思いやること、相手の立場に立つことから仕事が生まれる

 舞台、映画、テレビCM、音楽など様々なフィールドで活躍する大宮エリーさん。もともとは電通の社員として広告づくりを行っていたことを知る人は意外と少ないのではないだろうか。現在もCMプランナーとして活動を続ける大宮さんに、電通時代のことをはじめ、独立するまでの経緯、フリーランスとして現在のメディア・広告環境について考えること、新聞をはじめとするマスメディアに対する見方などを聞いた。

電通時代のクリエーティブスタイルが、映画監督へとつながった

――電通時代はどのような仕事をしていたのですか?

大宮エリー氏 大宮エリー氏

 CMプランナーとしてネスカフェゴールドブレンドの緒形拳さんと奥田瑛二さん、唐沢寿明さんと三谷幸喜さんのCMや、焼き肉店の「牛角」のCM、NTTドコモ、ミンティア、トッポなど様々な広告を作らせてもらいました。ストーリー性のある内容のものが好きで、広告らしくないものが多かったと思います。緒形拳さんと仕事をさせていただいたとき、「もっとせりふの長いものやらないの?たとえば舞台とか」と言わたことがあり、一流の俳優さんに言っていただいて感激したのと同時に、それが広告以外のフィールドの仕事もチャレンジしていいのかなと考えるきっかけになった気がします。そのときは、すぐに舞台に携わることなどはなかったんですけどね。緒形さんの言葉は心の片隅にいつもあって、実際に舞台を手がけるようになった今も糧になっています。

――なぜ、電通を辞めたのでしょう?

 電通は好きでした。ただ、事務的な仕事が本当に苦手で、いつも出すべき書類を出さずに総務課から呼び出されていたんです。そうすると部長にも迷惑がかかってしまう。しょっちゅう「組織に属している以上、守るべきことは守らなくちゃいけない」と注意されていました。たとえば、ホワイトボードに行き先を書くとかも苦手で。今は当たり前のことだな、と思いますけど。で、組織に属していないほうがいいのかもしれないって思ったんです。それで「辞めよう」と。すごく悩んで、自分で「会社をやめようと思う」というドキュメンタリー作品をつくったり(笑)。会社を辞めてからは、当然ですが給料は振り込まれなくなり、バイク便やタクシーも「こんなにお金かかるんだ」なんて知ったり。だから荷物は自ら届けたり、自転車で移動するようになったりして、生活は一変。けれども、お金をいただくということの重み、自分の足で立つということの意味を知ることができて、よかったと思っています。

――初映画監督作品が「海でのはなし。」ですね。

 これはスピッツの2枚組ベストアルバムのプロモーション用にウェブムービーを制作しました。主演は宮﨑あおいさんと西島秀俊さんで、スピッツの音楽も主人公扱いするというばりばりの音楽映画です。ヤフー動画で配信したんですが、「アマゾンでアルバムが結構売れた」「結果が出た」と聞き、ウェブ映画を作ってよかったなと思いました。そもそも映画になってしまったのは、できるだけ多くの曲を紹介したくて長編になってしまったからなのです。コアターゲットよりも下の世代を狙えるような内容を意識して作ったのもよかったのかもしれません。後に見てくれた映画会社の社長さんのおかげで、ユーロスペースを封切りに全国の映画館で上映することになりました。ありがたいことに延長がかかり、5カ月間のロングランになりました。そのためか、それ以来、映画のお話をいくつもいただくようになりました。でも、自分の中で何か機が熟す感じがしなくて、そんな状態では引き受けてはいけないと思い、オファーが多かったのに辞退し、なぜか演劇やテレビドラマに挑戦することになりました。あれから5年経ちましたが、やっと最近、映画を今度はきちんとやってみたいな、と思うようになっています。

仕事の依頼者の話を徹底的に聞くと、アイデアが浮かぶ

――映画監督をはじめ、舞台監督や脚本制作、作詞家など、どの仕事も初めてのチャレンジだったと思います。

 お仕事をいただけるのがありがたくて。つい、誘われるとチャレンジを・・・・・・。ただ本当に、「なぜ私なのか?もっと適任がいるのに」と思ってしまうので、「私でいいんですか?」と聞いてしまいます。たいてい、「新しいことをやってくれそう」とか「相談にのってくれそう」と言われます。何事もアイデアで乗り切るタイプなので、あんまり固定概念や先入観がないのが特徴です。それが好まれるのならば、と、引き受けることを決め、全力を尽くします。依頼人の方とお客様の双方に喜んでいただきたいので。そのためにまず依頼してくださった方に徹底的に話を聞きます。そうすると、だいたいアイデアが浮かんでくる。依頼してくださった方の商品やサービス、作品に対する熱い話に、実は発想のヒントが隠されているんですよね。やっぱり何事も「愛」と「情熱」だと思います。

――フリーランスになってから広告業界に対する思いや見え方など変わりましたか?

