「コレクションしたくなる」クリエーティブの時代に

 NTTドコモの携帯電話「TOUCH WOOD SH-08C」のプロモーション映像「森の木琴」は、サイバー部門で金賞、フィルムクラフト部門で金賞、フィルム部門で銀賞を受賞した。この作品のクリエイティブディレクションを担当したのは、PARTYの代表でクリエーティブディレクターの原野守弘氏だ(制作時はドリルに所属)。SNSを通じて世界中で話題となり、震災後の日本人の心を癒した作品はどのように生まれたのか。最近の活動などと併せ、原野氏に聞いた。

視聴者の知性を信じる―― シンプルだからこそ伝わるメッセージがある

――「森の木琴」のムービーが生まれた経緯を聞かせてください。

 人工林は適切なメンテナンスをしないと死んでしまいます。保全のために間引いた間伐材はかつて、建築現場の足場や割り箸などに活用され、森林経営者にとって重要な収入源になっていたのです。けれど、外国産木材にとって替わられたり、エコブームによって使用が控えられたりといった事情で需要が減り、結果的に森林経営を圧迫することになっています。こうした人工林の経営問題を啓蒙(けいもう)するために、NTTドコモが、オリンパス、シャープ、モアツリーズという環境保全団体と手を組んで開発したのが、間伐材を使った携帯電話「TOUCH WOOD SH-08C」です。ドコモから提示されたブリーフは、この携帯電話をプロモートしつつ、森林保全に取り組むドコモの企業姿勢を訴求したい、というものでした。

「TOUCH WOOD SH-08C」 「TOUCH WOOD SH-08C」

 この企画は、「木はいい。」というシンプルなインサイトから出発しています。木でできた携帯電話ですからね。そして、多くの日本人は、木材の持つあたたかさや心地よさを理解し、共有しています。だから「木っていいね」と思い起こしてもらえれば、この製品はぐっとよく見えてくるし、さらに森林保全に関するメッセージもより伝わりやすくなる……と考えたのです。だから、「木はいい」ということをどれだけ深く共感してもらえるかが勝負でした。

 木のよさは五感で感じられるものですが、ムービーは視覚と聴覚しか刺激できません。まず「聴覚」から企画を考えたときに、子どものころ大好きだった木琴のあたたかい音色を思い出しました。次に「視覚」に思いをめぐらし、その木琴を大きくして、森に置いたら視覚的にもインパクトがあるだろうと考えました。そしてそれを頭の中で少し傾けてみたのです。すると頭の中で木琴の上を球が転がりはじめ、その音色が楽曲になるというアイデアを思いついたのです。すぐにそのアイデアをプロデューサーに相談しました。「本当に実現するのかな?」という気持ちのほうが強かったのですが、そのプロデューサーがサウンドデザイナーの松尾さんを見つけてきてくれ、彼の知り合いにたまたま九州大学の木工研究をしている先生がいることがわかりました。そして彼らがわずか3日ほどでテスト用の木琴を作り、そのビデオを見せてくれたのです。それを見たときこれは行けそうだという直感があり、それを使ってプレゼンしたところ 、クライアントも快諾してくれ、制作することになりました。

 木琴は全長44メートル。曲を奏でるために414本の間伐材を使った木琴の板1枚1枚の音をチューニングする必要がありました。また、転がる玉の速度を一定に保ったり、外側に転げ落ちないようにしたりするために、最適な傾斜角度や形状を模索し続けました。九州大学の学生たちや大工さんたちがアイデアを面白がってくれて、非常に熱心に作業してくれました。実際に森の中に完成した木琴は、僕の想像をはるかに超えたものになっていて感動しました。

