日本市場にはこれまで、数々のグローバル企業が参入しているが、すでに日本人の間でおなじみのブランドや商品として定着したのもあれば、わずか数年で撤退する企業もある。日本のマーケットで成功している海外企業の優れている点と、そこに共通する「法則」はあるのか。グローバルコンサルティング会社として、世界のトップ企業、政府及び諸機関にコンサルティングサービスを提供するブーズ・アンド・カンパニーのヴァイス プレジデント岸田雅裕氏と、同社プリンシパルの後藤将史氏に話を聞いた。
プラットホームはグローバルで共有しながら 商品やマーケティングはローカル仕様に
――海外企業の日本市場進出の現状は。
10年ほど前までは、主に欧米の大企業が日本市場に新規参入する事例がたくさんありました。日本には豊かな消費者が多いので、日本全体の消費量が伸びていなくても、自国の優秀な商品さえ持ってくれば事業は成長すると見込めたからです。しかし、競争の激しい日本市場は本国に比べて利益率が低くなり、短期で結果が出づらいということもあり、全体として海外企業の日本進出は縮小傾向にあると言えるでしょう。
ラグジュアリーブランドも、かつては「日本は世界一のマーケット」と続々と進出してきましたが、中国市場に取って代わられてきています。最近の特徴としては、ロープライスでの参入や中国・インド企業の日本参入が増えるなど、かつてとは性格が変わりつつあるように感じます。
――海外企業は、日本の市場や消費者の特徴をどうとらえていますか?
たとえば消費財で言えば、海外では一つのカテゴリーで競合する商品はせいぜい三つぐらい。ところが、日本ではマヨネーズは3社で9割のシェアというように寡占が進んでいる市場ですが、そこですら多数の商品が投入されてスーパーの棚を奪い合っています。ましてやドレッシングになれば参入する企業も多くなり、さらに棚の奪い合いが厳しくなります。企業の数も商品数も多く、選択肢が多くあるために当然、日本人がモノを見る目、選ぶ目も厳しくなってくる。そうした中に欧米のメーカーが参入しようとすると、日本のマーケットや消費者に合わせて細分化した商品を出さなければいけなくなります。飲料業界などは「千三つ(せんみつ)」と言われ、千の商品を出して生き残るのは三つ、という市場環境です。
すると他の市場では一つで済む商品を日本にはいくつも投入する必要が出てくるので、どんどん投資効率が悪くなる。商品の選択肢が多く、企業が競い合う結果質も高いので、消費者にとっては非常に好環境といえますが、企業にとってみれば、グローバルと比べると日本は非常に利益率が低く、短期では結果が出にくい。その意味では市場としてはあまり魅力がない上に、難しいと言えると思います。
しかし、消費者の目が肥えていて、成熟した市場だからこそ得るものも少なくないと、海外企業は見ているはずです。通常、先進国でマーケティングの実績を積んだとしても、それは商品数の少ない成熟した市場での経験であり、それは多様なニーズのある消費者へのカスタマイズが求められる新興国の成長市場へ参入したときに適用できるスキルかどうかは疑問です。
一方で、市場としては成熟しながらも消費者の細かいニーズに対応し、カテゴリー内の多くの競争相手と戦わなければいけない日本市場でマーケティングをするという、ローカライズやカスタマイズの経験は、極端に言えばどこの国でも生きてくる経験といえます。実際、多くのグローバル企業では、日本法人の要職が「登竜門」「出世コース」とされており、人材の育成、輩出という意味でも、日本市場への進出、マーケティング経験の蓄積は大きな意味合いを持つと見ています。
日本で成功するために必要な要件とは
――そんな中、日本で事業展開をしている海外企業の「成功法則」とは。
大きく三つあると見ています。一つは「日本に根差し、国内企業との競争の中でうまくやっていく」やり方。たとえばP&Gやコカ・コーラといったグローバル企業は、日本のマーケットや消費者のニーズに合わせた商品展開を行い、国内メーカーと対等に競争しています。日本なら日本の事情に詳しいスタッフをそろえ、マーケティングや商品に関しては徹底的にローカルの事情に合わせるのです。
その一方で、マーケティングのプロセスや手法、プラットホームはグローバルで開発、共有化しているところが日本企業とは大きく異なります。多くのグローバル企業が、その開発や分析にはかなりの投資をし、数的論証なども行っています。コカ・コーラは、消費者調査をする際、細かい質問内容はローカルに合わせますが、どういう調査をどういう手法で行うのか、会議ではどういう項目に基づいてマーケティング施策を判断すべきなのかなど、全体のプラットホームはグローバルで共有化したものを使っています。そして、日本で成功したプラットホームを次は中国に持っていく、といった具合に、共有化と磨き上げに力を入れているのです。
