新聞接触の有無によるクチコミへの影響を検証

 マスメディアへの接触はクチコミ形成にどのような影響を与えるのだろうか?朝日新聞の夕刊を題材に、新聞への接触とクチコミのテーマ選択の関係や新聞への接触によるクチコミ内容の違いをウェブ調査で検証した。分析結果について、早稲田大学商学部助手の石井裕明氏に聞いた。

石井氏 石井氏

 ステップ2のウェブ調査では、より多くの消費者を対象に、新聞への接触が、クチコミのテーマの選択やクチコミ内容にどう影響しているのかを検討しました。

 調査は、朝日新聞の夕刊を題材に行いました。具体的には、「映画館に行こう!」広告特集など映画情報が多く掲載されている2009年12月18日付の紙面です。この日の夕刊に接触した人(n=1,312)と接触しなかった人(n=1,905)を対象に、クチコミのテーマを選択してもらい、ある一定期間の後、300字以内で実際のクチコミを作成してもらいました。夕刊接触者と非接触者のクチコミのテーマ選択や、クチコミ内容の違いを検証することがねらいです。

 最初に、新聞掲載の翌日、映画や旅行など5つの項目から、クチコミのテーマとして映画が選ばれる確率を比較しました。その結果、夕刊に接触した人のほうが映画をクチコミのテーマとして選択する確率が高く、統計的にも有意な差となりました。新聞で情報に触れたことで映画に対する親近感が高まったり、映画に関する情報の刷り込みが行われたりした可能性が考えられます。このことから、夕刊への接触がクチコミテーマの選択に影響を与えるといえそうです。

ウェブ調査のフロー ウェブ調査のフロー

 男女別で見ると、男女ともに夕刊接触者のほうが非接触者に比べて、クチコミのテーマとして映画を選択する率が高く、特に男性でその傾向が顕著でした。男女差は予想外でしたが、最近の研究では、男性のほうが空間を全体的にとらえようとする傾向が強いと指摘されています。今回の紙面のように新聞の各面に映画の情報が載っている場合、全体的に目を通すと考えられる男性のほうがその影響を受けやすかった可能性があります。また、脳科学では女性のほうが言語的能力や会話能力が高いと言われています。何らかの言語的情報を発信しなくてはならない場合、女性は自律的にテーマを決める一方、男性は直前に見たり聞いたりした情報の影響を受けやすいのかもしれません。これらはあくまでも仮説で、さらなる検証が必要ですが、男性と女性ではマスメディアの広告から引き起こされるクチコミ行動に違いがありそうだ、ということが見えてきました。

 年代別では、30~59歳までを5歳ごとに分けて調査しました。30~44歳までは夕刊接触者のほうがクチコミのテーマとして映画を選ぶ確率が高い一方、高年齢層では夕刊接触の影響があまり見られないという結果でした。高年齢層のほうが新聞との相性がいいのではないかと予想していたので意外な結果でしたが、若い人の方が直前に触れた情報に敏感、年齢の高い人は自分の世界を持っているので影響を受けにくい、50歳代になると数日前などの記憶力が落ちやすい、などの理由があるかもしれません。いずれにしても、年代によってもマスメディアの広告がクチコミに与える影響は異なるという知見が得られました。

夕刊接触状況別で見た映画選択率 夕刊接触状況別で見た映画選択率

 これらの結果から、「新聞の情報がクチコミ促進に影響を与えそうである」という結論を導き出せました。また、男女や年齢などの違いによって、その効果に違いがありそうだということも明らかになりました。

 次に、実際に書かれた映画のクチコミ内容を分析しました。対象は、映画をクチコミのテーマに選んだ夕刊接触者(n=685)と非接触者(n=891)の計1,576人です。

 まず、「クチコミの内容が好ましいものだったか」については、夕刊接触者のほうが好ましいクチコミをする傾向があり、新聞がポジティブなクチコミを引き起こす可能性を持っていることが分かりました。

 続いて、「クチコミ内容は説得力があったか」を聞いたところ、夕刊接触者のほうがより「説得力のある内容だ」と感じていました。「信頼性のメディア」と言われる新聞の情報だからこそ、消費者に説得力を与え、より自信の持てる内容だと感じてもらえたのでは、と見ています。また、クチコミ内容が「事実を中心とした内容」と考えているかについても、夕刊接触者のほうが高い数値を示しました。新聞は消費者が「事実を受け取りに行く媒体」であると考えられます。その新聞で触れた情報は比較的事実に近い情報としてとらえられて、より事実中心の内容になったと感じるのだと思います。これらの結果をふまえると、「発言リスク(*1)」に対応するため事実を検証する今日の消費者においては、新聞がクチコミを引き起こす上で有効なのではないか、という結論が見えてきました。

 最後に、クチコミ内容が「共感を得られる内容かどうか」という設問についても、夕刊で映画の情報に触れていた人のほうが「共感を得られる内容である」で高い数値を示しました。これは、マスメディアの広告に載っている情報は、より多くの人が知っている内容としてとらえられる「マス広告の集団効果」で説明できると考えます。新聞で映画情報に触れていた人のほうが「これはみんなが知っている情報だ」と考え、共感できる内容になったのではないでしょうか。

以上の結果から、
① 新聞によってポジティブなクチコミを引き起こすことのできる可能性がある
② 「発言リスク」に対応するため、事実を検証する今日の消費者においては、新聞がクチコミを引き起こす上で有効な媒体となっているのではないか
③ クチコミの基になる情報に対する関心が高く、クチコミの興味を引く「旬の情報」を求めている今日の消費者においては、新聞がクチコミを引き起こす上で有効な媒体となっているのではないか

といった考察が導き出されました。

  1. *1 ブログの自らの発言に対する他の人からの反応、特に非難などに対して感じるリスク