 フリーランスで活動していると、ダイレクトに仕事ができるので意思の疎通が早い。細やかなニーズにも応えられますし、実験的なことにもチャレンジできる。もちろん責任は大きいですが、喜んでもらえたときの感動がひとしおなので頑張れます。あと、この仕事の成果が次につながるかどうかを決めるというシビアな感じは、フリーランスの大きな特徴。その緊張感と公平さは、自分には心地よいです。とはいえ、会社には会社の事情というのがあり、当然ですが自分の判断だけでは決断できないことが多かったのもいい勉強でした。上司や関係部門に相談や報告は欠かせないですし、仕事がスムーズに流れるために、時には根回しが必要なときもあります。そのときの経験のおかげで、依頼してくださった方が会社の事情で困っているときも、相手の立場や気持ちになって考えることもできますね(笑)。

――現在もテレビCMの仕事はしているのですか?

 長瀬智也さんが出演されているロッテのトッポの、「最後までチョコたっぷり」にオチる作り話を子供にするシリーズをはじめ、ミンティアガールズがたくさん登場するテレビCMなど手がけています。ミンティアはガールズ結成から考案しました。当時はフリスクが圧倒的に認知度があって、ミンティアは業界第何位かという感じでしたが、今では売り上げ個数、売上金額ともに業界1位に! クチコミ効果があるようにサンプリングできないかと、サンプリングする彼女たちに、「あなたはマッチ売りの少女みたいにミンティアを配ってみて」などと言ってキャラ設定をして、実際にいろんなところでパフォーマンスしてもらったりして、勢いのある元気のあるブランドイメージを作り上げました。コストパフォーマンスのいいイベントキャンペーンなども考え、今では守る立場のブランドにまで成長してうれしいです。

 テレビCMだけではなく、ラジオCMや、プロモーションイベントの製作もしています。その都度、どういう媒体、フォーマットが依頼に合うのかを考えるので、時に既存の媒体ではないこともあります。実際、フリーになってから少し広告の仕事は控えめにしていたんですが、これからは、広告の仕事をもっと増やしていきたいなと考えています。今、広告が変わりそうな気がして期待感を持っています。

様々な分野を経験した、自分なりの視点を生かす

大宮エリー氏

――多岐にわたるフィールドで活動してきたことは生かせそうですか?

 2008年に手がけた『GOD DOCTOR』(新国立劇場)という舞台では、スポンサーになってくださった企業の商品をテーマにした劇を、休憩時間に上演しました。新しい広告の誕生です。サントリーの舞台「黒烏龍茶」、ソニーミュージックの舞台「TUBE」、ロッテの舞台「ガーナ」、読売新聞の舞台「読売新聞」の4つ。上演時間はそれぞれ5分です。公演期間後はなんとDVDに収録されてTSUTAYAなどに並んでしまうという消費されない広告。「作品として残る広告」をやってみたかったのです。上演場所は、劇場内と、ロビーでトイレを待つ長蛇の列のお客様の前。企業に「お題をください」と自ら営業に行き、脚本も書き、演出もしました。テレビCMと違って舞台広告は生でお客さんの反応がくるのでとても面白いです。

 2009年には普段仲良くしてもらっていた5組のアーティスト(斉藤和義、つじあやの、スチャダラパー、エゴラッピン、ムッシュかまやつ 敬称略)それぞれに対し、それぞれが劇中で何らかの役柄で歌えるような演目を5本書き下ろしました。ロードムービーものだったり、キャバレーものだったり、コントだったり、ミステリーだったり、朗読ものだったり。音楽×舞台の日替わり演劇5days『SINGER 5』(紀伊国屋ホール)です。この時は、演目の前に「ジャパネットエリー」という宣伝ショーコーナーを作り、私自ら協賛企業の商品を小咄(こばなし)風に宣伝しながら、実演しました。さらに、今回はDVDになるだけではなく、フジテレビNEXT(CS放送チャンネル)でオンエアされ、8回も放送されました!広告が、ライブになり、番組になり、作品としてDVDという3変化。自らお願いしにいき、参加を快諾してくださったクライアントさんは、サントリー、ロッテ、読売新聞、docomo、ソニー銀行、JT、資生堂、第一三共ヘルスケア。

