「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」、国立新美術館ミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキョー」、東急ハンズ銀座店「HANS BOOKS」、病院、予備校、銀行のライブラリーなど、さまざまな場所に置かれる本を提案し、人と本との出会いを創出しているBACH代表取締役の幅 允孝氏。本を読んでもらうための環境づくりに必要なこと、書店や出版社の課題などについて聞いた。
読者の気分や派生する物事に思いをめぐらせて本を提案
――本を読んでもらう環境づくりに必要なこととは。
2002年まで書店員として働いていましたが、2000年を過ぎた頃から、店に人が来ない、本が売れない、ということが現場の肌感覚としてありました。本とのよりよい出会いについて実践的に考えるきっかけとなったのが、「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」のプロデュースです。書店を辞め、石川次郎さんの会社「JIinc」にいた時に任され、本の発注やセグメントの再構築を担当しました。この仕事で実感したのは、リアルな本が身体に訴えかける力です。思わず手を伸ばしたくなるたたずまいとでもいいますか。ネット購入では決して体験できないものです。同店では本との触れ合いを促すため、椅子を配置し、併設するカフェのコーヒーの持ち込みを自由にし、長く滞留できるようにしました。
もう一つ意識したのは、「本棚の再編集」です。従来の書店は、例えば料理本は女性実用コーナーにまとめられ、料理好きな男性もそこで本を探すことになります。フィギュアスケートの関連本は男性実用コーナーに置かれ、浅田真央ファンの少女もそこで本を探すことになります。文庫本は文庫の棚に集約されています。しかし同店は、例えば旅のコーナーには、ガイドブックと地図と旅のエッセー本だけでなく、写真集や哲学書や漫画も並びます。流通側の都合ではなく、読者の気分や旅から派生する物事に思いをめぐらせて選書し、本棚を構成したのです。
タイトルや著者を知らなくても、快適な時空間の中で、何となく気になる本が目に留まり、ページを繰りたくなり、ページを繰るうちに手に入れたくなる。そうした偶発的かつ身体的な本との出会いの場づくりが、ネットで何でも手に入る時代にこそ有効な気がしています。
――本のディレクションにおいて、心がけていることは。
インタビューを徹底的に行うようにしています。自分の好きな本を押しつけても、おせっかいにしかなりませんから。大阪の脳卒中患者のリハビリテーション病院からライブラリーに置く本を選んでほしいと依頼された時は、患者さんと何度も話していく中で、「大河小説を読むのは大変。短文のほうがいい」などということがわかりました。大阪なので、阪神が優勝した時の記録写真集なども喜ばれました。ただ、この病院に並べた本を他の病院にそっくり反映させることはできません。患者さんの置かれた環境はそれぞれに違いますから。インタビューには時間と労力がかかりますが、本を手に取ってもらうために欠かせないプロセスだと思っています。
――書店が取り組むべきことは。
僕は、「書店に人が来ないなら、人が集まるところに本を持っていこう」という発想で、小売店などで本を紹介していますが、もちろん書店への人の誘導はとても重視しています。書店に求めたいのは、もっと声をあげること。売りたい本があるなら、推薦者を明示し、責任の所在をはっきりさせたうえで積極的にアピールする。「面白くなかった!」という声を受け入れる覚悟も必要です。そうすれば、「なぜ?」その人に届かなかったのかもわかる。また、魅力的なイベントを主催し、人を集める。サイン会のような一方通行のイベントではなく、来店した人同士やお店とお客さんが相互にコミュニケーションできるようなイベント、例えば、作家と読者が交流できる読書会などはとても盛り上がるので、そうした企画をどんどん打ち出していくといいと思います。
――出版社の広告コミュニケーションについて、どのように見ていますか。
