マスメディアを「ハブ」に、社員と社会をつなげる

 アウターコミュニケーションと連携しながら、企業はどのようにインナーコミュニケーションを図ればいいのか。インナーコミュニケーションの現状や、メディアや広告が果たせる役割について、博報堂 マーケティングセンター ナレッジビジネス推進部 部長の八木祥和氏に聞いた。

 

理解から「腹落ち」へ、社員のコミュニケーションを深める

――社内にビジョンを伝えることが、なぜ重要になっているのでしょうか。

 企業を取り巻く環境は、今までにないスピードで大きく変わっています。そんな中、自社の存在意義そのものを見直す必然に迫られる企業が増えています。多くの企業が、社内プロジェクトを立ち上げ、自分たちが生み出すべき価値について議論を重ね、企業理念やビジョンを定義しなおしています。

 インナーコミュニケーションはその先にあります。新しく決めたビジョンを外に宣言してステークホルダーの期待を作ると同時に、社員にも伝えて理解させることも大事だということに多くの企業が気づきだしたのです。価値を作りだすのは社員一人ひとりですから。

 これがインナーコミュニケーションに企業が真剣に取り組みだした大きな理由だと思います。

 それから、M&Aを機にインナーコミュニケーションに取り組むケースも増えてますね。この場合は合併後の社員の士気の維持を目的にすることが多いですね。企業合併は、社員にとっては一大事です。ある日を境に別の会社の見ず知らずの社員と同僚として机を並べて仕事をするようになり、場合によっては事業そのものが変わってしまうこともあります。なぜ合併するのか。合併することで自社はどんな会社に生まれ変わるのか。そして、そのことは社員一人ひとりにとってどんな明るい将来につながるのか。ビジョンを会社の立場だけでなく社員の立場でも咀嚼(そしゃく)して伝えることが社員のやる気を高め、生産性を向上させます。M&Aを成功させるには、その後のインナーコミュニケーションが極めて大事だと思いますね。

――では、どんなインナーコミュニケーションが求められているのでしょうか。

 自社のビジョンを社員が「知る」だけでは不十分です。「腹落ち」レベルまで作らなければいけません。社員がビジョンに込められている意味に“共感”し、自発的に自分の仕事の指針にする。そして、最終的には、会社全体の価値尺度、つまり企業文化として定着する。本来インナーコミュニケーションとは、そこまでをゴールに見据えた長期的な活動であるべきだと思います。

 そんなインナーコミュニケーションを効果的に行うには、全体の活動計画を緻密(ちみつ)にかつ創造的に作り実行することが大事です。博報堂では「博報堂インナーアクティベーション」というプログラムを持っています(図1)。これは、戦略的かつ創造的なインナーコミュニケーションを実現するために、コミュニケーションサイエンスとコミュニケーションクリエーティブを持ち込んだアプローチです。

 ちなみに博報堂インナーアクティベーションの「アクティベート」という言葉には、社員が、そして、会社が元気になってほしい。そんな願いをこめています。

――「博報堂インナーアクティベーション」のポイントとは。

 広告コミュニケーションの知見をふんだんに応用していることですね。それに、組織開発の知見を組み合わせて統合しています。この2つを融合したモデルは、いまのところ他にはないと思います。

 今の社員は、会社の情報に以前ほど敏感ではない。日々社員が接している情報も、ITの進化とともに恐ろしく増えています。終身雇用時代のように上意下達で「伝えれば伝わる」ということを前提としていては、社員にメッセージが届きません。さほど興味を持っていない人に、どう振り向いてもらい、そして、メッセージに共感してもらえるか。広告では当たり前の前提ですが、こういう視点に立ったアプローチが、今、インナーコミュニケーションにすごく求められていると実感しています。

