間伐材を利用した携帯電話「TOUCH WOOD SH-08C」のプロモーション映像 「森の木琴」

 日本で、そして世界で、映像と音階の美しさと、斬新なアイデアが大きな話題となったウェブムービー「森の木琴」。カンヌでは、サイバー部門とフィルムクラフト部門で金賞、フィルム部門で銀賞と3冠に輝いた。このプロモーションを展開したNTTドコモ プロモーション部長の樺沢正人氏に話を聞いた。

震災でプロモーションが膠着(こうちゃく)したが 映像は世界を駆け巡り、日本人の心を癒やした

──「TOUCH WOOD SH-08C」誕生の経緯やねらいなどについて、聞かせて下さい。

樺沢正人氏 樺沢正人氏

 森は、木を適度に間引いて光を入れてあげないと、荒れてしまいます。天然林は、ある程度自然の力でそれをなし得るのですが、日本で多い人工林は人間が手をかけてあげなければならない。ところが、林業への需要が減ったことで就業人口も減るなどし、結果、森が死んでいくというケースが増えています。NTTドコモでは1999年から、「ドコモの森」という森林保全活動に取り組んできました。この他にも、さらに何かできないか考えていて、ボディーに間伐材を使った携帯電話を作ろう、ということに。試作機は以前から展示会などに出していたのですが、今回いよいよ販売する運びになったのです。

 しかし、特殊な木の加工を施しているため量産ができず、1万5千台の限定販売です。1万5千台に間伐材を使ったとして、日本中の森を救うことは到底無理な話で、ビジネスとしても大きな収益が上がるものではありません。私たちが標榜(ひょうぼう)するのは、こうした製品を作った意義を世の中に伝えることによって、日本の森が抱える問題に目を向けてもらい、最終的には新しいビジネスが森に入ってくるきっかけが生まれることです。そうすれば、森が救われる可能性も高まるだろう――。こうしたことを軸にして、プロモーションも考えました。

「TOUCH WOOD SH-08C」 「TOUCH WOOD SH-08C」

──そのプロモーションの幕を切って落としたのが、ウェブムービー「森の木琴」でした。

 このご時世ですから潤沢な予算は使えません。クリエーターの原野守弘さんと話し合い、ウェブを中心としたプロモーションにしよう、ということに。しかし、出来上がった「森の木琴」は、ウェブの映像にしては非常に手が込んでいました。福岡県嘉麻市が、場所や間伐材を提供してくれるなど、多くの協力と、原野さんをはじめとする制作スタッフの皆さんによる工夫があった結果だと、感謝しています。

NTTドコモ「森の木琴」

 NTTドコモ「森の木琴」
 NTTドコモ「森の木琴」
 NTTドコモ「森の木琴」
 NTTドコモ「森の木琴」

──海外で火がつき、大きなムーブメントになりましたね。

 ウェブに映像をアップした翌日、東日本大震災が起きました。発売も延期となり、これから始めようとしていたプロモーションはすぐに暗礁に乗り上げてしまいました。ところが、YouTubeにアップされた映像がニューヨーク・タイムズのブログで紹介されたことがきっかけで、世界中からアクセスが殺到したのです。それが逆輸入のような形で、日本でも大きな話題となりました。

 大震災はまったくの想定外の出来事でした。しかし、特に日本でたくさんの方々がこの作品に注目してくれたのは、震災の影響も少なからずあったのではと考えます。毎日のように大画面のハイビジョンで被災地の様子を見るというのは、おそらく日本人にとって初めての経験で、かなり心が痛んでいました。「森の木琴」の美しい日本の森の映像と、木琴が奏でるバッハの「カンタータ147番『主よ、人の望みの喜びよ』」の温かい音階は、そんな日本人の心に寄り添うことができたのではないだろうか、と。ブログやツイッターを見ていても「癒やされる」という言葉がたくさん見受けられましたし、当社のコールセンターにもそうした声がたくさん寄せられました。本来の目的ではありませんが、そうしたことで役に立てたのであれば光栄ですし、私たちとしても少し救われたような気がしています。

 また、結果として携帯電話そのものに対しても興味を持ってもらえることができました。「TOUCH WOOD SH-08C」はほぼ手作りのため、一度に生産できる数が限られていて、数回に分けて販売をしているのですが、ネット販売を始めた初日から即完売するほどの大反響で、プロモーションとしても大きな成果が上げられたと評価しています。

優れたアイデア、クリエーターを 世に送り出す役割を担っていきたい

──見事、カンヌの3部門で入賞を果たしました。

 ナレーションもコピーも使わず、映像だけでメッセージを静かに発信するという手法は、きっと国を問わずに伝わるはず……。手ごたえは映像を見た当初から感じていました。当社では賞ねらいで広告を作るという社風ではないので今回は貴重なチャンスととらえ、カンヌに限らず広告賞にエントリーするため、3分30秒の映像を2分のテレビCMに仕上げてもらっていました。震災でCMも自粛することとなりましたが、4月末に1回放映し、カンヌの出品になんとか間に合わせたのです。

 カンヌに参加したのは 今回で3回目でしたが、これまでは華々しい席ではなく、私にとっては勉強の場でした。正直、震災という不幸な出来事の後だったので、大騒ぎする気持ちにはなれませんでしたが、受賞者席から大画面に流れる「森の木琴」の映像を堪能し、エンドロールに自分の社名を見たときは、目がしらが熱くなりましたね。

 今回参加して強く感じたのは、世界の広告が新しい時代を迎えつつある、それに伴って、フェスティバルそのものが変化のときに差し掛かっている、ということでした。かつては 「カンヌコード」のようなものがあり、莫大(ばくだい)な費用をかけた大仕掛けなものが賞を取る傾向があったように思いますが、今回は広告のアイデアが秀逸な作品が増えたし、そういった作品が高く評価されていました。これから、さらにいいフェスティバルになっていくだろうと期待しています。そして私たちは、企業としてマーケティングの目標を達成することにはこだわり続ける一方で、クリエーターの素晴らしいアイデアを世の中に送り出す役割を担っていけたらと考えています。

──「TOUCH WOOD SH-08C」の現在のプロモーションの状況や、今後目指すことは。

 「TOUCH WOOD SH-08C」については、1万5千台のうち残りの台数が少なくなってはきていますが、日本が復興モードになっていることもあり、テレビCMなどのプロモーションに少しアクセルを踏み始めています。1社提供の番組ではほぼ毎週放映を続けていますが、チャンスがあれば少し拡大していければ。また、カンヌの受賞を受け、「森の木琴」を大きな画面で見ていただこうと、都内の映画館で放映しています。さらに、海外の映画祭から招待作品として選ばれたり、学術系やエンターテインメント系、デザイン系の講演会から貸し出しを依頼されたりするなど、さまざまなオファーがきています。心が届くような取り組みであれば、どんどん協力していきたいと考えています。

 そして、冒頭にもお話しましたが、私たちがもっとも願っていることは、森の荒廃を止めることです。今回のプロモーションがきっかけとなって、間伐材に関する新しいビジネスが生まれることを、心から期待しています。  

樺沢正人(かばさわ・まさと)

NTTドコモ プロモーション部長

NTT広報部、宣伝部を経て1993年NTTドコモへ。同社の広告戦略策定、広告企画、メディア企画、イベントなどを担当、2002年渋谷支店営業部長として販売の前線を経験した後、03年に宣伝部宣伝担当部長。08年NTTアドにメディア局長として出向。10年6月から現職。広告を含むプロモーション全般を統括。