新聞を長年にわたり発行し効率的な情報伝達を追求していく中で、新聞広告のスペースやレイアウトは固定されていった。しかし最近は、定型のスペースに加え、これまでになかった新しいスペース展開の広告事例が数多く見られるようになってきた。この流れを、トップクリエーターはどうみているか。スペース開発のもたらす新聞広告の可能性について、シンガタ クリエイティブディレクターの佐々木宏氏に聞いた。
大通りより路地裏の店が気になる心理
――新聞広告スペースの有効な使い方について、クリエイティブディレクターとして普段からどのようなことをお考えですか。
メディア環境が変わり、企業のメディアプランの中に新聞広告が組み込まれることがかつてに比べ少なくなっている現状の中で、新聞広告のユニークな使い方を常に考えているかといえば、残念ながらそれはありません。私が「新聞で面白いことができないかな」とよく考えていたのは10年ほど前のことだと思いますが、当時は新聞を開けば面白い広告が1日にひとつはあったものです。
今は量と共に、クリエーティブの面でも落ち込みを感じています。やはりそこを大きく変えていかないと、企業に「新聞に予算を割こう」と思ってもらえないでしょう。新しいスペースの開発というのはその手段であり、より肝心なのはその中身、クリエーティブの質も合わせてどう高めるかということだと思います。
新聞というのはもともと地味なメディアです。楽しい記事が読めるのはスポーツ面や、文化・芸能面、テレビ面くらい。世相を反映した暗いニュースが並ぶ中に、花を添えるのが広告です。最近の15段広告は記事風のスタイルが増えた印象があり、全体がより地味に見えてしまいます。15段広告がたくさん並ばなくても、所々にきれいな花が生けてあって楽しいとか、観葉植物が心を潤わせてくれるといったような広告がもっと増えれば、読者の受けとめ方も、企業の広告メディアとしての感じ方も変わるのではないでしょうか。
――新聞社としても、紙面特性を生かした新しい広告スペースの開発を進めています。その可能性については。
テレビCMは15 秒ならその15 秒、独占的に企業が意図するイメージを打ち出せます。その点、新聞広告は周囲の記事を意識しながら読者に見られるもので、15段広告でも、対向面が何かによって印象が変わる部分はあるでしょう。つまり新聞は街のようなもので、そこにいくつもの通りや店があるわけです。
コンビニやファストフード店が並び、車が頻繁(ひんぱん)に通る大通りというのは、うまい店がある気があまりしないものです。むしろ少し路地を入って、小さな看板が控えめにかかっているようなお店のほうが、気の利いた料理を食べさせてくれる気がします。記事に囲まれた小さなスペースだからこそ、読者の気をひいたり、見つけて得をした気分になったり、信頼してもらえる。そんな新聞広告のあり方は考えられるでしょう。
これはほんの思いつきですが、例えば記事に囲まれた小さな広告スペースに、「へそ」のビジュアルがあるとします。なんだろうとページをめくると、「内蔵脂肪を減らす薬の広告だった」といったようなアイデアって、いろいろ考えられると思うんです。ただ注意しなくてはいけないのは、スペースのユニークさにおぼれないことです。これまでの新聞の常識からすれば新しい試みでも、読者にはありきたりだったり、「なんだろう」という気持ちに対する帰結点が予想どおりだったりすれば、スペースが小さい分、何か萎縮(いしゅく)しているように見えるかもしれません。小さいからこそ手を抜かないクリエーティブが、すごく大事なわけです。
――新聞広告に携わるクリエーターたちに求めることはありますか。
新聞広告は、「今日の話題」というタイムリーな情報としての側面が、他のメディアの広告よりも大きいものです。世の中では日々、新しい音楽がヒットしたり、スポーツイベントがあったり、大きな事件や芸能人のゴシップが起こっていますが、そういった中で「今日の話題ベスト10」に挙がる広告を作ろうというくらいの気概が、すごく大事だと思いますね。そんな気持ちがまずあって、じゃあスペースはどうするのか、限られた予算の中でタレントやカラーに頼らず何をするか、ということになっていくべきだと思います。
新しいスペースを活用した最近の広告の中では、天気予報欄の隣のスペースをうまく使われているクリニークの広告に目がとまりました。天気予報とクリニークという取り合わせに意外性がありますし、よく見ればなるほどと思わせて、何よりクリエーティブがとても美しいということです。こういった広告は新聞自体をすがすがしく見せてくれて、メディアとしての品位や価値を高めます。つまり、どちらも得をしているわけです。
スペースは小さくとも、変化球ではなく王道で
――佐々木さんは、SMAPを起用した新しいソフトバンクモバイルのキャンペーンを手がけられていますが、そのCM初放送の時間を民放各局で統一し、朝刊番組欄にカラーのラインを引いて伝える広告は非常に話題になりました。
