ソーシャルメディアの普及で新聞の役割が再定義される

 加速するソーシャルメディアの広まりは、インターネットでのニュースの読まれ方にどんな変化をおよぼしたのか。ニュースを提供する新聞社や記者に求められる役割は変わったのか。ユーザー個人の情報発信やユーザー間の情報の伝播が大きな影響力を持ってきた現在、マスメディアがソーシャルメディアにどう対応しうるか、アジャイルメディア・ネットワーク代表取締役社長の徳力基彦氏に話を聞いた。

ビジネスとして使えるツールや社会のインフラとして認識され始める

――ソーシャルメディア、特に急速に普及しているツイッターやフェイスブックによって、ニュースを見る行動にどんな変化があったのでしょうか。

アジャイルメディア・ネットワーク 徳力基彦氏 徳力基彦氏

 「タイムライン」と「コンテンツ」に分けて考えると、わかりやすいと思います。タイムラインとは、ツイッターのタイムラインをイメージして頂くとよいと思いますが、ほかの人たちが今何をしているのか、何に興味があるのかをユーザー自身が見に行く「場所」。そして、その先にある「情報」がコンテンツです。

 これまではニュースを探そうと思ったら、多くのユーザーはニュースサイトに行き、そこに並ぶ見出しを見てニュースに接触していました。例えば、ヤフーのトップページやアサヒ・コムの見出しが「今この瞬間に何が起きているか」を示すタイムラインだったと言えるでしょう。それがツイッターならば、自分の友達が今何をしているのか、何に興味を持っているのかということがタイムラインでわかります。ある意味、自分にカスタマイズされたニュースが手に入るようになったのです。

――自分にとって身近な話題がニュースということですか。

 そもそもユーザーにとって、自分とは関係ないような遠いところで起こっている事件や事故より、自分の周辺の話題のほうが自分にとってはニュースとしての価値があるはずなんです。昔は、たとえば近所の夫婦がケンカしたとか、隣の家の子が事故にあったとか、自分たちの周辺で起こることこそがニュースでした。ところがマスメディアが発達したことで、日本全国はもとより世界中のニュースまで知ることができるようになり、ニュースとは「世界で起きている大きな出来事」ととらえている人が増えたと思います。でも、実は今でも友達や家族の間では、新聞の1面の記事について議論しているよりも周囲の出来事を話題にしている時間のほうが長いのではないでしょうか。かつては井戸端や学校の教室でされていた、身近な話題に関する会話や情報交換が、今はインターネット上でできるようになっただけです。マスメディアの業界では「ネットに侵略された」というような論調がよく聞かれますが、実は消費者行動の基本は、実はそんなに大きくは変わっていないと思います。私自身は、雑談がメディア上で見えるようになっただけと思えばよいと考えています。

 ただ一方で、ソーシャルメディアの普及が急速に進み、日本ではまさに今年あたりから大きな転換点を迎えようとしているようにも感じているのも事実です。

――具体的にどんな変化があるのでしょうか。

 フェイスブックが特徴的ですが、ネット上の実名での情報発信やコミュニケーションを、「仕事で使える」と感じている経営者やビジネスパーソンが増えているようです。実際、広告業界では、ものすごい勢いでフェイスブックが活用されるようになっています。

 また、今回の東日本大震災もソーシャルメディアへの印象を大きく変える要因のひとつとなっています。首相官邸や自衛隊、地方自治体などが相次いでツイッターを始め、震災関連の情報発信に使うようになりました。この動きによって、「ネットユーザーの個人的なつぶやきの場」というこれまでの印象から、「インフラ」としてツイッターが見られ始めているように感じます。

 メディアの側でもSNSの活用に色々なチャレンジをしてきているので、ようやく土台が整ってきたのかな、という感があります。ただ、米国ではフェイスブックユーザーがインターネット人口の6~7割なのに対し、日本では5%以下で、ミクシーやツイッターも2~3割程度とまだまだ少ない。半数を超せば企業も動かざるを得なくなると思うので、そうなるのかどうかが注目すべき点といえます。