NTTドコモ「森の木琴」

 NTTドコモ「森の木琴」
 NTTドコモ「森の木琴」
 NTTドコモ「森の木琴」
 NTTドコモ「森の木琴」

――1本のムービーとしてこだわった点は。

 木琴の映像以外に出てくるのは、商品名とロゴだけで、コピーもナレーションもないんです。そうした「シンプリシティー」にもっともこだわりました。

 広告というのは基本的に自慢話。語りすぎない方がいい。消費者はバカではない。心に響くコンテンツならば、余計なことを語らなくても見た人にはかならず伝わるんです。

 また当初スタッフからはもっと複雑な仕掛けがたくさんある木琴を提案されていました。というか、実際にそういうものも撮影されているんです。木琴が森の中を曲がりくねっているという案も途中段階ではあったし、実際にピタゴラスイッチみたいな複雑な仕掛けがたくさんあるバージョンも撮影しました。ただ僕は、この企画についてはシンプルな方がいいと思っていたので、最終的にそれらを全部却下しました。実際に撮影されたものをボツにするのは大変な決断なのですが、結果的にそれがよかったと思っています。

――ムービーは、海外のSNSから火がつきました。

  実は、キャンペーン全体のティザーとしてこのムービーをスタートさせ、その後、交通広告や雑誌などのメディアで広告展開する予定でした。しかし、ウェブに映像をアップしたのが3月10日。言うまでもなく、東日本大震災の前日でした。当然、商品の発売は延期され、キャンペーンはキャンセルに。しかし、このムービーはもう公開されていたので、そのまま放置されたようなかたちになっていたのです。

 日本ではすっかり忘れ去られた存在になりかけていたのですが、フェイスブック上でどんどん広がっていき、3月下旬、ニューヨーク・タイムズマガジンでブログを書いている人から「記事にしたい」という連絡が入ったのです。そのブログが大変権威のあるものでジャーナリストがたくさん見ているものだったため、そこからNBCやCBSといった他のメディアのブログにも情報が伝搬(でんぱ)していきました。あれよあれよという間にユーチューブのダウンロード数が200万を突破し、様々な言語にそのニュースが翻訳されて、世界中で話題になっていったのです。

 やがて日本で震災報道が少し落ち着いてきたころ、「海外で話題のCM」「震災で自粛された幻のCM」といった切り口で、日本のテレビのワイドショーなどで取り上げてくれるようになりました。そこから日本国内でも火がついて、結果、ユーチューブの再生数は現在600万を超えています。フェイスブックの力、影響力の大きさには、改めて驚きました。

純粋にクリエーティビティーが問われるようになる

――カンヌでは3部門で受賞されました。感想を聞かせてください。

 今回の「森の木琴」は、アイデアを考えたのは僕ですが、それを形にするために、多くのスタッフ、学生たちや大工さんが力を貸してくれました。出会いの大切さを感じた仕事でした。また、大震災で企画がついえてしまうと思ったものが、逆にああいったつらいことがあったからこそ人々の心に届いたという側面もあった。色々な奇跡が重なって生まれた作品だったので、それがカンヌで評価されたことには感慨深いものがあります。

 また、「森の木琴」は、僕にとってはドリル(電通、ADK共同出資のクリエーティブブティック)の最後の仕事でした。7年前にドリルを立ち上げたとき、僕はクリエーティブ経験がゼロで、その他のメンバーも著名なスターのような人はほとんどいなかった。割と地味な「がんばれ!ベアーズ」のような会社だったんです(笑)。最初の頃はプレゼンテーションも負けまくっていましたが、「IKEA」の作品でカンヌの金賞を受賞したのをきっかけにみんな自信を持ち始め、流れが変わっていきました。そんなドリルでの経験の集大成として、大舞台で結果が出せたのは、ただただうれしかったですね。

――カンヌに参加して、世界のクリエーティブにはどんな傾向、潮流があると感ましたか?

