新旧の作品スタイルがクロスオーバーした今年のカンヌ

 屋外広告などがエントリーするアウトドア部門では、東アジア初の審査委員長を、電通執行役員でグローバル・エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターの鏡明氏が務めた。受賞作品の傾向や評価のポイント、カンヌ国際広告祭全体から見える今後の潮流などについて聞いた。

「嫉妬(しっと)」「勇気」「希望」を基準に論議
審査員全員が納得できる結果を導いた

――アウトドア部門の応募作品には、どんな傾向がありましたか。

 そもそもカンヌ国際広告祭のアウトドア部門は、ビルボード(看板)とポスターを中心としたカテゴリーでしたが、時代とともに、たとえば店内のコースターなど細かいもの、ゲリラ的なもの、デジタルを利用したものといった、様々な作品が増えてきました。その意味では、ビルボードやポスターといった古いメディアと、デジタルなど新しい試みが、同じカテゴリーに混在する、という状況になっています。

 さらに、これまでのアウトドアは一方向の作品が多かったのですが、インタラクティブな要素を中心に据えた双方向の作品が増えています。これはカンヌ全般に言えることで、メディアのあり方自体が双方向に向かっていることは明らかだと感じました。

――審査についてお聞かせください。

 審査方法は、まず審査員を複数のグループに分け、エントリー作品を約10%に絞り込んで「ショートリスト」を作成します。そこからファイナリスト、すなわちゴールド、シルバー、ブロンズの作品を多数決で決め、ゴールドの中からグランプリを選出します。どのカテゴリーもこの方法で審査します。

 今回、アウトドアには4,498本のエントリーがあり、それを約500本にする作業から始まりました。審査に先駆け、委員長である私は審査基準を提示しなければなりませんでした。広告祭の審査では、二つの基準がよく用いられます。ひとつは「Fresh Idea」、すなわち新しいアイデアであること。もうひとつは「Back to Basic」、様々なテクニックなどに惑わされず基本を見よう、ということです。しかし、アウトドアに関しては、この二つの基準が当てはめにくいのです。というのも、Fresh Ideaと口にした途端にポスターやビルボードといったオールドメディアはハンディを負ってしまう。かといって、Back to Basicと言えば、新しい試みの作品が不利となる。そこで私は、三つの言葉を提示しました。それは「jealousy(嫉妬)」「courage(勇気)」「hope(希望)」です。

 クリエーティブに携わる人間ならば、いい仕事を見たとき、「やられた!」「自分がやりたかった」という気分になります。これが「jealousy」です。

 また、こういう時代だからこそ新しいことや他とは違うことをするには勇気がいる。その勇気、それを認めたクライアントの勇気、そして、審査するわれわれも選ぶ勇気を持ってほしい、という思いから「courage」という言葉を提示しました。

 そして、広告賞は、今年1年を振り返り頑張った人を表彰するよりも、次にどの方向につながるのかというメッセージを伝えるものだと私自身はとらえています。そういう意味では、明日を見せることは業界の人の希望=「hope」につながるだろう、と。以上が、三つの言葉を用いた理由です。

 さらにこだわったのが、審査員には気になった作品について賛否すべてコメントを出してもらい、徹底的に議論を重ねることでした。今回、すべての審査員に自らの決断に自信を持ってもらいながら終わらせたかった。英語圏以外から来た審査員は、チャンスをうかがっている間に話が進んでしまうことがあるので、意識してコメントを求めるようにしました。結果、アウトドアのショートリストはとてもよい出来だと、色々な人から評価されました。

――グランプリを受賞した「ジンバブエ新聞のビルボード」の審査、評価は。

 実は最後、ロックバンド「オアシス」のキャンペーンとの2本にしぼられました。「オアシス」のキャンペーンは著作権を開放する考え方や手法が新しく、ウェブと連動しているところが今後のアウトドアの可能性を示唆していると評価されました。一方、ジンバブエ新聞のビルボードは、本物の紙幣を使ったインパクトがすごい、アウトドアのメディアでしかできない作品だ、という意見が強かった。審査員の意見が真っ二つに割れ、議論を重ねても決まらなかったので、最後は審査委員長である私の判断で「ジンバブエ」を選びました。理由は、非常に社会的な強いメッセージを伝えている上に、審査基準とした「希望」や「勇気」を感じることができたからです。私の決断には、「オアシス」を選んだ審査員も含め、全員が拍手を送ってくれました。議論を重ねていたので、皆、納得できたのだと思います。

グランプリ受賞「FIGHT THE REGIME/THE ZIMBABWEAN」(南アフリカ)
インフレに苦しむジンバブエの新聞社が、紙切れ同然の価値しか持たなくなってしまった本物の紙幣を使ってビルボードを作り、現体制を批判した。

ゴールド受賞「OASIS DIG OUT YOUR SOUL/NYC&WARNER BROTHERS」 (アメリカ)
ロックバンド「オアシス」が、ニューアルバムのリリース前に収録曲の1曲を公開。その曲をストリートミュージシャンが演奏する日時と場所をウェブ上に公開した。