ソーシャルメディアを「敵」とみるか「味方」にするか

――ソーシャルメディアを活用する消費者に、日本の企業はどう対応しているのでしょうか。

 ソーシャルメディアによって消費者の声が可視化され、それについて議論が巻き起こったり、メディアがニュースとして取り上げたりするようになった。そういう意味では、いわゆる「炎上」のリスクが高まってはいます。日本の企業はこのリスクを恐れ、「ソーシャルメディアを見ない、使わない」という傾向が強いようです。これに対して例えば米国では、「ちゃんと見ていないと炎上するかどうかが予測できない」ととらえられている。「スレットトラッキング(脅威の追跡)」という言葉を使うのですが、炎上しそうなリスクはボヤのうちにつぶしておいたほうがいい、という考え方です。実はこれは、企業活動の基本中の基本とも言えます。炎上するには何かしら原因があり、それは大抵のケースで企業に非がある。非があればちゃんと謝って、直さなければならないのです。

――炎上する前に問題を発見して対応することが重要なのですね。

 インターネット以前からそうといえます。1982年、米国のジョンソン・エンド・ジョンソンの解熱鎮痛薬「タイレノール」に毒物が混入された事件が起きた時、同社は店頭からすべての商品を回収しました。かなりの損失を被ったはずですが、この迅速な対応によって信頼を回復し、短期間に売上を回復することができたそうです。早く誠実に対応したことで、ブランドや信用の失墜を最低限に抑えられたのです。インターネット時代になっても、それまで見えなかった消費者の声が可視化されたというだけで、企業活動の基本は変わることがないと思います。

 日本では。2ちゃんねるをはじめとする匿名ネット掲示板などの印象が強く、「炎上」という言葉が独り歩きして、リスクを必要以上に恐れているようにも感じます。しかしツイッターやフェイスブックでの情報発信やコミュニケーションは、ビジネスや国のインフラにも活用されつつあります。これまでの個人的な情報発信とは明らかに違う使われ方です。これらの現状を見ても、ソーシャルメディアをリスクと思うかチャンスととらえるのか、大きな転換期を前に、企業の価値観が問われているのではないかと思います。

――既存マスメディアのソーシャルメディア対応で、注目している取り組みはありますか。

 多くのニュースサイトはこれまで、「トップページに来てもらい、私たちが発信する記事を読んでもらいましょう」というスタンスでした。それが、検索エンジンでウェブページが上位に来るようにするSEO(Search Engine Optimization)が流行し、検索経由のトラフィックを重視するようになりました。今はさらに、SMO(Social Media Optimization)と言って、ツイッターやフェイスブックで話題になりやすいようにして、そこを経由したトラフィックを増やそうという動きもあります。実際、朝日新聞をはじめ大手マスメディアでも多くのツイッターアカウントを設け、ソーシャルメディアを意識しているようです。

 個人的におもしろいと思っている事例に、日経BP社の紙の雑誌「日経ビジネス」が始めた「日経ビジネス リーディング」というサイトがあります。各界で活躍する人たちが同誌の「Reader(読み手)」となり、おもしろいと思った特集や記事についてサイト上でコメントを寄せる。そのコメントは各Readerのツイッターにも同時にアップされ、同誌を読んでいるとは限らないフォロワーに発信されるという仕組みです。実は僕もReaderとして参加しているのですが、紙の媒体も工夫次第でネットでできることがあると期待が持てる取り組みなので、ニュースメディアがネットやSNSをうまく味方につけることができるのか、事例として注目していきたいです。

――マスメディアに今後求められていく機能、役割とは。

 米国ではブログがマスメディアの代替的な地位を確立しているため、ニュースサイトでも専門的なブログを集めて並べ、低コストで記事を量産できています。一方、日本ではこれまで、「記事=マスメディア企業の社員である記者が書く記事」と「ブログ=本業ではない人たちの書いたもの」と完全に分離してきました。私は要するに「組み合わせ」だと考えます。

 たとえばインタビューや戦地リポートなど、相手に会ったり現地に行ったりしなければ取材できない記事は、ブログのように机に座ったままでは書けないので記者が書くのに向いているかも知れません。ですが専門領域については、記者よりも専門家のほうが詳しいケースがある。特にビジネス系やネット系の話題は、僕らのようにその世界で生きている人間でもついていくのに必死なぐらい、ものすごいスピードで変化しています。そうした先端の話を深掘りするのは専門家に任せ、記者は専門的な話を多くの一般の読者にもわかるような記事にする。そんなふうに、新聞社や記者は専門家と一般の読者をつなぐ存在になるといいと思いますし、「組み合わせ」次第で記者による記事と専門家のコラムは補完し合う関係になれるはずです。