 ソーシャルメディアの普及が昨年よりもさらに進んだことで、「人生はコレクションである」という感覚が人々のあいだに生まれてきているように感じます。知り合いに衆人環視される中で自動日記を書き続けている、というようなことを世界中の人が同時に始めたわけです。そんな状態の中では、自分の価値観表明にはある種のコミットメントをともないます。フェイスブックで「いいね!」と言ったり、ツイッターでリツイートしたりするものは、自分の価値観で「これなら自分のライフコレクションに加えてもいい/そう表明してもいい」と感じるものだけなのです。今年カンヌで評価されたものの多くは、オーディエンスが自らのライフコレクションに加えてもいい、と感じるようなもの、言いかえると、「蒐集(しゅうしゅう)」の対象になりうるクリエーティブ作品が多かったように思います。「森の木琴」も、九州新幹線のCMも、多くの人が自分の「蒐集対象」になりうると、自らのSNS上で「いいね!」と価値表明したからこそ、大きなムーブメントになったのです。

 クリエーティブの意味もだんだん変わってきていて、「広告主の言いたいことをどうやってうまいこと言えば伝わるのか」というところから、「どうすれば人に愛されるもの、かっこいいものができるか」というシンプルな作り方に変わって来ている。結果「広告」という枠組みがあまり問題にならなくなり、プラットホームやプロダクトデザインなどにアイデアを注ぎ込むトレンドが生まれて来た。カンヌの正式名称が「カンヌ国際広告祭」から「カンヌライオンズ 国際クリエイティビディ・フェスティバル」へと変わったのは、まさにそうした流れが背景にあるわけです。

――ドリルから独立し、今年、新会社「PARTY」を立ち上げました。コンセプト、今後目指すビジョンを聞かせてください。

 PARTYは「クリエーティブラボ」で、新しい技術をつかった新しい物語をつくる研究所です。広告会社では、コピーライターとアートディレクターのコンビが「広告」のアイデアを考えるわけですが、PARTYでは、クリエーティブディレクターとテクニカルディレクターが集まって「イノベーション」そのものを企画します。イノベーションの対象は広範囲で、広告はもちろん、プロダクトやサービス、空間、プラットホーム、エンターテインメントといった分野が含まれます。

 20世紀は「デザイン」の世紀でした。デザインが産業、人の暮らし、そして社会を変えた時代です。それが21世紀には「インタラクション」の世紀になると思っています。デザインが世の中を変えたように、インタラクションが世の中を変えるのです。

 インタラクションというのは、単なる双方向性のことではなく、物語性や身体性といった概念を含んでいます。たとえば、iPhoneの電源を入れるとき、バーを上手に操作しないと、ビヨーンと戻ってしまう。こんなことは機能的にはまったく必要ないのですが、それがあるからiPhoneには命があるように感じさせてくれる。そこにはある種の物語性と身体性についての洞察があるわけです。

 こうした物語性、身体性、双方向性など、現代的なクリエーティブをディレクションしていくためには、クリエーティブディレクターとテクニカルディレクターが協業できる体制が不可欠です。アップルは、スティーブ・ジョブズ自身がクリエーティブディレクターでありテクニカルディレクターを兼ねているから次々とイノベーティブな商品を世に送り出せるのです。いまのところ、アップル以外にそうした体制を持っている企業はほとんどない。PARTYが目指しているのは、そうした機能を世の中に提供していくことです。

原野守弘(はらの・もりひろ)

PARTY クリエイティブディレクター,CEO

 経営戦略や事業戦略の立案から、製品開発、プロダクトデザイン、メディア企画、 広告のクリエーティブディレクションまで、広範囲な分野で一流の実績を持っている。1994年に電通入社、インターネット創世記において同社のデジタル戦略の核となる子会社群(CCI、D2C)の事業を企画。退社してメディア企業の上場を手がけた後、再び電通で株式会社ドリルを設立。取締役、クリエイティブ・ディレクターに就任。2011年4月、株式会社パーティーを設立、代表に就任。
 「NTTDocomo / 森の木琴」「Honda Green Machine」「BeeTV」「EPOS: 100 Design Cards」 などを手がける。
 D&AD:Yellow Pencil、カンヌ国際広告祭: 金賞、AdFest:360 Lotus、グッドデザイン賞、広告電通賞(最優秀賞)など、内外で受賞多数。D&AD 会員、NY ADC会員。早稲田大学 非常勤講師。