6月17日に日経MJが発表した今年上期の「ヒット商品番付」は、東西の両横綱が「インサイト(ホンダ)&プリウス(トヨタ自動車)」と「ファストファッション」。番付全体として環境、節約などの今日性を反映しながら、新しい時代を前向きにとらえる消費者の姿勢がうかがえる結果となった。日経MJ編集長の篠原昇司氏に聞いた。
番付で重視するのは時代性と市場開拓力
――近年は一般消費者の間でも関心が高い「ヒット商品番付」ですが、改めてその歴史を紹介してください。
「日経MJヒット商品番付」は、本紙の前身『日経流通新聞』が創刊された1971年に始まり、現在まで続くものです。当初の発表は年1回のみでしたが、2002年から上期の番付を6月に発表し、12月に年間の番付を改めて発表する現在の形をとっています。
この企画はスタート当初から、流通業界や企業の商品開発者、マーケティング担当者のみならず、幅広い人々に向けた「わかりやすい経済ニュース」を提供しようという狙いがありました。ですから、個人ブロガーのネタにしていただくような、最近の話題の広がりは大歓迎です。年間のヒット商品から世相を総括するランキング企画はほかにもあると思いますが、我々がもっとも歴史があるという自負は持っています。
――どのように番付を決められているか、非常に興味のあるところですが。
大相撲の番付はある一定の評価基準はありながら、必ずしも定量的な勝ち星で番付が決まるわけではありません。私たちの番付も年間何万個売れたら横綱といった決め方ではありません。特に重視するのは新しいマーケットを開発したか、新しい技術が使われているかといった先進性や革新性です。そして今後の消費動向に影響を与えそうな成長株を織り交ぜて、全体像として時代性を反映させることを意識しています。
具体的な審査プロセスには三段階があります。日本経済新聞には国内外に千数百人の記者がいますが、第一審査としてその中の流通、マーケティング、消費などの分野を担当する記者たち約100人に今年のヒット商品を出してもらい、ノミネート作品を選びます。次にデスククラスの人間が集まって第二次審査を行い、そこで絞られてきたものから私を含め日経MJの編集部で最終的な番付を決めています。
不況に楽しみを見つけ、新しい価値観を先取りする消費者
――今年上期の番付全体を見て、いかがでしたか。
昨年から続く厳しい不況の影は、今回も番付に表れています。消費者の生活防衛意識が一段と高まっている中、西の横綱「ファストファッション」をはじめ、それにうまく対応した商品がいくつか番付入りしました。一方、景気の先行きに明るい兆しも表れ、「オバマ大統領」の登場に象徴される“期待の星”的な商品も出始めたと思います。
地味なところながら、時代の変化に対応する消費者のたくましさを改めて感じさせたのは、「もやしとひき肉」。番付に生鮮食品が入るのは、めったにないことです。もやしは安いわりにはかさが張りますし、ひき肉はハンバーグや肉団子などさまざまな料理に使えるので、“弁当男子”たちの味方です。節約を後ろ向きにとらえるのではなく、自炊やお弁当作りを楽しむ人たちが増えた世相を反映していると思いますね。
――東の横綱のハイブリッドカー、「インサイト」と「プリウス」は久しぶりのヒット商品らしいヒット商品という印象があります。
両者はよく売れたということだけでなく、消費者が将来を見据えて、新しいライフスタイルに合いそうだという商品を選び始めた象徴ともとらえられます。今回の番付からは、低炭素、リサイクル、健康・自然志向などさまざまなキーワードが見てとれますが、今は商品選びにおける消費者の価値観そのものが大きく変わる過渡期ではないでしょうか。
ホンダは「インサイト」が横綱になるとともに、家庭用のカセットガスで駆動する小型耕運機(ホンダ『ピアンタ』)が前頭になりました。耕運機がヒット商品になるのは、まったく初めてのことです。これは団塊世代のリタイアがここ数年で進み、郊外に農地をもったり、家庭菜園を始めたりする人が増えたこと、あるいは若い人の農業に対する関心への高まりが背景にあると思います。スローライフ的な価値観が確実に広まっているのでしょう。
――今年前半には、“定額給付金”の支給、“高速休日1,000円”による遠出の増加やETCの売り切れ現象など、政府の景気刺激政策が生んだ消費の動きもありました。
