市民を巻き込み九州新幹線開業を祝ったキャンペーン JR九州「THE 250km WAVE(祝! 九州縦断ウエーブ)」

 アウトドア部門で金賞、メディア部門で銀賞、フィルム部門で銅賞を受賞したのは、九州新幹線全線開業を記念する九州エリア限定のキャンペーン「THE 250km WAVE(祝! 九州縦断ウエーブ)」。新幹線沿線を人のウエーブでつなぐイベントを開催し、その様子を車両から撮影した映像を広告展開した。3月11日の震災の影響でテレビCMはわずか3日のオンエアだったが、ユーチューブでじわじわと評判が広がった。制作を担当した電通 コミュニケーション・デザイン・センター CMプランナーの東畑幸多氏に聞いた。

コンセプトは「祝祭」

──キャンペーンの概要は。

東畑幸多氏 東畑幸多氏

 「九州にとって歴史的なイベントであり、新燃岳の噴火や鳥インフルエンザなど、近頃あまりいいことがなかった九州に明るいニュースをもたらし、全線全駅が盛り上がれるようなキャンペーンにしたい」。企画の目的についてJR九州からこう説明を受け、クリエーティブディレクターの古川裕也と「祝祭」というコンセプトを決めました。タレントなどを使うのではなく、地元住民参加型のお祭りにしようと考えたのです。そして、鹿児島中央駅から博多駅まで人のウエーブでつなぎ、車窓から一発撮りした映像を広告にするアイデアが生まれました。

──撮影イベント開催までの経緯について聞かせてください。

 撮影に向けてはさまざまな課題がありました。沿線をつなぐほどの大勢の人が参加してくれるのか、雨が降ったらどうするのか……。それでもJR九州の担当者は、「縦断ウエーブの案は伝説を残しますね。やりましょう」と言ってくださいました。事前の準備としては、告知CM、駅張りポスター、ウェブサイトを通じ、撮影日の2月20日に沿線の12会場でレインボーカラーの新幹線に手を振ってほしいと呼びかけました。募集した1万人はあっという間に集まりましたが、学校や自治体にも声をかけ、ウェブサイト上では会場以外の撮影ポイントになりそうな場所をイラストなどで紹介しました。にぎやかな雰囲気を演出するため、カラフルな装いをお願いしたりもしました。また、開業を控える新しい駅にはJR九州が臨時列車を停車させ、人を運んでくれることになりました。

 安全面でも多くのハードルがありました。新幹線がすでに走っている区間もあり、ダイヤを変えずに撮影用の車両を走らせなければなりません。しかも撮影ポイントが来たら時速80kmに減速させるプランでした。大勢の人が集まるホームや12会場の安全管理、沿線道路の事故防止対策なども必要でした。JR九州の職員をはじめ地元の方々の協力なくては実現できなかったプロジェクトです。

──撮影日はどのような様子でしたか。

 ムービーカメラは新幹線内に6台、沿線に約50台という態勢で、僕は新幹線に乗って車窓を見守りました。本当に人が集まってくれるのかという不安をよそに、沿道の人が途切れることはありませんでした。「祝!」の横断幕を掲げてくれる人、マンションのベランダや屋上から手を振ってくれる人、新幹線を追いかけて走ってくれる人、趣向を凝らしたコスチュームを着てパフォーマンスを披露してくれる人、たくさんの人たちが新幹線の全線開業を祝う姿が続き、それを見て号泣しているJR職員の方もいました。

「祝祭」のドキュメント映像を広告展開

──編集時に苦労したこと、工夫したことは。

 実は、カメラのグラフィック画像はよく撮れていたのですが、ムービーはピンが合っていない映像がとても多かったんです。どこでどんな人が立っているのかまったく予想できなかったので、対象を追うのがとても難しかったからです。それでも使える部分は30分近くのボリュームになり、15秒、30秒、3分のCM映像に編集しました。結局完成CMは30パターンに及び、駅貼りポスターもさまざまなバージョンを制作しました。一人でも多くの参加者を映し、恩返しをしたいというクライアントの希望によるものです。九州の人たちが記念に映像を録画しておきたい、新聞広告を保存しておきたいと思えるようなコミュニケーションを目指し、CMにならなかった映像はウェブ上でアーカイブ化し、DVDにもおさめました。