 博報堂インナーアクティベーションでは、「TM3 (Target、Message、Method and Media)」というモデルをベースに戦略立案をします(図2)。ターゲットがどんな社員か。どんなメッセージを伝えれば共感をもって理解するか。どんな伝え方が企業風土に合っているか。様々なメディアがある中、社員はどんなメディアに接触し、関心を持って見聞しているか。それらを見極めたうえで、戦略を立て、実行します。
例えば、組織風土によって適切な伝え方は異なります。官僚型の企業にはトップダウンが効きやすくても、そうでない場合は逆に反発もあります。社員がどんな気持ちで働いているのかも大事です。そこで私たちは、社員のインサイトを、デプスインタビューをしながら探る取り組みを行っています。

「伝えることの困難さ」を意識して、より広告的な発想を

――インナーコミュニケーションにおけるマスメディアの役割をどう考えますか。

 日々膨大な情報に接触している社員たちは、広報から届く情報や社内ポータルサイトなど意外と見ていないことがあります。逆に、マスメディアには習慣的に接触していることが多い。例えば新聞広告は、当社の調査でも高い接触度を持つメディアです。経営トップの言葉にしても、社内報で読むのとはまた違った大きな関心が生まれます。
それと、人というものは、トップや人事がああしろこうしろといっただけではなかなか変わっていかないんですね。「外の目を意識する」という回路を社員に持たせる必要があります。マス広告は、世間が企業を見る目と、その企業の社員のハブになるものと思っています。

2006年3月31日付 朝刊 トンボ鉛筆 2006年3月31日付 朝刊 トンボ鉛筆

――具体的な取り組みをご紹介いただけますか。

 広告とインナーコミュニケーションを両輪で走らせたものとして、2006年のトンボ鉛筆の事例があります。文房具というのは、ITの進化の中で、今改めて存在意義が問われています。社員の士気をどう高めようかということに、いろいろと作業をさせてもらいました。まずお正月に、社長メッセージと、この年に放映するCMをつなげた映像を収録したDVDを社員の自宅に届けました。職場で渡せるものを家に届けることで関心を高めることも計算しましたが、それよりも、まずは社員に対して社長がビジョンを語り、その後同じことを社外に宣言するという流れを作りました。社員の方たちはテレビCMや新聞広告を見るたびに、お正月に見たDVDのことや、その時に自分が感じたことを思い出されたはずです。

 その後展開した新聞広告では紙面の下に「文房具に対するお手紙をお寄せ下さい」というメッセージを載せました。お寄せいただいたお客様の思いや期待を確認しながら、社員がトンボのアイデンティティーを形にしていく作業を行いました。
メッセージを社員に直接届けることと、マス広告とお客様からの反響などを連動させることで、効果的なコミュニケーションができたと思っています。

 トンボ鉛筆では、そうした活動を経て、翌年の2007年、ブランドエッセンス「トンボのこころ」を明文化し、全事業活動の行動指針としました。トンボの思想を伝えるために展開した新聞広告などは、インナーコミュニケーションとしても十分に機能したととらえていらっしゃるようです。

――改めて、インナーコミュニケーションにおける新聞広告の役割について聞かせて下さい。

 トンボ鉛筆の新聞広告では、読者の声を募集する文言を載せることで多くの手紙が届きました。手書きの文字の力によって、送っていただいた方のトンボ鉛筆という企業や文房具への思いが伝わり、寄せられたメッセージを社員が「自分ごと化」することにつながったようです。広く伝えられる新聞広告の発信力を生かし、多くの読者の感想や声を社内にフィードバックすることで、価値の高いインナーコミュニケーションが図れるのではないかと思います。また、新聞に掲載される自社の広告やトップの方のインタビュー記事を、社内で二次利用すれば、説得力のあるインナーコミュニケーションのツールになるのではないかと考えます。

 企業の経営指針や定量的な目標は、そのまま言葉にするとどの企業でも似通ったもので、ともすると平凡です。これまでは「社員に伝えるのだから、そのまま伝えればいい」と考えられていましたが、社員が圧倒的な情報量の中にいる今は違います。伝えることの困難さを意識しながら、広告的な発想をもって戦略を錬り、メディアを有効に使うことが求められています。