いま、スポーツマーケティングはどんな進化を見せているのか。国内外の動き、注目される取り組み、企業やメディアのあり方などについて、長年国際スポーツのマーケティングに携わってきた慶應義塾大学大学院教授の海老塚修氏に聞いた。
グローバル性、継続性、プロセスが大事
──スポーツマーケティングの現状について、聞かせてください。
2008年の経済危機以降、広告費の削減傾向が見られてもスポーツ協賛にはそれほど落ち込みがありませんでした。契約上のしばりもあると思いますが、スポーツ協賛を重要なブランディング戦略と位置づけている企業が、特に欧米には多く、今年でいえばFIFAワールドカップ(TM)が大きなトピックでした。
今大会で目立ったのは、新興国企業の広告露出です。ソーラーパネルメーカー「英利集団(Yingli)」、インドのIT企業「サティヤム(Mahindra Satyam)」、ブラジルの食品企業「セアラ(Seara)」など、目新しい企業ロゴが電光ボードに踊りました。認知の獲得という意味では、莫大(ぼうだい)な支出に見合った効果があったと見られます。
一方、日本のパートナー企業はソニー1社でした。マラドーナが活躍した1986年メキシコ大会では、代表が出場しないのに日本企業が4社もスポンサーとして名を連ね、以来全体の4分の1程度を日本企業が占める状況が続いていたことを考えると、やはりさびしかったですね。逆に、スポーツマーケティングに力を入れ始めた印象があるのは韓国系企業で、ワールドカップには2002年大会から自動車メーカー「ヒュンダイ」がパートナーシップを結んでいますし、ワールドカップ以外も、オリンピックに「サムスン」が協賛を続けています。こうした企業の特徴は、市場ターゲットを国内から国外へとシフトし、グローバルな視点でものづくりやマーケティングを展開し始めたことです。そうした中で、スポーツコンテンツをうまく活用しているわけですね。
──今回のワールドカップで、欧米企業の取り組みはいかがでしたか。
欧米企業のスポーツマーケティングのねらいは、つねに圧倒的にブランディングです。アディダス、コカ・コーラ、マクドナルドなどの戦略はその好例です。アディダスの優れたところは「継続性」で、ワールドカップのオフィシャルボールとレフェリーのユニホームを何十年もの間提供しています。ナショナルチームのユニホームは他社の参入もあって3分の1ほどしか押さえていませんが、毎試合、オフィシャルボールとレフェリーがテレビに映し出される効果はとても大きいと思います。
コカ・コーラは、大会に先がけて全世界でフラッグベアラーを務める子どもたちを募集し、マクドナルドも全世界でエスコートキッズを募集しました。どちらもほほ笑ましい企画なので、メディアに多く取りあげられました。コカ・コーラについては、大会終了後に子どもたちに密着した番組も放送されました。スポーツマーケティングは、大会以上にこうした事前・事後のプロセスを綿密に練り、本番を頂点にいかに注意喚起ができるかが成功のカギを握ります。
──注目している日本企業の取り組みはありますか。
継続やプロセスの重要性を認識している日本企業はなかなか少ないですが、キリンホールディングスのサッカー支援は特筆すべき活動だと思います。
また、第一三共は、医歯薬系学生のラグビー大会を長く協賛しています。製薬会社にとって、医師のタマゴとのリレーションシップの構築はとても有意義で、しかもラグビーというスポーツの特性上、部員の先輩・後輩の交流がさかんなので、現役の医師たちとの接点も期待できます。小さな大会ですが、目的を明快に設定して大きな成果を上げている例と言えるでしょう。
成長分野は「見るスポーツ」より「するスポーツ」
──スポーツ選手の広告起用には、どんなメリットがあるのでしょう。
スポーツ選手は比較的ネガティブなイメージが少なく、また、コストパフォーマンスという点で起用の対象となるケースもあると思います。スポーツマーケティングの基本はコンテンツの魅力で、それが選手、あるいは国内リーグや世界大会だったりするわけですが、近年の日本のスポーツ界を見渡すと、野球やJリーグを含めてあまり元気がない印象があります。広告キャラクターに起用されるスポーツ選手も、イチロー選手や松井秀喜選手など、海外で活躍している人が圧倒的ですよね。