この新聞広告は、番組ではなく、テレビCMの宣伝だからこそ読者が面白く感じてもらえたと私は思っています。そこにSMAPというタレントのもつ存在感や強さが加わり、朝刊で堂々と勝負していることも重要な要素です。
放送時間にラインを引くという同じアイデアでも、これをもし夕刊でやったとしたら、朝刊と同じような大きな注目は集められなかったでしょう。割と自由な遊びを許容する空気がある夕刊ではなく、メジャー感があって、これから仕事に出かける朝の気分の中で読者が見る朝刊でやるからこそ意味があるわけです。
私は新聞のテレビ面というのは、ゴールデンスペースだと思っています。このスペースを番宣広告に使うのは意図としては分かりますが、よほど優れたアイデアがなければかえって紙面をつまらなくしてしまう気がします。
テレビ面というのは、番組紹介の小さな活字からもっとも旬の話題や世相が浮かび上がってくるスペースです。例えば総選挙の翌日なら、さまざまな番組欄にそれに関連した活字が躍ることは分かっているわけですから、「ケータイも政権交代」といったようなメッセージがはまってくるでしょう。テレビ面の広告が元気であれば、新聞全体が元気に見えてきます。
――広告スペースの価値をより高めるために、新聞社に期待することはありますか。
新聞は街のようなものだという話をしましたが、例えば昔は倉庫街だった湾岸に、しゃれたギャラリーがぽつぽつできると、その近くにカフェができたり、ファッションブランドのショップが集まるといったことがあります。いい店を集めるにはいい通りにしなくてはいけないわけで、ここはというスペースは新聞社が広告のクオリティーをちゃんと管理するということが大切になっていくと思います。
ひとつの提案ですが、場としての価値を高めたいスペースについては、広告づくりにたけた企業に広告主を絞り込み、常にいい広告を出してもらうといった働きかけがあってもいいのではないでしょうか。新しい都市計画のようなプロジェクトなら、面白そうだから協力したいというクリエーターもいるはずです。
それと、記事の内容と広告の距離感をもっと近付けることが、小さなスペースほど重要だと思います。広告に記事を合わせることは難しいとしても、「ここはいつもこんな内容が入る」ということが分かっていれば、密度の濃いクリエーティブプランが立てられます。そういう意味ではスポーツ面なども、テレビ面と並んでもまだまだ可能性のあるスペースです。
例えば高校野球の決勝翌日の朝刊なら、当然その話題が紙面を飾ります。でも、「○○高校優勝おめでとう」では、もう面白くないわけです。高校野球はプロスポーツと違い、懸命に戦って力及ばなかった敗戦校の選手が脚光を浴びることも多く、例えば「準優勝校出身のメジャーリーガー」が載った広告を掲載するといったアプローチが、意外と読者の気分にフィットしていたりします。社会面、経済面といったそのほかのぺージにしても、もう少し記事にまで踏み込んで、内容とどこかでつながるような広告が増えてほしいと思います。
――広告スペースをより有効に使ってもらうためには、新聞社にはどのようなアプローチが必要でしょうか。
ひとつは企業のほうから「あそこに出したい」と思えるようなスペースにするということです。それには少なくとも成功事例がある程度蓄積されるまで、広告のクオリティーを保って、変えていく覚悟を見せるということでしょう。
そしてもうひとつは、広告主の要望にスピード感をもって応えることです。これまでの慣例やしがらみに縛られず、それを突き崩して新しいことを実現できるのは結局一人ひとりの行動力だと思います。スペースのユニークさが形だけに留まっては続きません。そこに冒険的な気概をもつということが大切だと思います。
シンガタ クリエイティブディレクター
1954年生まれ。慶應義塾大学卒業。1977年電通入社。新聞雑誌局に6年。クリエーティブ局に転局して20年。コピーライター、クリエーティブディレクター、クリエーティブ局長職を経て、2003年7月、シンガタ株式会社を設立。東京ADCグランプリ、TCCグランプリ、ACCグランプリ、カンヌ国際広告フェスティバル金賞、広告電通賞、朝日広告賞、日経広告賞、毎日広告デザイン賞最高賞、フジサンケイ広告賞グランプリ、クリエーター・オブ・ザ・イヤー賞ほか多数受賞。主な仕事に、SoftBankの全キャンペーン(「=SoftBankのC.I.」「ブラッド・ピット&キャメロン・ディアス」「予想外シリーズ」「犬のお父さんシリーズ」など)/サントリー「BOSS」「モルツ」「KONISHIKI」/トヨタ自動車「ECO-PROJECT」「コロナ氏」/JR東海「そうだ 京都、行こう。」/ANA「ニューヨークへ、行こう。」「LIVE/中国」など