米国の新聞に見るメディア・イン・メディアの可能性

 メディア・イン・メディアの取り組みにおいて、歴史的にも質的にも日本の先を行くのが米国の新聞である。ニューヨークのメディア事情や米国の新聞社の経営戦略に詳しい東京工芸大学専任講師の茂木崇氏に、ニューヨーク・タイムズ紙の「The New York Times Magazine(以下、NYTマガジン)」の話を中心に米国のメディア・イン・メディアの現状を聞いた。

高いレベルについてくる読者だからこそ上質な広告が入る

東京工芸大学専任講師 茂木崇氏 東京工芸大学専任講師 茂木崇氏

――米国の新聞の日曜版は、テーマ別の多様なセクションを束ねたスタイルをとっています。広い意味で、読者はメディア・イン・メディアと日常的に接しているともいえると思いますが、まずは米国の新聞事情について教えてください。

 ニューヨーク・タイムズ紙の場合、日曜版は国際・国内ニュースを掲載する1番目のセクションや首都圏版にあたるメトロ、1週間のニュースを振り返るウイーク・イン・レビューのほか、アート、ビジネス、トラベル、書評など全部で10を超えるセクションから構成されています。その中でも、典型的なメディア・イン・メディアが「NYTマガジン」です。申し訳程度のおまけではなく、表紙も目次も投書欄もあり、これだけを単独で売ることも可能な堂々たる雑誌です。ニューヨークでは「The New Yorker」や「Vanity Fair」と並ぶ非常にステータスの高い雑誌として認識されています。女優のメリル・ストリープはかつて、「TIME」の表紙になるよりも「NYTマガジン」の表紙になる方がうれしいと発言したこともあります。

 ニューヨーク・タイムズ紙は「NYTマガジン」だけでなく、通常の紙面の記事も雑誌的なスタイルで書かれています。これは学習院女子大学の石澤靖治教授が以前から指摘しているポイントです。日本の新聞記事は事実関係を「てにをは」でつないで狭いスペースに無理に詰め込んだ記事が多く、記者による分析的な視点があまり見られないので、読んでもニュースの文脈が見えてきません。事実関係を頭に入れるだけなら、ネット上のニュースサイトで十分です。米国の新聞記事、特にニューヨーク・タイムズ紙の記事は、記者にアイデアがあり、問題意識に対して答えを探る形で論理が展開し、その過程でファクトを記述していくスタイルをとっています。このため、読み進むにつれ、なるほどこういう理由でこうなったんだ、今後の課題はこういうことかとすらすら理解できて、頭が整理されます。日本の新聞はニューヨーク・タイムズ紙の記事の書き方をよく研究すべきだと思います。

――毎号どういった内容で構成されていますか。

 巻頭には、常設コラムがいくつかあります。具体的には話題の人へのインタビュー、時事的なキーワードの解説、デジタルメディアの最新潮流、人生相談、健康、グルメなどです。

 その後に、この雑誌の核となる3本程度の長い記事があります。アカデミー賞発表のタイミングに合わせた俳優のポートレート特集や12月のアイデア特集など、1年52週のうちに定番企画がいくつかありますが、それ以外は毎回ありとあらゆるテーマを取り上げ、記事が書かれています。休日にゆったりと読んでもらうことを想定しているため、記事は長く、読む楽しみを存分に味わえます。写真・イラストやレイアウトも日々の通常の紙面よりもダイナミックで目にも訴えます。日曜日に「NYTマガジン」を読み、月曜日には小説を含む5本程度の長い読み物とコラム、アート批評を掲載する週刊誌「The New Yorker」を読むのですから、アメリカの知識層のたくましい読書体力には驚かされます。

 長い記事の後のページには、人気のクロスワードパズルが載っています。最近は、日本発のパズル「KENKEN」も加わりました。最終ページにもコラムがあります。

――本紙とは別にターゲットを設定できるのもメディア・イン・メディアの特徴です。「NYTマガジン」のターゲットは。

 教養があり知的な向上心がある一般読者全般です。ニューヨーク・タイムズ紙の発行部数は日曜版が約140万部、平日版が約93万部です。アメリカの人口が約3億人ということを考えると、一部の限られた知識層を対象にしているのが分かると思います。知的欲求の非常に高い読者に「NYTマガジン」はアピールしています。

