2011年4月6日、アサツー ディ・ケイは、 非常時における企業行動とコミュニケーションに関するコンサルテーションを行う「E-CSR」プロジェクトを発足させた。また、今後の活動提案の参考データとして、被災地を除く地域において震災後の意識調査を継続的に行っている(※5月実施の第3回調査から被災地のデータも加わった)。プロジェクトの社内調整やクライアントへの営業・提案に携わる第1コミュニケーションプランニング本部 本部長の佐藤尚樹氏、コンテンツ開発を指揮する価値創造プランニング本部 本部長の森永賢治氏、調査の取りまとめを行う価値創造プランニング本部 プランニングディレクターの藤田岳志氏に話を聞いた。
企業から期待される非常時のコミュニケーションの指針
――「E-CSR」プロジェクトを立ち上げた経緯、理由は。
佐藤氏 ポイントは大きく2つです。今回のような大災害では、資材調達や製造、物流など企業活動のさまざまな部分で支障をきたしますが、広告会社はそういった面でのお手伝いはあまりできません。まず我々がすべきは、企業のコミュニケーション活動に関するガイドラインを作ることだと考えました。広告会社の立場として、非常時における思考のステップを構築し、CSR戦略の明快な指針を提供していくということです。
もう一点は、この未曽有の社会環境の変化が、消費行動にどう影響していくかを見る必要があるという点です。これは私見ですが、今回の災害は、日本人の行動や意識をマズローの欲求5段階説でいう「自己実現欲求」から「生存欲求」「安全欲求」といった根源的な階層まで引き戻すかもしれません。起こったことで言えば、水や日用品の買い占めやぜいたく品の買い控えがありました。また本来買いたい商品が欠品で買えない状況は、受動的なブランドスイッチを引き起こしているともいえます。そのような時、ブランドはどう立ち回ればいいのか。まずは意識調査をして、クライアントの判断基準になる情報開発をする。それを事業やコミュニケーションのアイデア開発につなげていきたいと考えています。
――震災後、具体的にはどのような情報収集をしましたか。
森永氏 震災直後は社会全体がフリーズし、あろうことか我々広告業界すら同様でした。緊急対応の措置として、テレビは公共広告を流し続けましたが、4、5日してはっと我に帰ったわけです。このままではいけないし、おそらく今の状況は一過性のものではない。企業も我々も、従来の広告素材や戦略は使い物にならないと気付いたのです。そこで生活者の空気感を知る調査をこれまでに3回行い、同時並行でクライアントのオーダーに対するQ&Aやロードマップの策定、各局の対応の取りまとめなどを行いました。
また、事態の推移とともに変わる各ポータルサイトの注目キーワードの追跡、チェルノブイリやスリーマイル島の事故といった過去の災害時でのメディアの対応の調査など、クライアントが判断を下すための材料を他の広告会社に先駆けて集め、とにかく迅速にリポートの作成・発表を行いました。根底から変わった土俵を深く明らかにするのは、これからです。それが今後の我々の財産になるでしょうし、あってほしくないことですが、将来同じような事態が起きた場合、今度は即座に適切な提案ができると思います。
――調査結果の概要や、時間を経る中での意識の変化などで目立った点は。
藤田氏 これまで、調査会社の体制がなんとか復旧した震災から2週間後(3月25~28日)にプレ調査を行い、その1週間後に第1回の本格的な調査、さらにその2週間後に第2回を行いました。予想していたことですが、プレ調査から1週間の間で生活者のマインドは急激に変化しました。震災のダメージから「(やや、または非常に)回復したと思う」と回答した割合は56.0%から68.0%まで上昇、精神的なダメージからの回復では52.0%から59.4%に上昇しています。第2回ではどちらも微減していますが、全体のスコアに大きな変動はなく、普通の世の中に戻ってきたといえると思います。
また、自粛ムードも減少傾向にあって、企業の経済活動や広告活動への肯定度が高まっています。特に第2回調査では、先進的な企業が取り組み始めたCRM(Cause Related Marketing)に肯定的な意見が高く、売り上げの一部を義援金に寄付する活動をいち早く始めたサントリーやヤマト運輸では消費者の購入・利用意向につながっている結果が出ました。
――行動面での変化では。
藤田氏 第2回調査では、「被災地食材の購入」や「レジャーに行く」がやや増えています。また「節電の心がけ」や「被災地への寄付」を8割以上が依然実行していて、多くの人が今後もしたいという意向をもっています。エリア別では「東日本」、男女別では「女性」が早めの帰宅や防災グッズの購入、生活費の抑制などの意向がやや高めです。中でも30代の主婦層の反応が顕著で、これはお子さんへの放射線の影響に対する不安や、ワイドショーなどの悲惨な映像などに接する時間が多いことも関係しているのではと思います。
――消費についてはその内容にも大きな変化があったと思われますが。