 音楽はマイア・ヒラサワさんが担当。既存の楽曲が「祝祭」のイメージに合うということでお願いしましたが、映像を見てさらにパワーアップした曲に作り替えてくださいました。

──全線開業前日に東日本大震災が起きました。震災後はどのような状況でしたか。

 「祝」という文字を外し、「がんばれ、日本」的なメッセージを入れてオンエアしたらどうかという声もありましたが、それはやめたほうがいいという判断になりました。あくまで新幹線の全線開業を祝う目的で制作しましたから。ただ、3月9日から11日の3日間にオンエアされたCMが視聴者によってユーチューブにアップされ、ひそかに反響は広がっていました。震災を境に、映像を見る人々の気持ちにも大きな変化があったと思います。何げない田舎の風景の尊さ、笑顔で新幹線の開業を祝えることの幸せ、笑顔が人を元気にする力……。震災後の東北の人々と九州の人々を重ね、日本人のやさしさや一つになる力を感じ取ってくれた方も多かったようです。

──受賞を聞いた時の感想、周囲の反響は。

 ストーリーがあってオチがあるわけでもないので、外国の人に理解してもらえるか不安でしたが、新しい手法として評価してもらえてホッとしました。また、受賞後、僕のツイッターに、九州のタクシーの運転手さんや旅館の方などから「おめでとう、やりましたね!」という声が200通くらい届いて、中には「助演男優賞の者ですが、まだ知らせがありませんよ」というユニークなメッセージもありました。これまで広告賞をいただいた時に喜んでくれるのは関係者くらい。今回のように一般の方々と喜びを共有できたのは初めての体験で、それがいちばんの感動でした。

──カンヌライオンズの印象、評価は。

 カンヌライオンズは、新しいチャレンジが評価される賞で、受賞作は毎年チェックしていますし、昨年は現地にも見に行きました。国内で求められる広告は、効率や世の中への影響力が最優先で、それが表現の革新性や海外の評価と両立しないこともあります。今回の広告は震災の影響はありましたが、2月に撮影イベントを行った段階で地元紙の1面に大々的に取りあげられるなど、メーキングから話題づくりに成功していました。国内で機能したキャンペーンが海外で認められたことは、大きな喜びでした。

──今後どのようなクリエーティブを目指していきたいですか。

 見た人の心にビックリマークとハートマークが芽生えるようなクリエーティブです。特にハートマークが大事だと思っています。例えば、キャンペーンのインパクトをねらって空からお金をばらまいたら、ビックリマークは与えられるかもしれないけれど、きっとハートマークにはつながらない。見て心が癒やされたり、楽しい気分になったりする「ビックリ」と「ハート」を探したいですね。

 また、今回のキャンペーンと震災を振り返って思うのは、真っすぐな人の気持ちこそが人の心を動かすということです。人々のイマジネーションを信じ、エネルギーを与えられるような広告づくりを意識していきたいと思っています。

JR九州「THE 250km WAVE(祝! 九州縦断ウエーブ)」

JR九州「THE 250km WAVE(祝! 九州縦断ウエーブ)」
JR九州「THE 250km WAVE(祝! 九州縦断ウエーブ)」
JR九州「THE 250km WAVE(祝! 九州縦断ウエーブ)」
JR九州「THE 250km WAVE(祝! 九州縦断ウエーブ)」
東畑幸多(とうはた・こうた)

電通 コミュニケーション・デザイン・センター CMプランナー

主な仕事に、江崎グリコ「OTONA GLICO 25年後の磯野家」、日清カップヌードル「BOIL JAPAN.」、サントリー「BOSSゼロの頂点」など。クリエイターオブザイヤー2009、TCCグランプリ、ACC金賞、ADC賞など受賞多数。