政策に関連した商品は、番付の上位にはあえて入れずに欄外に特別賞的な扱いでとらえました。これには議論がありまして、一時的な消費は確かに喚起したものの、秋以降の消費者の動向や経済状況に継続・反映されていくものなのかという点では疑問があり、やはりこれは一歩引いて見たほうがいいということになりました。
巧みな広告戦略が光った「ハイボール」『1Q84』「フィッツ」
――商品開発がヒットの表側だとすれば、それを裏から支えたマーケティングや広告活動では、注目された事例はありますか。
似たようなコンセプトの商品でも、それがヒットするか否かという分岐点でマーケティングや広告宣伝が持つ力は依然として大きいと思います。
例えば、サントリーが今の爆発的なブームを呼び起こした「ハイボール」。40~50代以上の世代は、なぜ今ハイボールかと不思議に思われるかもしれませんが、若い人にはウイスキーに炭酸を入れて、レモンをぎゅっと絞って飲むというのは非常に新鮮だったようです。サントリーは昔からマーケティングに長(た)けた会社ですが、今回の角瓶のテレビCMでは、女優さんとお笑い芸人さんたちがとても気持ちのいい空間を作り出していますよね。作り方も昔とはひと味違って、角瓶を事前に冷凍庫や冷蔵庫に入れてキンキンに冷やしておくと、ウイスキーにとろとろっとした舌触りが生まれます。今風の飲み方を提案することで、昔からある商品から新しい需要を掘り起こすことに成功しました。
――高級なシングルモルトやワインを飲むよりも安上がりで、仲間と楽しくおしゃれに飲めるイメージの訴求も時代とフィットしていますね。そのほかには。
宣伝のうまさが際立ったのは、村上春樹さんの『1Q84』(新潮社)です。出版社は本の発売直前まで内容を一切知らせず、告知したのは著者名とタイトル名だけでした。多くの読者が首を長くして待っていた村上さんの新作ですし、題名のインパクトもあり一体どんな話だろうと。消費者の飢餓感を最大限まで高めることになり、マーケティング戦略として大きな成功を収めました。
また、ロッテのガム「フィッツ」は、顎(あご)の力が弱くなったといわれる若者たちを狙った“やわらかな噛(か)みごたえ”という商品性そのものも斬新ですが、キャンペーンもユニークでした。おかしな味わいのCMソングに合わせて、ガムを噛みながら踊るというのは、これまでのガムのCMの範疇(はんちゅう)では理解しがたいものです。飽和市場といわれてきたガムという商品で新しいマーケットを生み出し、久々の大ヒット商品となりました。
――番付の中から企業の商品開発者やマーケターに参考にしてほしいことはありますか。
「ハイボール」や『1Q84』のような手法は、毎回とれるものではありません。商品づくりの王道は、改良、改善を重ねて、消費者のニーズに合致したものを提供するという地道な姿勢です。そして「私たちはこういう点で努力して、こんな価値を提供できます」と消費者にきちんと伝えるということが、いつの時代も変わらない基本中の基本です。
例えば、昨年から今年にかけて消費の話題をリードしているのは、ユニクロでしょう。今回、大関になった「990円ジーンズ」も、ファーストリテイリングが新たな低価格ブランドとして展開するg.u.(ジーユー)が販売するものです。斬新な広告や店舗展開などの華やかな面が脚光を浴びるユニクロですが、その成功を支えているのはモノづくりへのこだわりです。軽さと高い保温性を両立させ、昨年大ヒットしたヒートテックにしても、東レとともに繊維の段階から長い間、研究開発を重ねてきた結果として生まれたものです。
――下半期、そして来年以降に向けて注目している商品はありますか。
8月2日に日産自動車が、2010年度後半に日米欧で発売する電気自動車「リーフ」を公開しましたが、電気自動車には非常に注目しています。電気自動車は排ガスを出さず、騒音もほとんどありません。これは生活環境とクルマの関係性を大きく変える可能性があることを意味します。車好きの方の中には愛車を寝室やリビングに置きたいという要望は今でもあるわけで、家の作り方も変わるでしょう。またクルマに乗ったお客さんをお店に呼ぼうと思えば、充電施設を備えるなど店舗の作り方も変わりますし、家電製品的な販売ルートの拡大もありえます。
現在、電気自動車の発売は自治体などの法人向けに限定されていますが、来年以降は一般向けに開放される予定です。そうなれば現在のような「環境」という切り口ばかりではなく、クルマ生活の新しい価値観が生まれてくることが期待できます。