文化事業の主催者と協賛企業の間を取り持って、より魅力的な展開になる企画を練る。博報堂は、そのための「専門部隊」を古くから設け、数々の成果を上げてきた。経済が低迷を続け、企業が業態を大きく変革している中、文化事業への意識、取り組みはどのように変化してきたのか。また、最近の潮流は? メディアソリューション推進局 文化事業プロデュースチームでプロデューサーを務める鶴田智子氏と本橋彩氏に聞いた。
協賛も広告活動も、「コラボ」を重視する時代に
――「文化事業プロデュースチーム」とは、どのような部署ですか。
当社の中でオリジナルの文化事業を制作したり、あるいは、媒体社やプロモーターが制作している文化事業をクライアントに協賛セールスすることで、文化事業を核とした企業のコミュニケーション活動を提案する、それが主な業務です。広告会社で文化事業に特化した部署は珍しいようです。社内の機構改編などで部署名や人数は変わりましたが、30年以上前からあるセクションです。
――企業の文化事業への協賛やタイアップの状況は、どのように変化していますか。
バブル真っ盛りだった20年ほど前は、一般的にはどんな文化事業を支援するかで企業の姿勢を表していました。「メセナ」や「フィランソロピー」といった言葉がよく使われた頃です。当時は、企業にも経済的な体力があったので、自社ですべての費用を負担してオリジナルの文化事業を行ったり、ブロードウェーからミュージカルを招致したりすることができていました。しかしバブル崩壊後は、企業の利益に直結するような企業活動が重視され、広告活動はもとより、メセナ的な文化事業への支援は手控えられる時代が長く続きました。
そうした状況に閉塞(へいそく)感を感じ、「何かしなければモノは売れない」と企業の担当者が動き始めたのが、今から5年ほど前だと思います。ちょうどそのころから、業態を変革する、異業種と組んで新しい分野にチャンレジする企業が増えてきました。消費者とのコミュニケーションのしかたも、企業からの一方的な発信だったものが、ITの進展とともに変わってきた印象があります。
この動きはさらに強まり、最近、「コラボレーション」によるコミュニケーション活動に興味を持つ企業が多いように感じます。自社で丸抱えするほど予算はないので、ある程度形になったものや価値のあるものと「相乗り」という形で新しいものを作りたいという意向があるようです。また、新鮮味あるコミュニケーションとして、コラボに注目されるケースも少なくありません。
文化事業への協賛やタイアップについても、同じような傾向があると感じています。以前、文化事業に取り組んでいた企業は、「文化と親和性があるから」あるいは「スポーツに協賛したから、バランスを取るために文化も」といった点を理由にすることが多かったのですが、最近では「どんな形で文化事業に相乗りできるか」「媒体社、事業主体とどうコラボするか」など、よりマーケティング的な視点で「協賛」という手段を選択する企業が多くなった印象があります。
あらゆるステークホルダーと
感動や喜びを共有するきっかけに
――これまで取り組んだ事例の概要、成果などを聞かせてください。
朝日新聞社主催の文化事業では、2006~07年に「ダリ回顧展」を担当。このときの協賛社に一連の展開を評価していただき、08年7月に開催された「対決―巨匠たちの日本美術」の協賛にもつながりました。「対決」展では、全国版朝刊の編集特集の下に広告を掲載するとともに、この紙面を号外仕立てにして会場で10万部配布しました。文化事業協賛のメリットは、文化事業というコンテンツを核に様々なメディアを選択し、広げていける点です。新聞社主催の事業の場合、当然メーンは新聞になりますが、グループ内で展開するさまざまな雑誌やウェブサイトも活用できます。「対決」展では、朝日新聞社発行のフリーペーパー『ジェイヌード』をはじめ、複数の媒体とタイアップしました。
展示作品を企業広告のクリエーティブに使用し、ターゲットの多い大手町、新橋などで交通広告も展開。
さらに、企業のステークホルダーに合わせてメディアを選択していったのですが、このときのクライアントの主な顧客層である法人顧客は、ウェブをよく見ているということで、クライアントのHP上で“バーチャル美術館”を開設する試みも行いました。また、展覧会で販売された図録に社名を入れ既存顧客に配布したり、会場の東京国立博物館を貸し切りにして特別顧客を招待した内覧会とパーティーを開催したりするなど、多様な展開を図りました。
同じく朝日新聞社とTBS主催の事業を挙げると、08年の「フェルメール展」があります。このときは、いかにフェルメールがすばらしい画家か、人気があるかを多くの方にお伝えしたいという要望が協賛社からあったので、朝日新聞社、弊社、クライアントの共同企画という形で、事前にアサヒ・コムでアンケートをとり、4ページにわたる「be Extra ART」でその結果を掲載しました。展覧会場でも結果を発表したり、紙面を配布したりしました。朝日新聞の紙面は協賛社の営業の方たちが顧客に配布するなど、クライアントの様々なステークホルダーに対して活用できた画期的な事例となりました。これらの取り組みによって社会的にもフェルメールが注目されるようになった段階で、TBSで特番の放送があり、多くの方にご来場いただくことができました。クライアントからの評価は非常に高く、美術展ってこんなふうに活用できるんだ、ということを、企業の皆さんに実感してもらえたと、私たちも手ごたえを感じています。
――今後の課題、抱負などがあれば聞かせてください。
最近では、CSR視点で、ステークホルダーとの関係強化につながるような、文化事業を活用した企業コミュニケーション活動の提案を求めるクライアントが多いですね。さらに、数字ではなかなか表せない「満足感」をどのように表現していったらいいのかは、永遠の課題です。今、どの企業も顧客、社会、地域など、様々なステークホルダーと「きずな」を強めたいという要望を持っているのですが、その「きずな」は、感動や喜びを共有することで結ばれると考えます。そういう意味では、美術展やコンサートなどの文化事業は、感動を共有するきっかけを与えてくれるものなので、企業のコミュニケーションの可能性を広げ、さらに数字にはしにくい「満足度」につながっていくだろう、と。今後ますます、数字で表現できる成果とできない成果、両輪で取り組んでいくべきだと考えています。
抱負としては、もっと多くの文化事業に取り組んでいきたい。経済的な事情もあり、「一番大きい」「一番有名」「一番数が多い」といった「一番」のコンテンツが相乗りしやすいようです。しかし、そもそも文化には「一番」という概念はなく、色々な文化や楽しみ方があっていいはずです。ニッチなもの、小規模だけど新しいものなどにも企業が相乗りしやすい状況を作りたい。楽しめる文化のバリエーションが増え、日本でも様々な文化体験ができるようになるよう、頑張っていきたいですね。