媒体を使ったコミュニケーションを評価するメディア部門。審査員を務めた、電通 コミュニケーション・デザイン・センター コミュニケーションデザイン・ディレクターの樋口景一氏に、今年の傾向や実際の審査の模様などを聞いた。
勢いのある新興国が続々参加、 真のインターナショナルな祭典に
――メディア部門審査の感想は。
今回、メディア部門の応募総数は2,895作品。前年比40%増と大幅に増えていて、まず数の多さに圧倒されました。これまで欧米中心だった応募国が、南米、アジア、ロシア、アフリカと多岐にわたり、カンヌが本当の意味でインターナショナルな祭典になったと感じました。そして何より世界は元気だと。特に新興国は勢いがあり、広告の世界は、どこに元気があるのかが如実に映し出されていると思いました。
インターナショナルになったがゆえに、審査員の責任は大きくなりました。応募作品は社会的、文化的背景を背負ってそのキャンペーンを成立させている。その前提となるバックグラウンドを把握した上で審査しなければならないからです。それぞれの国の事情はその国の人に聞かなければわかりません。今回、31人の審査員が24カ国から集まっており、インターナショナルになったことを象徴しています。
もうひとつ強く感じたのが、審査が健全化した、ということです。かつては「カンヌ的におもしろい」作品が受けた時代がありました。しかし特に今年は、世の中が評価したものをきちんと評価しようという機運が、メディア部門に限らずカンヌ全体で強まったように感じました。意識も精度も高く取り組んだ仕事が当たり前のように評価される、ということですから、広告業界の人間にとってこれほどうれしい話はありません。
――審査ではどのような議論を。
メディア部門は、
(1)インサイト、ストラテジー、アイデア(35%)
(2)クリエーティブエグゼキューション(30%)
(3)リザルト(35%)
という3つのポイントでそれぞれ点数をつけ、その合計点で絞り込んでいく作業から始まりました。
審査では、いわゆる「賞ねらい」のような作品は評価せず、ビジネスとして結果を残したものを選ぼう、となりました。リザルトが高い割合を占めている理由です。実際、最初はかなりビジネスリザルト偏重で審査が進みました。しかし、僕はどうしても納得がいかなかった。商品が動くという結果は確かに大切ですが、その前に世の中や人々の意識や行動を変えることのほうが重要ではないか、作品がその国においてどんな意義を持ったのかを議論しよう、と呼びかけました。自分の首を絞めたようでその後は本当に大変でしたが、いい審査につながったと自負しています。
また、「メディアとは何か」という根本的なテーマについてもかなり話し合いました。ソーシャルメディアが革命を起こすほどの強い力を持ち始めた今だからこそ、カンヌのメディア部門がどんな視点で何を評価するか、改めて問い直す必要があるだろう、と。夜を徹した議論で出したのは、「メディアは人の集まる場である」という答えでした。そして、集まった人々に対し、どのぐらいの影響力を与えたかということこそが、メディア部門が評価すべきポイントだ、という方向性を導き出しました。
評価を決めたポイントは 世の中の価値観を変えるほどの影響力
――印象に残った作品は。
金賞を受賞したチュニジアの作品「2014」は、「自分たちの未来像を自らが描こう」というメッセージを、同国のメディアが国民に打ち出しました。人々はSNSを使ってはいても、民主化前夜のこの国で、どこまで自分の意見を表現していいのか、判断基準がなかったのです。しかし、このキャンペーンによって、「私はこんな仕事がしたい」「こんな家に住みたい」といったことを自由に言える、とわかった。大きな価値観の変化をもたらしました。何より、政府のお抱え機関のような存在だったメディアがそれを成し遂げたことの意義は計り知れないし、それだけの影響力をメディアが持ちうることを証明しました。
銀賞のルーマニアのチョコレート「ルーマニア・ロム」のキャンペーンも印象に残っています。パッケージにルーマニアの国旗が大きくプリントされた国民的お菓子ですが、売り上げは伸び悩んでいました。若者を中心に自分の国へのあきらめ感が強かったのです。そこで、パッケージを思い切ってアメリカの星条旗に変えてしまいました。国民からは大ブーイングが起き、すぐにパッケージを元通りに戻しました。すると「これこそわが国のお菓子だ」と愛国感情が盛り上がり、売り上げが一気に回復したのです。パッケージを変えて、元に戻しただけ。秀逸なアートディレクションやコピーライティングがあったわけでなく、世論の計算とストーリーテリングの力で価値の転換が鮮やかに実施され、国民感情を激変させた。このように、今回のショートリスト(入選)以上の作品はすべて、これまでの広告の作り方や概念を変えてしまうアイデアや影響力の強さを持っていました。
――日本の作品はどうでしたか。
岩手日報の「IWATTE」が金賞を受賞しました。個人的なニュースを新聞の号外として印刷し、配布するというキャンペーンです。新聞は今後どうあるべきか、世界中が答えを探しています。新聞がいかに個人に近いところに行けるかのトライアルとして、意義があったと評価しました。
背景には東日本大震災がありました。震災後の日本は毎日悪いニュースばかりがメディアで報じられていました。そんな日常で、「IWATTE」は、子どもの誕生や結婚といった、とてもパーソナルだけれど誰もが本能的にうれしいと感じるニュースを、メディアが報じた。人間の根源的な喜びとメディアが一緒になることをどれだけ日本が欲しているか、という、今の日本のバックグラウンドもポイントにあったのでしょう。
――今後について聞かせてください。
審査員は、多くの議論を重ねて選んだ作品を通じて、「業界をよりよい方向に導くための道しるべを提示する」という、最大の目標を達成することができた。手応えを感じるとともに、このメッセージが世界中の広告人に伝わり、次のアクションにつながれば、と期待しています。
そして、これから自分たちがどちらを向いて仕事をすればいいのか、基準がわかったのは大きな収穫でした。今回もそうですが、カンヌに参加すると毎回悔しいのです。世界から集まる「すごい」作品に「やられた」という悔しさが残る。そのレベルを超える仕事をしていきたいと、気持ちを新たにしています。
電通 コミュニケーション・デザイン・センター コミュニケーションデザイン・ディレクター
1970年福岡生まれ。94年東京大学卒、同年電通入社。国内および海外において商品開発、コンテンツプロデュース、メディア企画開発、広告キャンペーンを手掛ける。主な仕事にUNIQLO「Tokyo Fashion Map」、Google/Youtube「東日本営業中」、JR九州「祝!九州」など。カンヌ国際広告賞金賞、ロンドン国際広告賞金賞、アドフェスト銀賞、スパイクス銀賞、One Show銅賞など国内外の受賞多数。2008年より武蔵野美術大学非常勤講師。2011年クリオ賞インタラクティブ部門審査員。