コミュニケーションで何ができるのか?
広告はより社会的な存在に

――日本の受賞作品の評価は。

 ゴールドの「メロディーロード(ダンロップ)」は、極めて評判がよく、グランプリの候補にも挙がりました。舗装道路上に切り込んだ溝でスピードを制御させる仕組みはすでに世の中にありますが、「メロディーを奏でる」というものはこれが初めてで、すばらしいアイデアだと皆、感銘を受けていました。でもちょっと先を行き過ぎていて、自分たちが考えるアウトドアの範疇(はんちゅう)には入らないのではないか、という意見が出て、グランプリには選ばれませんでしたが。

――今後の潮流など、見えてきたことはありますか。

ゴールド受賞「MELODY ROAD(メロディロード)/ダンロップファルケンタイヤ」(日本) 「メロディーロード」を車で走行すると、アスファルト舗装の道路上に切り込んだ溝とタイヤの接触で発生する走行音がメロディーを奏でる、というキャンペーン。メロディーを楽しむためには、40キロ前後の一定速度で走ることが重要なため、速度抑制の効果が期待できる。 ゴールド受賞「MELODY ROAD(メロディロード)/ダンロップファルケンタイヤ」(日本) 「メロディーロード」を車で走行すると、アスファルト舗装の道路上に切り込んだ溝とタイヤの接触で発生する走行音がメロディーを奏でる、というキャンペーン。メロディーを楽しむためには、40キロ前後の一定速度で走ることが重要なため、速度抑制の効果が期待できる。

 「アウトドア」というカテゴライズが果たして正しいのか、という意見が審査員たちから多く聞かれました。さらに言うならば、カンヌ全般において、そもそもメディアで分けて審査すべきなのか、その考えは古いのではないか、と。なぜなら、いまやすべてのメディアがクロスオーバーし始めているからです。アウトドアに関しても、これまでにない新しくておもしろい手法が今後出てくるだろうと、審査員全員が感じていたように思います。実際、「ジンバブエのようなトラディショナルな形のアウトドアの広告がグランプリを取るのは、これが最後かもしれない」と口にした審査員もいました。

 カンヌ全体の感想としては、昨年までは「新しいものを評価する」風潮がありましたが、今年は送り手、作り手、受け手みんなが、トラディショナルなものとノントラディショナルなものとの間で迷っているように見受けられました。一方で、広告が単にマーケティングのツールから、社会的な存在になってきていることがよりはっきりしたように感じます。数多く開催されたセミナーも、環境問題など、社会的な問題に関するものが多かった。広告やコミュニケーションで何ができるのかを、みんなが語っていた印象があります。

 賛否はあるものの、カンヌは今や単にクリエーティブを評価する祭りではなく、広告産業自体がどこに向かおうとしているのかを判断するための場になりつつあることは間違いありません。今年は、社会的な問題にまじめに取り組まなければいけない状況にきていること、カテゴリーに限らず今後はますます双方向性に行くだろうということ、そして、Twitterに代表される情報のスピード化といった潮流が明らかになりました。あらゆる意味でカンヌは、広告業界にいる自分たちの姿を映し出す鏡であり、次を見せる鏡でもあると、改めて感じています。

――2001年から電通主催のセミナーも開かれています。

 「アジアの多様性」というテーマで毎年開催し、今年で9回目でした。アジアのクリエーティブは、地域性が高くバラエティーが豊富であり、論理や感覚よりも感情的なものが表現の大部分を占めている、という特徴があります。カンヌに代表されるような西欧的な広告賞ではなかなか評価されないのですが、そういうものにも良さがあるし、アジア的なカルチャーの中では論理的なものよりも感情的な表現のようが有効なんだ、ということを伝えようと始めたセミナーです。今回は、新世代の優れたクリエーターとして、日本、中国、タイの3人の女性が講演をしました。聴講者は、アジアと西欧と半々ぐらいだったと思います。アジアはマーケットとしても注目されており、アジア的な広告は今後、もっと注目されていくだろうと見ています。また、アドフェスト(アジア太平洋広告祭)も、広告祭としての地位を高めていくのではないかと期待しています。

鏡 明(かがみ・あきら)

電通 執行役員 グローバル・エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター

1948年山形県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、1971年電通入社。マーケティング局、後にクリエーティブ局に配属。ACC賞、カンヌ国際広告祭、アドフェストをはじめとする国内外の広告賞で受賞多数、また審査員を務める。2002年、アジア最大の広告賞アドフェストでアジア人初の審査委員長を務め、2009年カンヌ国際広告祭では東アジア初の審査委員長に就任。主な作品は、東京海上火災(当時)「損害保険シリーズ」、パナソニック「ルーカスの仲間たち」他「マックロード」「ナショナルのあかり」、WOWOW「走る女」「BIRD MAN」など。