僕は、小さい頃から新聞の出版広告を見ては書店に足を運び、広告にあった本がなければ取り寄せる“客注少年”でした。マス広告の影響力を実感してきたからこそ思うのは、「3万部発行だから、多くの人に受けるメッセージを打ち出そう」などと、大きな数字だけ見たアプローチは届きにくいということです。どんな人が面白がってくれるのか、個人の顔が思い浮かぶくらいに想像できなければ、3百人、3千人、3万人と広がっていかないのではないかと。先日、あるジャーナリストのイベントで、こんなことがありました。イベントの参加者がジャーナリストに、「反原発のデモに人を集めたいが、なかなか集まらない。どうしたらいいか」と質問したんです。するとジャーナリストは、「あなたの家族はデモに加わりますか?」とたずねました。参加者が「加わらない」と返したところ、ジャーナリストは、「目の前の人を説得できなくて、どうして何万人も集めることができるでしょうか。家族を仲間にすることが先決です」と答えました。コミュニケーションにおいても、同じことが言えるのではないでしょうか。出版社はしっかり眼前の個人の読者を想定したうえで、マス媒体の波及力を活用する。そうしたバランス感覚があると、1人目の読者と3万人目の読者がうまくつながっていくのではないかと思います。
ヒット作への興味をその周辺にある本に結びつける
――電子書籍と紙の本の違いについて、どのように考えますか。
自分の読書体験を振り返ると、ツルゲーネフの『はつ恋』は、本の薄さと内容の濃さのギャップが強く印象に残っていますし、プルーストの『失われた時を求めて』は、「この分量を読み切った」という満足感を含めて記憶しています。電子書籍は、記憶に残るフックがコンテンツの内容に限られるので、そこに大きな違いを感じます。紙の本は、記憶においても身体感覚と深く結びついているんですね。
ソニー「Reader Store」のディレクションにも携わっていますが、本との偶発的な出会いの演出という点ではリアルの書店と何ら変わりません。どんな本でもそろうアマゾンのショップとは違いますから。ただ、一画面で見られる視覚情報のみでリコメンドしなければならないので、天気によって本の並びを変えたりできるリアルの書店よりも制約は多いと感じます。また、紙の本は、ページの余白や紙質など、テキスト以外の「不確かな余韻」が味わえ、その不確かさが期待に変わって「何だか引きつけられる、買ってみたい」となることが往々にしてあります。ネット購入の場合は、不確かな余韻は介在せず、本の表紙画像を見て、目次を見て、サンプルページを見て、購入するかしないかをジャッジします。そのぶん冒険しにくいということはあると思いますね。
実際、売れている電子書籍は、映画化が決まった小説など、作品の価値がある程度保証されたものが多いようです。どちらがいい悪いということではなく、売る環境に適した本かどうかを認識したうえで読者に提示することが重要だと思います。僕自身は、冒険気分で買った本が大当たりということがよくあるので、そうした体験が提供できる環境づくりを意識しています。
――出版社への提言をお願いします。
一つヒット作が生まれると、それだけに注力して宣伝する傾向がありますが、ギャンブルのように一発当てて、当面の操業資金を確保して終わり、というのではなく、ヒット作への興味をその周辺にある本に結びつける導線づくりも大切だと思います。現在プランニングしているのは、アニメと漫画に関するグッズのお店で、そこでの主力商品は、「置けば売れる」という人気キャラクターです。ただ、その販売手法に終始するだけでは何の広がりもありません。僕は、そのキャラクターが魔法を操ることに注目し、『ひみつのアッコちゃん』『魔法使いサリー』など日本のアニメで描かれてきたさまざまな魔法使いの物語や、『魔女の宅急便』で知られる角野栄子さんの作品、『指輪物語』のJ・R・R・トールキンの作品などを、主力商品とひも付けて紹介しようとしています。今は、欲しいモノや情報を検索してそれだけを目指して買う人が増えています。獲物を限ったワカサギ釣りのようなものですね。でも、氷の下には広い湖があって、ワカサギ以外のいろんな生物が棲息している。そんなイメージを持ってもらえるような売り場が理想です。
本を配置する環境や、ヒット作の周辺の本まで考えている出版社は意外に少ないと思います。いい本を作ればいい、あとは取次、書店にお任せという感じで……。でも、中には「この本はこういうジャンルに見えるけれど、違うジャンルの棚に置いてほしい」と指定してくる編集者や、作家自身が具体的な要望を伝えに来ることもあって、そういう配慮や想像力こそが大事ではないかと思います。
BACH 代表取締役
愛知県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。青山ブックセンター六本木店、建築・デザイン書の担当を経て、株式会社ジェイ・アイ入社。石川次郎氏に編集を学ぶ。その後独立し、2005年10月に選書集団・BACH(バッハ)を設立。選書、編集、執筆、企画、ディストリビューションなど、本をツールに幅広い分野で活動している。毎週水曜日14:20から、J-WAVE「colour your days」にも出演中。