 広告媒体という点から見ると、教養や所得レベルが高いという読者像がつかめるため、ターゲットを絞った広告を出しやすいと言えます。「NYTマガジン」は新聞本紙に比べて紙の質がよく、カラーの再現性が高いので、ラグジュアリーなファッションブランドが広告を出したいメディアになっています。

――「NYTマガジン」と似たコンセプトを持つメディア・イン・メディアは、ほかにもありますか。

 米国の新聞の多くが週末版に雑誌を挟み込んでいます。ニューヨーク・タイムズ紙では2004年から「NYTマガジン」の別冊「T」というスタイルマガジンも発行しています。ファッション、デザインなど各号ごとにテーマが決まっています。ウォールストリート・ジャーナル紙は「WSJ.」、フィナンシャル・タイムズ紙は「how to spend it」というマガジンを出しています。こちらは両者ともに富裕層向けのライフスタイルマガジンです。


「GLOBE」を核に知的なコミュニティーを育てたい

――ニューヨークのメディア事情を知る茂木さんの目に、朝日新聞のメディア・イン・メディア「GLOBE」はどう映っていますか。

 私は「GLOBE」を非常に高く評価しています。やればできるじゃないかと思います。私は日本の一般全国紙に点が辛いのですが、それは速報ものや発表ものが多く、読みごたえのある記事が少ないからです。速報ものや発表ものは通信社の担当で、それを踏まえて分析的な記事を生み出すのが新聞社の仕事なのに、日本の一般全国紙は通信社と張り合う愚をおかしています。記者の無駄づかいです。「GLOBE」で分析力で勝負する記事を書く場が生まれたのは、記者の力を磨く場ができた点でとても良かったと思います。

――「GLOBE」の今後に期待することはありますか。

 「GLOBE」は上質なジャーナリズムでもって上質な広告主を獲得する方向を極めるべきです。知的で洗練されていてかっこいいというポジショニングができれば、「GLOBE」に広告を出すのはステータスだと広告主も考えるようになります。日本の一般全国紙は万人向けに中レベルの紙面を作ってきましたが、我々はクオリティーペーパーだとの自負があるのなら、知的な人のためのページも作るべきです。

 それから、雑誌的ということを意識しているのなら、1人のコラムニストが署名入りで毎回執筆するコラムを設けるべきでしょう。関心のないテーマの特集のときでも、お気に入りの執筆者の常設コラムがあると毎回手にしてもらえるようになります。「NYTマガジン」はかつてラッセル・ベーカーという名コラムニストがSunday Observerというコラムを連載していましたが、酸いも甘いもかみ分けた大人の書く名コラムでした。深代惇郎さんの天声人語のような名コラムの再来を期待します。名物コラムが1つ出てくるだけでも、読者が新聞に抱くイメージはがらりと変わるものです。

 また、秋のカルチャーシーズン開幕号、年末の富裕層向けの資産運用特集号といった毎年恒例の号を設定するなどして季節感を出していきたいところです。また、挟み込みではなく別冊にして希望する読者にのみ配布するようにしても良いと思います。「GLOBE」にブランド力がついてくれば、「GLOBE」を核としたイベントの展開も増やせます。例えば、フィナンシャル・タイムズ紙は、ファッションブランドのCEO、投資銀行や市場調査会社の面々などが参加し、ビジネスの見地からファッション産業の今後を展望するラグジュアリー・サミットというイベントを毎年世界各国持ち回りで主催しています。2008年は東京での開催でしたが、高額な参加料にもかかわらず盛会でした。

 ネットの機能を生かすのもポイントです。さらに詳しく調べるためのリンク集、動画、SNSの開設などはぜひやるべきです。「GLOBE」を核として知的なコミュニティーが育ち、そこからブッククラブが生まれる、起業家を志す人のためのネットワークが育つ、というように展開できれば理想的だと思います。

 

茂木 崇(もぎ・たかし)

東京工芸大学 専任講師

1970年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。現在、東京工芸大学専任講師。専門は、マス・コミュニケーション論、アーツ・マネジメント論。研究分野はニューヨークのメディア・エンターテインメント産業。具体的な研究テーマは、アメリカの新聞の報道姿勢と経営、ブロードウェーの演劇制作と街づくり、創造都市論、文化産業のひとつととらえたアメリカの広告産業の研究など多岐にわたる。日経ビジネスオンラインで、「茂木崇のタイムズスクエアに魅せられて」を連載中。