震災を機に、もっといい世の中に至る道筋を照らす

 震災の直後から、電通では、社内グループ横断プロジェクト「NEXT STAGE PROJECT」を立ち上げ、今回の震災が生活者や企業、社会に及ぼす影響を、さまざまな角度から調査・分析してきた。震災の翌月に第1弾のリポート「『日本新生』を支える『意識・ライフスタイル・社会システム』の変化予測」を発表、さらにこの7月1日には、第2弾のリポートを発表。震災後3カ月間の生活実感や行動の細かい変化を追い、そこで発見されたインサイトから、多くの提言や提案を行っている。同プロジェクトのメンバーである、コミュニケーション・デザイン・センターの 山形知大氏と、ストラテジック・プランニング局のコピーライター 澁江俊一氏に話を聞いた。

震災で目覚めた「利他的遺伝子」

――「NEXT STAGE PROJECT」はどのような経緯で発足したのですか?

山形知大氏 山形知大氏

山形氏 震災直後から現在まで明快な復旧プログラムやガイドラインのない状態が続く中、生活者も企業も身動きが取れない感覚に陥り、立ち止まっていました。テレビCMでもいっせいにACのCMに差し替えられ、いつから広告をスタートしてよいのか、いったい何をコミュニケーションすべきなのか、またどんな言葉なら生活者に届くのか、全てが経験のない状態でした。

 そんな中、電通としてできることは何なのかということを、有志が集まって、手探りで考え始めたんです。私たちが次の潮目を読み、社会はどのように変わるのか、どうすべきかをペースメーカーのように共に歩んでいきたいという思いでプロジェクトは始まりました。短期的には次に人々がどう動くか、中長期的には、震災によって暮らしや社会にどんな大きな変化が起こるのか、そこを見据え、社会全体のあるべき方向を探っていかないといけない。これらを一気に作りあげるために、会社横断的に、みんなでやっていこう、ということに自然になりました。

澁江氏 何かやらなきゃ、という一人ひとりの気持ちが自発的にどんどんつながっていったという感じですね。クライアントのために、ひいては日本のために、一刻も早く、電通として光を放ちたい、道筋を照らしたい、という思いで走り出しました。

――「NEXT STAGE」というプロジェクト名に込めたものとは?

澁江俊一氏 澁江俊一氏

澁江氏 震災をきっかけに、以前よりももっといい世の中にしていきたい、という願いが込められています。以前の状態に戻すだけではダメで、「次のステージ」に上がるためのお手伝いをしていく。社会の可能性を探っていく最前線にいるようなプロジェクトチームでありたいです。

 僕は、コピーライターとしてプロジェクトに参加し、調査を通して見えてきた現象や人々の変化の方向性にキャッチフレーズをつけています。普通は、調査結果を報告するリポートにキャッチフレーズ的なものはつけませんよね。でも、今回は、そこに、いい世の中にしていくぞ、という意思を提示したかった。未来に向けて良いシナリオを描くには、多くの企業、多くの人々が、力を合わせてやっていくことが欠かせません。意思のこもったシンプルで強い言葉、それを支えていく力になれば、と思っています。

――調査はどのように行われたのですか。また、何が見えてきましたか。

山形氏 4月と6月に47都道府県の成人男女を対象とした意識調査を電通総研が行い、リポートしました。4月の調査で見えてきたものは、震災によって、日本人が本来持っていた人を思いやる気持ちが目覚めたのではないかということ。この助け合う本能のようなものを「利他的遺伝子」と名付けました。

 利他的遺伝子の目覚めによって何が引き起こされるか。まず、人の意識や行動が変わってきます。それはやがて、周りのことや社会のことを考えながら生活をしていく知恵と工夫を生み、中期的にはライフスタイルの変化をもたらすでしょう。このような、生活をより心豊かなものにしていく変化を、「高度“生活”成長」とネーミングしました。

  6月にもほぼ同じ項目で調査を行い、4月からの変化をみると、上がった項目下がった項目さまざまでした。それらを俯瞰(ふかん)してみたとき、大きな二つの潮流が見えてきた。ひとつは利他的遺伝子の働きが強まり、家族やまわりの人たちとの絆を大切にしながら生きていこうとする方向性、「絆をアップデート」しようとする流れです。もうひとつは、「社会をアップデート」しようとする流れ。たとえば、単に、今年の電力不足を乗り切るために「節電しなくちゃ」とエアコンを切るのではなく、家のつくりから見直すなど知恵を絞りながらエネルギーマネジメントしていくという行動が、これにあたります。この二つの潮流は今後より強いものになって根付いていくと考えられます。

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澁江氏 その一方で、個人のがんばりだけではどうにもならない、社会システムの変革が必要だ、という調査結果も出てきています。たとえば「他人や社会のために役立ちたい」という気持ちは、震災直後は大きく盛り上がったけれど以後はスコアを落としている。片やスコアを伸ばしているのは、「社会貢献をする姿勢を持った企業を応援したい」という項目です。募金もしたし、ボランティアに汗も流した、という人たちは、企業や社会システムに変化を期待しているといえるでしょう。

 もうひとつ、震災直後はがまんできたけれど、もうがまんしたくない、という結果も出ています。つまり、個人の善意や努力に頼っているばかりでは、もう前へ進めない。今、見本は新しく生まれ変われるか否かの正念場に来ている、と言えると思います。

受け手が情報の信頼性にシビアに判断

――企業はこの調査結果と提言をどう生かしていけばよいのでしょうか。

山形氏 たとえば震災以降、ひとつのエネルギーに頼ることの危うさに人々が気づき、いくつかのエネルギーを組み合わせてリスクを分散し、エネルギーを最適にマネジメントしていこう、という機運が盛り上がっています。ここにうまくマッチする商品なりサービスなりが出てくれば、生活者は必ず買うと思うんですよ。つまり、この震災後の変化をいち早くとらえ、対応できた企業には大きなビジネスチャンスが生まれる。そのために生かしていただけたらと思います。

――最後に、震災後の企業コミュニケーションのあり方について聞かせてください。

山形氏 過去20年間くらいにわたって、生活者の価値観は人によってさまざまだ、と言われてきました。その好き勝手な方向を見ていた生活者が、3.11でぐっと同じ方向に向かうようになっています。ということは、その心をうまくつかむことができれば、効果はこれまでになく大きなものになる。これをタイムリーにやった企業は、存在感を大きく高めることが可能になるでしょう。

 ただ、原発の事故以来、生活者は情報の信頼性に対して相当シビアになっています。情報源をうのみにせず、信頼できるかどうかを自分で判断するようになっていますから、コミュニケーションが上滑りしていれば見透かされてしまう。その意味では、社会の中での、あるいは生活の中での企業の役割をベースにした、誠実、かつ、タイムリーな情報発信が大切になるのではないでしょうか。

澁江氏 震災後は、コミュニケーションを控えがちな企業も少なくありませんが、口をつぐんではいけない。自分たちのできることを掘り下げ、自分たちはこれなんだということを、企業はどんどん伝えていくべきだと思います。今は情報が多く、受け手が進化しているから、中途半端なコミュニケーションは通用しないし、ウソはすぐばれる。しかも、震災後は、これまで以上に正確で信頼のおける情報を求めるようになってきています。こんな受け手に対しては、とにかくきちんとコミュニケーションし続ける姿勢を見せることが欠かせません。その中で、コミュニケーションに真摯(しんし)な企業であるか、きちんと事実を伝える信頼できる企業であるかどうかを、受け手が判断するでしょう。