 舞台では、「ながら見」ではなく、集中して見てくださるんです。いわゆるテレビCMとは違う露出ができました。広告にはまだまだ可能性はあると思います。広告は必要なもので、なくならないですからね。いろいろな分野に片足突っ込んでいるからできることを、これからもどんどん考えていきたいと思っています。

――大宮エリー流の新しい広告ビジネスですね。

 今までとは違う、生活者との接触ポイントが作れている実感はあります。商品や媒体に応じて、露出の仕方をいろいろ考えられるようになりました。今は、オリジナルの電子書籍を発行しようと考えています。「紙媒体にもなっている」というのではなく、本当に電子書籍だけのもの。そこでならではの広告も作り始めています。これなら全世界の人が見られますからね。テレビCMや雑誌広告をそのまま電子書籍に組み込むのではなく、これまたオリジナルで作るんです。どうぞご期待ください!

――新聞については、どうとらえていますか?

 記者が取材をして記事を書き、編集して毎日発行するという新聞の形は、これからも変わらないと思います。ただ、新聞社が発信するコンテンツを生活者がどう読みたいか、受け手のニーズに応じていく必要性がますます強まると思います。生活シーンに応じて、移動中ならスマートフォンで、家では今までどおり紙の新聞で、など。電子と既存の新聞、それぞれにメリットもデメリットもありますからね。

 あと、危機感があるのは、私を含めてですが、インターネットのニューストピックスを眺めるだけで「知ったつもり」になること。記事を読んで「考える」時間が失われているんです。私が中学生のとき、社会の先生が新聞を使って授業をしてくれた思い出があります。先生が切り抜いて持ってきた記事は、大きい記事や小さい記事、サイズも様々で、それら自体が面白いんですよね。見出しのつけかたも面白い。キャッチコピーでもあるし、問いかけだったり、結論だったり。とにかく「つかみ」ですよね。これはコミュニケーションの上でとても大事なものだと思うのです。見出し力。それらを楽しみながら生徒は記事に対して自分の意見を書く。それを先生がまとめて、また1枚の新聞になる。すてきでしょ? 新聞記事を媒介にして、クラスメートの意見を知ることもできました。今でも心に残っています。

 新聞は人と社会をパーソナルにつなぐ、信頼性の高いメディアだと思うんです。企業の宣言や、何か意見広告だったり、かっちり行きたいときは、やっぱり新聞広告を選択しますよね。新聞というものの意味、役割を、いま一度知ってもらうために、そもそも社会に対してもっと関心をもってもらう取り組みが必要な気がします。それを担っていく責任が新聞にはあると思います。新聞の持つ意味を若い世代に伝えていくために、私も力になれることがあれば、一緒に考えてやってみたいです。 もっと新聞!

――最後に、広告業界で働く・あるいは目指す方々へのメッセージをお願いします。

 仕事する上で大切なのは、「思いやり」だと思います。「相手の立場になる」ということ。「相手」というのは、お仕事を依頼してくれた方でもあるし、相手の方とともに作った広告を目にする人のことでもあります。「こういう場所や時間にこの広告を見たとき、人はどんな気持ちになるんだろう?」と相手を思いやることから、いい広告は生まれるんじゃないかと思います。

 私のインタビュー、最後まで読んでくれてありがとうございました!

大宮エリー

演出家・脚本家・作家・CMプランナー

1975年、大阪府生まれ、東京大学薬学部卒業。電通を経て、2006年フリーに。初監督作品「海でのはなし。」(主演:宮﨑あおい、西島秀俊)は、公開5カ月のヒットを記録。これを機に、映画監督としての活動を開始する。映画監督業のほかに作家として数多くのテレビCM、広告キャンペーンを手がけている。映像作家としても活動しており、スピッツ、山崎まさよし、ケツメイシ、BoAなどのミュージックビデオを制作。テレビでは、ドラマ「木下部長とボク」(ytv系)、「the 波乗りレストラン」(日本テレビ系)や映画「海でのはなし。」の脚本・演出を担当。舞台では「GOD DOCTOR」「SINGER5」の作・演出を手がけた。著書に『生きるコント』、絵本『グミとさちこさん(画、荒井良二)』などがある。

◇オフィシャルホームページ: http://ellie-office.com/
大宮エリーさん最新情報:
○4月20日(水)DVD「SINGER5」発売
○毎週月曜26:00~ニッポン放送「オールナイトニッポン」放送中
○毎週水曜22:00~USTREAM番組「スナックエリー」配信中