日本企業では事業部や担当者によってやり方が違う、いわば「個人芸」が多く、成功しても失敗してもノウハウが属人的で、組織の経験として積み上がりにくいといえます。ところが組織的に共有されている場合は、極端な言い方をすれば、優れた個人がいなくても、そのプラットホームさえあれば、ほかの市場でもある程度の成功が見込める。これが、グローバルで展開する企業の大きな強みです。ローカルでは現地に根差し現地企業と競争しながら、そのベースとなるプラットホームや手法はグローバルの資源として共有化する――。これが、世界で成功しているグローバル企業の強みと言えます。
――ほかにどんな手法がありますか。
二つ目の手法は「新しい価値やスタイルを提供する」やり方です。スウェーデン発の世界最大の家具ショップであるイケアは、「自分で家具を組み立てる、だから安い」という、新しいスタイルが日本人に受け入れられました。実はイケアは過去に数度参入し、撤退したことがあります。当初は「北欧の家具ブランド」として都市型ショップで展開したのですが、そのときの失敗経験を生かし、郊外型の大型店舗というイケアの本来の事業形態で再参入したのです。ちょうど日本ではDIYが流行するなど、手作りや日曜大工などに楽しみを見いだせる土壌ができつつあった。そこに「家具を自分で組み立てることは楽しい」という新しい価値観を提供したのです。さらにイケアが秀逸なのは、ビジネス全体のフォーマットはグローバルで展開しているものですが、小さなサイズの家具を増やすなど、日本の住環境やライフスタイルに合わせた細かいローカライズを行ったことです。
アメリカ生まれの大型会員制倉庫型店、コストコホールセールも、新しいスタイルを提供して成功している企業です。本国では住宅も冷蔵庫も大きいので、大容量の食料も日用品も売れますが、日本の家庭では厳しい。しかし、そこを逆手にとって、「主婦仲間がシェアして買い物する」という利用シーンを提案しました。雑誌などとのタイアップで「楽しい」「おしゃれ」というイメージを訴求するなど、コミュニケーションもうまくいっています。携帯電話が普及し、メールなどでシェアする仲間を簡単に集められるようになったタイミングもよかった。
イケアもコストコも、事業形態の本質はそのまま持ち込み、でも、細かい部分はしっかりとローカライズしたこと、参入したのが適切なタイミングだったこと、そして、新しい価値観やスタイルをしっかりと日本の消費者にコミュニケーションできたことが、成功につながったのではと評価します。
三つ目のポイントは、総じて言えることですが「長期的に腰を据える」。先ほどもお話したとおり、日本市場で利益率が低いために短期的にリターンを望むのは非常に難しい。ですが難しい分、マーケティングのトライアルの場としては収穫も多い、とも言えます。
日本市場に長期間コミットしている事例は、P&Gのパンパースが代表例でしょう。1970年代後半に独占的な商品を投入したのに、ユニチャームや花王などの国内メーカーに追随され、80年代中ごろにはシェアを大きく失いました。そこでP&Gは、広告宣伝のあり方を日本流に合わせて見直しただけではなく、自社の流通構造に問題があったことに気づき、500社あった一時卸を有力な50社に集約しました。また、激しい競争に勝ち抜くために、日本での研究開発を重視して、米国よりも先に日本で新商品を投入するようになりました。こうした長期的な努力が実を結び、90年ごろにいったんトップシェアに返り咲き、現在も上位グループで頑張っています。
日本市場においては、P&Gのほかコカ・コーラなどが、やはり数十年単位で腰を据えて取り組んだことで、国内企業としのぎを削るほどに定着できた。短期的な利益が出にくいのは企業としては辛いですが、そこに耐えるかどうかが、結局は生き残れるかどうかを左右しているのでは、と見ています。
マーケティング全体を統括する 組織そのもののマネジメントが鍵
――海外参入を考える日本企業が、グローバル企業に学ぶべき点があれば聞かせてください。
ここ数年、グローバル企業の多くが、CEOやCOOなどと並び、CMO=チーフ・マーケティング・オフィサーというポジションを設置しています。企業のマーケティング活動全体を統括する役職で、商品開発や広告宣伝、場合によっては営業の一部をもまとめ、予算の配分、手法や人材の開発、コンシューマーインサイトの確立などまで行います。この体制は、日本企業にはまだほとんどないのが現状です。
ブランドや商品が本来の持ち味を失わず、細かい部分はローカライズやカスタマイズすることはもちろん重要ですが、その前提として、実は組織全体のマネジメントも重要です。担当部署ごとに縦割りになりがちなマーケティングやコミュニケーションを、組織として包括的に見直す。その点は、世界市場を狙う日本企業にとって、グローバル企業を参考にすべきでしょうし、今後取り組むべき課題となるのではないかと思います。