多様化する視聴スタイルに対応し、その先を見据える

 テレビを広告媒体として評価する一つの指標が視聴率だ。地上デジタル放送に完全移行することで、視聴率やその調査を取り巻く状況にどんな変化があるのか。テレビ視聴率の調査をはじめ、メディアに関する調査やデータ提供を行うビデオリサーチ テレビ事業局長兼テレビ調査部長の小柳雅司氏に話を聞いた。

メディアの進化に伴い、常に技術の開発を進める

――社会現象として取り上げられることも多い「視聴率」ですが、改めて解説してください。

小柳雅司氏 小柳雅司氏

 テレビ番組やCMがどのぐらいの世帯や人々に見られているかという視聴の量を示す指標が視聴率です。一般的に使われる視聴率とは「世帯視聴率」のことで、テレビ所有世帯の中で、どのくらいの世帯がテレビをつけていたかを示す割合のことをいいます。地上波放送などのテレビ放送を対象とし、世帯にある据え置きのテレビのリアルタイム視聴を測定しています。

 視聴率には、二つの側面があります。一つは、番組や時間帯によって、どのぐらいの世帯がテレビを見ていたかという量的な尺度。もう一つは、テレビという広告媒体を取引する際の価値指標です。テレビ局、広告会社、そして広告主の方々がビジネスをする上での、いわば「通貨」のような役割を果たしている、と言ってもいいでしょう。私たちは、第三者的な立場で、それぞれのメディアの価値を表現する指標を提供するという社会的使命を負っていると考えています。

――テレビ放送の地デジ完全移行で、視聴率に何か変化はあるのでしょうか。

 テレビ所有世帯でどのぐらいの世帯がテレビをつけていたかを調べる、という点については、アナログ放送であってもデジタル放送であっても基本的には変わりません。

 しかし、かつて地上アナログ放送しかなかった時代だったのが、衛星放送が始まり、今はCS放送、そして地上デジタル放送と多様化し、それに伴って測定対象となるテレビ放送の種類が増えた、という変化はあります。視聴率は、各世帯に設置したチャンネルセンサーという機械が測定しますが、このセンサーの中のチューナーが受信した音声とテレビの音声をマッチングすることによってその世帯が見ている局を特定します。アナログ放送は送信した電波をそのままの状態で受信するので、どのテレビでも同じタイミングで視聴できますが、デジタル放送は圧縮された電波を各家庭のテレビで復号(化)してから映し出されるため、テレビの機種により視聴のタイミングが微妙にずれるのです。ですから、測定するためにはアナログ放送とは違う技術が必要となりますが、そのための技術開発はすでに完了しており、現在行われている視聴率調査においても対応しています。

 また、最近ではパソコンでテレビ視聴ができるようになっています。パソコンの場合、複数のソフトが立ちあがっているとパソコンの動きが遅くなるように、パソコンの動作状況によって受信が速くなったり遅くなったりして、音声によるマッチングが難しくなります。しかし、この部分についても技術開発はすでに終了しており、今年7月に関東地区より対応を始める予定です。

 私たちとしては、テレビメディアの変化や進化に合わせて多様化する業界ニーズに応えられるよう、ときには時代を先読みしながら、調査測定ができる技術の開発を常に進めています。

「放送と通信の融合」が現実化?共存から生まれる相乗効果に期待

――録画して後から視聴したり、あるいは、携帯のワンセグテレビやパソコンを使って屋外で見たりするなど、テレビ番組を見る状況も多様化しています。こうした視聴環境の変化についてはどう見ていますか。

 録画した番組の再生視聴を「タイムシフト視聴」と言いますが、先ほど説明したとおり、視聴率はリアルタイムで見ていることが前提ですので、視聴率の定義から外れます。屋外視聴についても、「世帯内の据え置きテレビ」という定義には当てはまりません。しかし、DVRの普及が、リアルタイム視聴に影響を及ぼすことが予想されますし、例えば日本での放送が昼間だったWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、ランチタイムにワンセグで見ていたビジネスマンもたくさんいました。これらの状況から考えても、テレビ視聴の多様化は今後も続くことでしょう。そのような中、私たちも多様化した視聴(タイムシフト視聴やワンセグ視聴など)に関する視聴率調査を実施できるよう測定技術の開発を進めています。

 また、少子高齢化、核家族化によって、テレビの視聴がよりパーソナルになっているという状況があります。一体どういう属性の人が視聴しているのか、といったデータへのニーズに対して、1997年に関東地区、2001年に関西地区、2005年に名古屋地区で機械式による個人視聴率調査をすでに開始しています。しかし、個人視聴率を測定するためにはリモコンについた自分用のボタンを視聴前と視聴後に押してもらう、という方法を採っていますので、テレビにつけた測定機器で自動的に判定する世帯視聴率とは異なります。したがって、現在、個人視聴率は、限定的にデータを提供しています。

 いずれにしても、放送業界やそれにかかわる業界からのニーズがあってこそビジネスとして成立するものです。業界の皆さまとコミュニケーションをとりながら今後の展開を考えていきたいと思っています。

――今後、テレビを取り巻く状況はどう変化していくと考えていますか。

 地上デジタル放送をはじめ、メディアが変化していく中で、テレビ業界がどうなるか、一概に予測することは難しいですね。しかし、「Google TV」の開始が話題になっているように、いよいよテレビとインターネット、つまり放送と通信との融合が現実化するなど、大きな局面を迎えているのは事実です。テレビと競合媒体との「奪い合い」という危機感を持つ人もいるようです。しかし、現在の生活者のメディア接触を見ても、テレビで見て関心を持ったことをインターネットで検索したり、深堀りしたり、あるいは、インターネットで興味を持ったテレビ番組をチェックしたりするといったように、実は共存関係にあると考えています。「Google TV」のようにテレビ視聴もインターネット利用も垣根なく利用できるようになれば、テレビとインターネットが共存することで画面に接触する時間が増え、テレビ視聴やインターネット利用が増える、という相乗効果をもたらす可能性もあると考えています。

 最後に繰り返しになりますが、メディアがどのような形で変化していくにしても、そこに発生する業界からのニーズがあればすぐに応えられるよう、時代の先の先を読み、技術開発と調査研究を進めていければ、と考えています。