──そうした中、成長が期待できるスポーツは。
観戦するスポーツが伸び悩んでいるのに対し、自らするスポーツの市場は成長しています。ここ数年はランニング市場やウオーキング市場の伸びが著しく、各大会の参加費、楽しむ場所への移動、ウエアやシューズの購入、トレーニングジムの会員料など、幅広く経済的な動きが見られます。アディダスが若い女性をターゲットとしたランニングファッションを発表したり、アシックスが皇居周辺を走るランナーのためにシャワーやロッカーを備えたランニングステーションをオープンしたり、企業の取り組みも活発化しています。
──スポーツマーケティングの効果のはかり方とは。
目標をはっきりと数値化することです。売り上げはもちろん、認知度も定量調査をかけて明確にし、達成できなかった時は何が足りなかったのか徹底的に検証すべきでしょう。取りあげられた新聞記事の段数や放送された番組の分数の多さを成果の指標にしても意味をなさないと思います。
──国内のスポーツマーケティングへ提言を。
インターネットによって「金」「情報」「人」のグローバル化が飛躍的に進んだ今、「日本市場で通用してから世界に」という旧来の考え方では、世界市場で後れを取るばかりです。ものづくりにしても、ブランド戦略にしても同じことが言えると思います。現実に後れを取ってしまっている今、打開策の一つになり得るのがスポーツです。私事ですが、ワールドカップの際、「Facebook」を通じてデンマーク人の友人と、「昔は弱かった日本サッカーも君の国と戦えるようになった」「今回はうちの国より日本のチームのほうがすばらしかった」といった意見交換をしたり、他の国の人たちともサッカーの話題で大変盛り上がったりしました。これほどボーダレスに共有感の持てるコンテンツはなかなかありません。企業もメディアも、「コミュニケーションのプラットホーム」という視点でスポーツをとらえていくと、新しい可能性が見えてくるのではないでしょうか。
──企業やメディアに期待することは。
日本企業は、健康増進、スポーツ振興、社会貢献といったCSR的な視点でスポーツをとらえる向きがあり、スポンサーとなって億単位の資金を投入していても、「応援しています」といった控えめな表現をします。しかし本来は、業績向上を目的に権利をいかに最大活用するかという考え方をしなければ、本当の意味でのスポーツマーケティングにはなりません。
また、日本のスポーツマーケティングは世界的にもユニークで、コンテンツと企業の間に新聞社やテレビ局などメディアが立って展開しているケースが多く見られます。と同時にメディアまかせの企業も多く、もっと企業の直接的、主体的な取り組みに期待したいところです。
メディアは、社会的に意義のあるスポーツ事業のリーダーシップを取ってほしいと思います。たとえばコーズリレイテッドという視点で自然保護や貧困救済に寄与するイベントを企画するなど、スポーツコンテンツをうまく活用して意識啓発に取り組んでほしいですね。
特に新聞は宅配ですから、情報到達地点に限りなく近づくことができます。その良さを生かすには、やはり情報の質です。「勝った負けた」「何対何だった」という情報ももちろん大事ですが、スポーツ界のグローバルな課題、新しいチャレンジなど、掘り起こさないとなかなか知ることのできないようなニュースを提供し、注意を喚起してくれると、国内のスポーツマーケティングもさらに発展していける気がします。
慶応義塾大学 大学院 健康マネジメント研究科教授 スポーツマネジメント専修
東京都生まれ。1974年慶應義塾大学経済学部卒。同年電通に入社。FIFAワールドカップや世界陸上をはじめとするグローバルスポーツのマーケティングを担当。ISMサッカー(米、バージニア)副社長、スポーツマーケティング企画業務推進部長、ISL事業部長などを務めた。横浜市スポーツ振興事業団評議員、国際陸連テレビ委員などを歴任。2005年から慶應義塾大学非常勤講師に就任。2009年に電通退職。著書に『スポーツマーケティングの世紀』(電通、2001年)、『バリュースポーツ』(遊戯社、2007年)がある。
※慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科のウェブサイト(http://gshm.sfc.keio.ac.jp/)