋に戻したい――。当時社長だった若森繁男(現・代表取締役会長)が、その思いから全集を出すことを決断しました。正直、「今の時代に全集?」という懐疑的な見方が社内にもありましたが、「池澤夏樹個人編集」とした瞬間に企画は圧倒的な魅力を放ち始め、さらに池澤さんの選んだラインアップを見て、「これはとんでもないものができるかもしれない!」と期待が倍増しました。思わずコレクションしたくなるような美しい装丁も、全集をさらに魅力的なものしてくれていて、感動しました。
驚いたのは、創刊を発表したとき。全国の書店の担当者が「いい企画だね」「売るよ」と、掛け値なしに言ってくれた。内容はもちろん、編集者や営業の努力も含めて、非常に高く評価してくれたのです。私は営業も編集も経験していますが、書店が「売ろう」という熱い思いを持ってくれた本は、間違いなく読者の心をつかみます。これまでにない斬新で魅力的な企画を出して、それを書店が理解して一緒に動いてくれれば、多少高価なものでもちゃんと読者に届く――。『世界文学全集』の成功は、そんな気づきと自信を私たちに与えてくれました。
本の世界に一石を投じるような 時代を動かす作品を発信し続ける
――『こども大図鑑』シリーズ、『生物の進化大図鑑』など、大型ビジュアル企画も好評です。
『世界文学全集』が支持された経験を通じ、大型企画でなければ実現できない商品があると知りました。そんなとき、ワールドワイドで展開しているビジュアル企画と出会うことができた。『なんでも!いっぱい!こども大図鑑』の原書を編集部員に見せたとき、そのビジュアルやデザインに、みんな「わっ!」と驚きの声を上げたのです。そのくらい魅力がありました。そして、発売前に国際ブックフェアで見本を展示したところ、小学生がものすごい勢いで食いついてくれて。蜂のアップが載っているページを開いたときに、子どもたちがバッと引いたんです。新鮮な驚きのリアリティー、夢中になる姿に、「これはいける」と確信しました。
大型企画は経営基盤になりうるという点でも期待が持てますし、書店の外商で売りやすいということもあり、もしかしたら書店にもっとマージンが入るようにする方策のひとつとしても有効かもしれない。今後も、積極的に発刊を続けていく考えです。
――改めて、今後の展望を聞かせてください。
当社創業125年の長い歴史の中で、先輩たちが実にたくさんのおもしろい本を世に送り出してきました。その財産を、「KAWADEルネサンス」と銘打ち、復刊や文庫化という形でもう一回世に問えるものがないかという事業を進めています。やってみて驚いたのは、今見ても新鮮で魅力的な作品が少なくないのです。本の世界が大きく転換しようとしている今だからこそ、改めて足元をみつめ、本の世界の奥行きを再確認することは大切で、この事業は引き続き力を入れていく考えです。
さらに、やはりベストセラー、魅力的な単行本の開発です。当社はこれまで、田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』、俵万智さん『サラダ記念日』、綿矢りささんの『インストール』『蹴りたい背中』といった文芸作品、『世界文学全集』をはじめとする大型企画、そして『大人の塗り絵』シリーズなど、本の世界に一石を投じるような、ときには論争を生むようなセンセーショナルな企画を世に出してきたという自負があります。「河出から何が飛び出してくるか」と待っていてくださる読者がたくさんいる。その期待を裏切らない、でも、いい意味で期待を裏切る、そんな企画を発信し続けていきたいですね。
出版業界が置かれている状況は確かに厳しい。でも、本の世界を愛し、その魅力を信じています。読者も、そして私たちもワクワクするような魅力的な本を1冊でも世の中に送り出していきたい。そんなふうに思っています。
河出書房新社 代表取締役社長
1964年生まれ。88年河出書房新社に入社。営業、編集部を経て、2011年2月から現職。