森永氏 第2回調査現在の消費金額は、前回からやや微増ながらも震災前の約9割。思ったほど落ちていないと見ることもできますが、20代女性の消費金額は比較的落ちています(震災前の85.2%)。消費先として増えているのは防災関連、水・飲料などの生活必需品。減少が大きいのは「電気」「外食」「レジャー」です。業種別の目立った動きとしては、20代男性で「通信」の消費が増えていることと、男性サラリーマンなどでFXやREITへの投資意欲が高まりました。
それと社会の自粛ムードは収まりつつあっても、飲酒機会は相当減ったままです。どうやら余震の影響が大きく、原発事故の問題も含め「事態が終わってない」という意識があるようです。お父さんたちは家族に「早く帰宅して」と言われたり、酔っ払っている時に地震が来たらと考えると家でも飲みづらい。もし、こういった状況が慢性的に続くとすれば、それが消費全体にどういう影響が出るかを見る必要があると思います。
――詳しい分析はこれからだと思いますが、現時点で感じられていることは。
森永氏 今回の震災で、多くの日本人は戦後初めて「生命の危機」を感じたと思います。平和ボケとか、草食系とか、自分らしいライフスタイルといったことは、社会に安定があればこそで、今は人々の意識が「生きよう」というところまで回帰した印象です。ですので、現在のキーワードは「貢献と安全」です。今、人々は節電を積極的に生活に取り入れています。消費についてもスペックではなく、それを買うことが貢献に結びついていたり、自分や家族の安全につながっていることがますますキーになると思います。
藤田氏 私は阪神淡路の震災を経験しましたが、当時は自分たちががむしゃらな一方、被災地の外は意外と普通で、自分ごとになっていないという印象をもっていました。今回の調査でも東日本と西日本では受け止めに方に違いが出ていますが、被災の規模も範囲も広く、インフラが長期的に崩れたため、普通の生活に戻る、あるいは新しい価値観が生まれるタイミングが多様化すると思います。その変化点をつぶさに追うことが、マーケティング的にはひとつの手法になるかもしれません。
新聞に求められるのは、復興の長い道のりと向き合うこと
――今回の震災におけるメディアの役割をどのようにとらえていますか。
森永氏 今回の調査結果で、震災の情報源は主に「テレビ」。次いで「ネット」「新聞」です、「ラジオ」も目立ちます。また情報の信頼度としては「ラジオ」「新聞」「テレビ」が高い。それと、自衛隊や消防士の情報、個人のSNSの話を信じる傾向が出ています。従来的なマスメディアに対する信頼と、視覚的なリアリティーのある現場で働く制服組や自分が知っている個人への信頼が目立ちます。
佐藤氏 私は今回の震災は、マスメディアが再び大きな価値をもつ契機になると見ています。今回の震災ではネットやツイッター、ブログといった個人の発信が情報源として活躍し、我々の調査でも特に20~40代男性や20代女性の利用者が目立ちます。一方、被災地では電気が届かずラジオしか聴けない、人が届けたひとつの新聞をみんなで読むといったことがありました。発信源の明快な信頼度の高い情報を、多くの人々に等しく届けるというマスメディアの意義やパワーを、改めて感じた人も多いのではと思います。
――これからの新聞に求めることは。
佐藤氏 新聞に人々が信頼を寄せるのは、きちんと情報収集をしているからです。例えば私は新聞で、明治、昭和と2度の三陸大津波に襲われたある地区(岩手県宮古市内の姉吉地区)には先人が「此処(ここ)より下に家を建てるな」と戒めた碑があり、住民がそれを守ったことで今回の津波に沿岸部が襲われながらも集落が生き残れたという記事を読みました。自分の周囲で起きていることをリアルタイムで伝えることも大切ですが、広い視野で地域の情報や過去から伝わる知恵を丹念に拾い上げ復興に生かすことも、これからは新聞の重要な役割になると思います。
森永氏 震災後、石川遼選手が今季の獲得賞金の全額寄付を発表したり、ソフトバンクの孫正義社長が個人で100億円の寄付のほか、社長を引退するまで役員報酬を全額寄付することを発表しました。これは運命共同体宣言のようなもので、一時の支援ではなく、自分の人生を通じて被災者と向き合っていくということです。新聞に求められているのもおそらく同じで、速報性だけでなく、復興の長い道のりと向き合うことだと思います。
また、経済活動でいえば、首都圏をはじめとする被災地以外の人々が何を考え、どう行動するかが日本全体の復興にとって重要です。昔はお金の話が日本人は苦手でしたが、リーマンショック以降、経済と自分たちの生活とのつながりを強く意識するようになり、今回の調査でも経済活性化への意識がポジティブです。そういった経済マインドと、震災後に生まれる新しい価値観をどうつなげ、情報を提供していくか。我々も考えていきたいと思います。
【プレ調査】2011年3月25日~28日 サンプル数:1,100
【第1回調査】2011年4月1日~3日 サンプル数:2,200
【第2回調査】2011年4月15日~17日 サンプル数:2,200
【第3回調査】2011年5月13日~15日 サンプル数:2,300
【調査手法】インターネット調査
【対象者】20~60代男女
【エリア】全国(被災地〔青森県・岩手県・宮城県・福島県・茨城県・千葉県の一部〕を除く)
※第3回調査から上記被災地もカバー
【調査主体】株式会社アサツー ディ・ケイ