課題を大胆に解決する骨太なアイデアを評価

 今年はカンヌ国際広告祭にメディア部門が創設されて10周年にあたる。メディア部門はメディアの新旧を問わず、メディアの活用方法の斬新さや創造性を競う部門であり、今年はグランプリを日本のエントリー作品が受賞した。審査員を務めた電通の山田壮夫氏に、審査の過程や受賞作の印象、カンヌで感じた世界の広告界の空気などを聞いた。

 

アイデアに新しさとシンプルな強さがあるか


――今年のカンヌの印象を聞かせてください。

 カンヌの審査員は初めての経験でしたが、メディア部門は審査員の多くがメディアエージェンシーの方であり、新しいアイデアに比較的冷たいのではと聞いていました。ところが実際行ってみると、皆さんすごく前向きでしたね。数量的な結果に敏感なのと同時に、アイデアを語る言語をちゃんと持っていました。
 特に今年は、審査員長のニック・ブライアンさん(メディアブランド社CEO)のキャラクターや、いま広告業界を取り巻く景気環境がよくないこともあり、なるべく沢山の作品を応援してあげようというポジティブな空気がありました。審査結果にも前向きなメッセージが出たと思っています。
 

ゴールド受賞 ペアムービー「素直になれたら」/ソニー・ミュージックエンタテインメント(日本) ゴールド受賞 ペアムービー「素直になれたら」/ソニー・ミュージックエンタテインメント(日本)

――選考の過程やその結果を通じて、メディアや広告に今求められていることをどのように感じましたか。

 現地でほかの審査員の話を聞いていたら、その場に共通する三つの特徴的な言い回しに気づきました。この三つの言葉がメディア部門らしい基準を示していると思います。

 一つ目は“Clever”という言葉です。どんな時に“Clever”が出るかというと、クライアントが抱えている課題に対して、新しいアイデアで解決方法を提示していた時。なおかつその構造がきわめてシンプルで、分かりやすい時でした。
 例えばゴールドを受賞した「ペアムービー『素直になれたら』」(広告主:ソニー・ミュージックエンタテインメント)は、JUJUの歌『素直になれたら』に合わせて、女性と男性双方からの視点でドラマが配信されるケータイ用のコンテンツです。これは日本の音楽市場がCDから音楽配信に変わってきているという課題に対し、「モバイルならではのコンテンツ」を作った点が“Clever”でした。しかもパーソナルになりがちな携帯電話がコミュニケーションツールになった点も併せて評価されました。
 

ブロンズ受賞「ルーツの書籍広告/日本たばこ産業」(日本) ブロンズ受賞「ルーツの書籍広告/日本たばこ産業」(日本)

 それと、これは自分がかかわった仕事なので手前みそですが、「ルーツの書籍広告」(広告主:日本たばこ産業)は、「ルーツ飲んでゴー!」のキャッチフレーズから生まれた書籍広告を新聞のサンヤツで出稿したものです。

 これは1面記事下という新聞のもっともよいスペースは書籍しか広告ができないという課題があり、そこに広告を出すために本を出版したという解決方法が評価されてブロンズを受賞しました。どちらも課題に対してごろっと骨太な答えを出しているから、“Clever”と評価されたわけです。

 

