ポスト地デジ化においてますます問われるコンテンツの力

 2003年の地デジ導入開始以来、地デジ完全移行の周知をはかってきたテレビ朝日。今年1~3月はアナログ放送での終了告知PRの活動をさらに強化し、来る7月24日に備えている。経営戦略局経営戦略部部長の長谷川洋氏に、テレビの新たな可能性や同社の取り組みについて聞いた。

「エリアワンセグ」「フルセグ」「字幕CM」などに可能性

――テレビの視聴環境はどう変わると考えますか。

長谷川洋氏 長谷川洋氏

 地デジ放送は、電波が13のセグメントに分かれた構造で、通常のハイビジョン放送では12セグメントを使用しますが、この12セグメントを使って、標準画質(SD)の放送2~3番組を編成するマルチ編成も可能です。また残りの1セグメントを利用し放送されているのが、解像度が低いモバイル向けのワンセグです。
 地デジのメリットとしてよく言われるのがマルチ編成で、NHK教育テレビや放送大学などがすでに導入しています。ただ、広告主にとっては、高画質のハイビジョン放送や、ハイビジョンで作ったCMが標準品質に落ちること、番組が割れてスポンサーの兼ね合いが難しいことなど不都合な面もあり、民放での積極的な利用はあまり見られません。

 ワンセグも技術的にはレギュラー番組との別編成が可能です。ただ、完全な別編成を行うには、制作費や制作スタッフを別枠で用意する必要があり、コストや手間がかかるわりに、現時点では視聴率にはカウントされず、そのため広告収入に結びつきにくい現実があります。野球中継が延びた時など、テレビ放送はレギュラー番組に切り替え、ワンセグ放送で中継を続けるということもできますが、野球ファンには良くても、ワンセグでレギュラー番組を見たい人にとっては不都合で、課題が残ります。また、新聞や雑誌などのラテ欄にワンセグ別編成番組の記載ができないことや、視聴者に別編成した番組内容をお知らせすることができないといった点も課題として挙げられます。

 一方、微弱な電波で一定地域にだけ放送する「エリアワンセグ」は各地で利用に向けた実証実験が行われており、特に地方局は人の集まるエリアで放送を流して地元の広告主を募るなど、使い道はいろいろ探っていけると思います。

 スマートフォンやタブレット型端末の進化とともに、解像度の低いワンセグではなくハイビジョン放送を楽しめる「フルセグ」対応のデバイスの開発も進んでいると聞いており、当社もこうした動きへの対応を研究しているところです。

――文字や音声の多重放送が可能になりますが、今後広告にも多重放送が適用される可能性はありますか。

 聴覚障がい者団体などから「広告に字幕をつけてほしい」という要望はあって、昨年パナソニックが字幕つきの企業CMの試験放送を行った例もあります。全CMに字幕をつけるとなると、番組本編と広告とでは放送ソースが違うので、技術的な課題解決などにコストがかかりますが、キー局は導入を前向きに検討しており、広告主の賛同が多ければ普及は早まるでしょう。スポーツバーでのテレビ観戦などでも、音が聞こえづらい場合に文字放送の貢献度は高く、一定のビジネスベースに乗る可能性を秘めているという指摘もあります。

コンテンツ事業者の優位性をいかに保つか

――双方向機能を利用したコンテンツや営業戦略、スポンサーへの対応などについて、聞かせてください。

 関東、近畿、中京の三大広域圏で地デジ放送が始まった2003年以来、視聴者参加型のクイズ番組など双方向機能を利用したいくつかの実験的な番組が作られましたが、テレビをネットにつないでいない世帯も依然多く、サービス拡大の可能性はまだ未知数です。

 ドラマで俳優が着ている洋服を双方向機能を通じて買える企画もありました。ただ、広告放送を行う場合は明らかに番組と広告は識別できなければならないという放送法の縛りもあり、技術的に可能であっても実際にやるかどうかは判断が難しいところです。

――テレビの視聴行動は多様化し、録画して見る「タイムシフト」、場所を移して見る「プレイスシフト」といった言葉も生まれています。どのような対応を考えていますか。

 アメリカでは、放送から1週間以内の録画視聴については視聴率にカウントするということが始まっているそうですが、日本は録画視聴もワンセグ視聴もパソコン視聴も現時点ではカウントされません。パソコンについては、据え置き型のパソコンに限って視聴率にカウントする方向で検討が進められています。視聴形態の変化に合わせて、そろそろ視聴率の測り方を見直し、トータルに考えていく必要があるのではないかと思います。

――景気低迷で広告収入が落ち込む中、デジタル技術を生かした収益増に向けたアイデアは。

 デジタルデバイスとの親和性が高いので、オンデマンド配信やモバイル配信は進んでいくと思います。DVD化や海外販売などマルチユースを想定したコンテンツ制作も加速するでしょう。バラエティー番組の企画やドラマの原案を海外に売る「フォーマット販売」を一層強化することも考えられます。また、採算性が高いハードルとなっている過去のコンテンツのアーカイブ化についても、検討していかなければならないと思います。

――テレビ業界を取り巻く環境の変化と今後の課題は。

 今、「Google TV」や「Apple TV」といったパソコンとテレビの機能を融合させた商品が勢いを増しており、その中でコンテンツ事業者の優位性をいかに保つかが大きな課題となっています。アメリカでは、圧倒的な力を持つプラットフォーム事業者に対し、コンテンツ事業者が主導権を握られ、苦戦している現状があります。ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック会長が、グーグルがメディア各社のニュースやコンテンツを流していることを「他人のコンテンツを自分たちの目的のために流用し、対価を払わない」としてリンクを拒否した話は、こうした流れの反動と言えると思います。日本のテレビ業界、ひいては新聞も含めたコンテンツ事業者全体で考えていかなければならない課題ではないでしょうか。

――御社の今後の抱負を聞かせてください。

 ポスト地デジ化において当社が向かうところは「いいコンテンツを作る」ということに尽きます。録画機能のなかった昔は、テレビはリアルタイムで見るのが基本で、人気番組は放送の翌日に学校や会社で「昨日見た?」と必ず話題になったものでした。コンテンツ単体のマルチユースを考える一方で、独自の「編成の妙味」を追求し、共通の話題となり得る魅力的なコンテンツの提供を目指していきたいですね。