――ユーザーのニーズはどうでしょうか。

 ユーザーの側からすると、効率的に情報収集をしたいというニーズが確実に高まっています。ソーシャルメディアで自分向けのニュースを収集できるとしても、たとえばツイッターでフォローした1000人分のタイムラインを全部見るなんて、よほどの暇人でなければとてもできません。メディアがその日に起きたことをまとめて伝えてくれれば、何時間もネットに張り付いていなくてもすみます。取材や記事を書くといったコンテンツ生成の部分だけでなく、タイムライン的な情報をユーザーのニーズに合わせた形で作っていくという編集機能、最近の言葉で言えば「キュレーション」の能力が重要になってくるのでは、と考えています。

――新聞や記者の役割が変わってきます。

 いずれにしても、メディアやメディアに属する記者の役割を再定義するときに来ているのだと思います。考えてみれば、実は新聞はこれまでそうした編集をずっとやってきたメディアです。1面に何を大きくトップに持ってきて、ほかの記事をどう配置していくか、というプロの技術を持っている。インターネットのメディアでも、そうした編集能力を発揮したものが出てくるとおもしろいと思います。スマートフォンやタブレットといった新しいデバイスが出てきたため、インターフェースの可能性は広がっています。たとえば「フリップボード」は、ソーシャルメディアを通じて集めた自分向けの情報を見やすくレイアウトしてくれる、まるで「自分新聞」が作れるアプリ。「iPadを使って情報を見るならこういう風に見せたらいいのでは」というひとつの提案ですが、日本でもそうした分野はまだまだ可能性が期待できるし、チャレンジしていくべきでしょう。

読者それぞれのニーズに合わせながらときには「横に飛ぶ」編集も

――新聞をはじめニュースメディアでは、有料課金ビジネスが話題になっています。

 日本の新聞のデジタル版の有料課金は、「日経新聞電子版」が先陣を切りました。個人的には非常に大きなチャレンジだったと思います。これまで特に日本国内ではPCの有料課金ビジネスで成功した事例はほとんどありません。それが4000円(電子版)という価格で、一定の購読者を獲得している。iPhone版を作ったことで、若いビジネスパーソンの契約が増えているとも聞いています。そもそも日経新聞は、ビジネスパーソンにとって「読んでおくべき新聞」という認識があります。ある意味会員制クラブのような、「これさえ読んでおけば」という安心感が補てんされるというのは、デジタル版を有料販売するにあたっても確実に強みになっているのではないでしょうか。一般紙で初の有料デジタルとなる「朝日新聞デジタル」は、読者がビジネスパーソンにセグメントされている日経に対し、「全国津々浦々まで、老若男女まで」読まれている朝日新聞という一般紙の強みが、どのように影響するのか。非常に興味深いところです。

――ビジネスとしてどのような点に注目しますか。

 インターネット時代になって情報の量が増え、誰もが情報ジャンキーになってしまう不安を抱えています。さらに、ソーシャルメディアを経由した情報ばかりを見ていると、自分にとって興味のあるジャンルのニュースにしか出会えず、どんどん「タコつぼ化」していく恐れがある。ときには「横に飛ぶ」ことが、気づきや素晴らしい出会いをもたらしてくれたりするものです。たとえば、ビジネスの世界に生きている人が、アーティストのインタビューの中にビジネスのヒントを見つける、というような。そういった出会いをもたらす編集、先ほども触れたキュレーションが、ニュースメディアには求められているのではないでしょうか。

 また、広告費についてはどのメディアも苦労している点ですが、検索連動型広告、ソーシャルメディアの広告、そして最近では「グルーポン」などのクーポンサイトの広告など、いずれも、これまでのマスマーケティング型とはまったく違う「新しい産業」と言えると思います。マス広告費がネットに「取られてしまった」のではなく、これまでのマスマーケティングと違う広告のニーズに応えた新しい産業が生まれたと考えられないでしょうか。インターネットの特性や利用者を理解し、ソーシャルメディアの活用などで、多くの人が集まる場を作り、さらに利用者それぞれのニーズに合わせて小さい広告を積み上げていくことで、新しい市場となる可能性があるのでは、と期待しています。

徳力 基彦(とくりき・もとひこ)

アジャイルメディア・ネットワーク代表取締役CEO

NTTにて法人営業やIR活動に従事した後、IT系コンサルティングファームやアリエル・ネットワークを経て、アジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。ブログやツイッター等に代表されるソーシャルメディアの正しいマーケティング活用の可能性についての啓発活動を行っている。2009年に代表取締役に就任。日経MJへの連載等、企業のソーシャルメディア活用に関する複数の執筆・講演活動も行っている。