世界的な不況の影響で、全体のエントリー数が減る中、プロモーション部門とPR部門は前年を上回る作品が出展された。プロモーション部門の審査員を務めた、アサツー ディ・ケイ 第2クロスコミュニケーション局長の関良樹氏に、全体的な印象や今後の潮流などについて聞いた。
すべての作品の審査基準は
「人をどれだけ動かしたか」
――プロモーション部門の今年の傾向は。
エントリー数は、昨年の1,133から1,188に伸びました。こんな時代でもアイデアは枯渇していない、こんな時代だからできる表現もあると、よりアイデアをしぼった作品が多かったと思います。
また、ウェブの台頭に伴ってコミュニケーションの構造が変わってきて、すべてのキャンペーンがよりインテグレーテッド=統合的になってきている。それが、昨年よりも顕著に見られるようになりました。
――一連の審査はいかがでしたか。
これはいつものことなのですが、審査員と委員長の間で「プロモとダイレクトはどこが違うのか」「プロモとはセールスプロモーションなのか、それとも統合コミュニケーションなのか」といった議論がなされ、何を基準に審査すべきなのかを話し合いました。そして、今回は「Execution done well」をテーマに考えていくことに決まりました。日本語で言うと「どれほど人を動かしたか」です。ショートリストを作る段階から、私たちは常にこのことを念頭に置き、すべての作品の審査を進めました。
――日本の「夕張夫妻」が、グランプリを受賞しました。
カンヌは世界三大広告祭のひとつで、世界に対する影響力が非常に高い。そこで、プロモライオンの独自性を示すためにも、グランプリの選出はしっかりと議論を尽くしました。結果、将来に向けて広告を通じて社会にどう貢献できるのか、広告が社会にどのように寄与していくのかを基本に、グランプリを決めることになりました。
カンヌの中でも、アフリカの飢餓問題や恵まれない子供たちなど、社会問題をテーマにした作品は多いのですが、私は「より身近な問題も議論するべきだ」と発言しました。夕張市の財政難の背景を説明した上で、似たような問題は今後、日本だけでなくおそらく世界の様々な地域に起こりうる、と。その中で、広告の力を借りて再建しようという取り組みはチャレンジングなのではと話しました。うれしいことに、最後の投票のときには、審査員全員が「夕張夫妻」のグランプリに挙手してくれました。この結果が夕張市の皆さんに勇気を与えられたらと思いますし、地域の活性化につながることを期待しています。
――ほかの日本の作品に対する評価は。
ブロンズの「コトタマ」は、「これはデザインでプロモーションとしては該当しないのではないか」という話があり、一度賞から落ちました。しかし、強く推す審査員がいて復活したのです。時代性を持った極めて革新的なキャンペーンである、という評価でした。同じくブロンズを受賞した「スペシャルオリンピックス 」は、取り組み自体に社会性があり、社会性を重視するカンヌとして評価できる、という判断でした。
ブロンズ受賞
スペシャルオリンピックス日本」(日本)
ウェブを中核にした
アイデア豊富なキャンペーンが生き残る
――日本以外で印象に残った作品はありますか。
中国「GAME OF DEATH」という、ノキアのブルース・リーモデルの携帯電話のキャンペーンは、ブルース・リーが卓球をしている映像をネット上に公開するバイラルアドとして広がりました。中国はすでに米国を超えるインターネット人口があることの表れで、今後ますます中国は発展するだろうという印象を持ちました。
韓国の献血キャンペーン「Listen」は、自分の心臓の音を聴きながら、音楽と同調させてオリジナルの曲を作るというもので、映像がよくできていました。とても心温まるキャンペーンです。
シルバー受賞
ベルギーの「DODGE」というクルマのキャンペーンは、審査員の中で一番話題になりました。購買ターゲットである若い夫婦やカップルが販売店を訪れた後、場所を変えたところに置いてあるDODGEでカーセックスをしてもらい、結果、9カ月後に赤ちゃんが生まれたら車をプレゼントするという内容です。ベルギーの審査員によると「ほとんどの国民が知っている」ほど話題で、アイデアのおもしろさからネットなどのクチコミで広まったのはもちろん、ニュースなどのパブリシティーとしても大きく取り上げられたそうです。ちなみに、72人の赤ちゃんが誕生したんだとか。
――審査を通じて見えてきた、最近の広告やキャンペーンの傾向は。
全体として、ウェブの使い方が大きく進歩し、ウェブを中核としたコミュニケーションがものすごく増えていると感じました。われわれ審査する側も、ウェブが中核に入っていない作品はショートリストを選ぶ段階で外れてしまうものも少なくなかった。日本ではまだウェブは情報を担保するような位置づけですが、欧米ではもっと能動的な使い方をされてきています。いわゆるCGM、海外ではUCC(User generated contents)と言いますが、ネット上でユーザーが発信するコンテンツを誘発して大きな話題を作る、というのが、コミュニケーション構造の中で大きな役割を担うようになっています。結果として、広告自体の役割が変わってきているのも、最近の傾向だと見ています。
――カンヌの魅力、カンヌから学んだことがあればお聞かせください。
私たち広告会社が今求められているのは、より効果的なコミュニケーションであり、望ましい結果を出すことのできるアイデア豊富なキャンペーンです。アイデアの頂点が集まるカンヌは宝の山で、まさに「学びの場」です。世界の優秀な作品を通じ、日本のキャンペーンに欠落しているものや、これから目指していくべき方向を知ることができるのです。
また、現地では広告会社の垣根を超え「日本人」としての結束が生まれます。普段は競合関係にあって交流のない同業者と知り合えることは、貴重です。世界中の広告クリエーターの要人が集まる場なので、日本だけでなく、世界にもネットワークが広がります。様々なクリエーターと情報交換することで、日本の広告はもっともっと活性化するのでは、と期待しています。
アサツー ディ・ケイ 第2クロスコミュニケーション局長
1989年、総合広告代理店入社。SPプランナーとして博覧会や、各種イベントをプロデュース。その後、営業に異動。様々な業種を担当後、ヤフーに転職。2001年にアサツー ディ・ケイ入社。同社クロスメディア局の立ち上げ、株式会社ADKインタラクティブの立ち上げなどを歴任。現在、360°コミュニケーションプランナーとして、次世代のコミュニケーションデザインをベースとしたキャンペーンプランニングを実践。共著『次世代広告コミュニケーション』(2007年、翔泳社)。宣伝会議レギュラー講師。2009年カンヌ国際広告祭プロモ部門審査員。