そのメディアを使うことの必然性を問う


――広告業界には「ビッグアイデア」という言葉がありますが、アイデアの大きさだけでなく、課題と解決方法がシンプルにつながっている印象がありますね。

 先ほど申し上げた、私が感じたことの二番目に、マイナスの意味として“Too Creative”という言葉がよく用いられていたということが挙げられます。要するにこのカテゴリーは表現だけではなく、メディアの使い方におけるクリエーティビティーで勝負する場だということです。
 エントリーの中には、これはウェブでもCMでも、屋外ビジョンで見てもみんなゲラゲラ笑うなという映像があるんです。しかしそれはメディアの特性を生かしていない、“Too Creative”だということで、審査ではなかなか上に残りませんでした。
 ゴールドから例を挙げれば、アメリカのレクサスのキャンペーンがあります。これは複数の雑誌に掲載された記事の中から、生活者が選んだ「読みたいもの」だけを集めて合体したというものです。雑誌というのは、普通、一度読み終えてしまえば用済みです。それをうまく使いながらパーソナルにカスタマイズしたんですね。レクサスらしいおもてなしと雑誌というメディアの必然性があるプロモーションでした。
 またBest Use of Newspapersのカテゴリーでエントリーした作品に、ブラジルの日産自動車の事例があります。これは日産の販売がブラジルで出遅れているという課題がまずあり、「BE THE NEWS」、「日産がニュースになるために、日産がみなさんをニュースにします」というアイデアです。新聞一面の大見出し、写真、記事部分が空白になっている新聞が発行され、それに合わせて我が家のニュースや写真をウェブで送ると、実際にそれらが掲載された新聞が届けられる。新聞ならではのアイデアで、メディア特性がいかされています。

ゴールド受賞

「REINVENTING THE MAGAZINE/LEXUS」(アメリカ)
「BE THE NEWS/NISSAN」(ブラジル)

何がアイデアか、一発で示すプレゼン力も重要

――では三番目は何でしょう。

 審査の最後にくり返しチェックされたのは、結果・効果でした。その意味で“No Result”は致命的です。エントリーする側も心得ていて「売上げ200%アップ」とかアピールしてきますが、本当にそのアイデアが軸で効果が得られたのかは慎重にチェックされていましたね。

グランプリ受賞「キットカットメール/ネスレコンフェクショナリー」(日本) グランプリ受賞「キットカットメール/ネスレコンフェクショナリー」(日本)

 グランプリを受賞した「キットカットメール」(広告主:ネスレコンフェクショナリー)は、以上の3点が見事にクリアされていました。チョコレートは店頭の棚がとれない、競争が激しいというのは世界共通のマーケターの悩みです。
 それをポストに投かんできるパッケージにして、全国2万店の郵便局においてもらった。極めて“Clever”な解決方法です。郵便局をメディアにする“Too Creative”ではない芯の通ったアイデアがあり、売り上げアップという“Result”も説得力がありました。


――「KitKat(きっと勝つ)=受験生のお守り」が審査員に理解されるのかといったことよりも、アイデアの大きさの部分で世界の広告人が共感できたわけですね。

 結局、ちょっと面白い小ネタでは勝てないんです。今回、何度もまたかと思ったのはトイレとエレベーターをネタにしたもの。いかにも閉じられた空間というのは、賞狙いとしてはやりやすいのでしょう。でも一発芸として面白くても、それでどれだけ広がるのかは疑問です。
 逆に「こういうものが評価されるのか」と思わされた作品に、テレビドラマを使った流通の広告がありました。これは、ドミニカの人気メロドラマの登場人物たちが身につけている水着やサングラスなどにバナー広告が出て、商品説明が表示されるというものです。内心、僕はこれではドラマに集中できないと思ったのですが、考えてみると流通には、雑多な商品があるだけに広告しにくい面があります。それをクリアしながら、このアイデアはお金がそうかからない。結果も残せるということで、なるほどメディア部門の優秀作だなと思いました。


――審査を通じて、日本のメディアや広告について改めて感じたことは。

 自戒をこめて言いますと、私たちの日々の作業は何がアイデアであるか、あいまいなまま進んでしまうことが多いように思います。それではカンヌのような場では難しいなと感じました。キットカットメールの何がよかったというと、「チョコレートは店頭がとれない→これで2万の店頭がとれました!」という圧倒的なアイデアの強さです。
 また、そのアイデアを審査員にどう見せれば効果的か、チームが分かった上でプレゼンボードを作ってきたと思います。その点残念だったのは、多くの日本のエントリーが、何が課題で、何がアイデアかを一発で伝えられていなかったことです。逆にいえばそこを突破すれば、賞をとれたエントリーはもっとあったろうと思います。


――最後に山田さんご自身のカンヌの印象をお願いします。

 一言でいえば楽しかったですね。世界中の広告の人間が同じように悩み、ひとつのことに真剣にディスカションができ、お互い理解できる仲間ができました。賞というのは審査する側もまた審査されるものですが、そういう意味では今回の結果にはちゃんと責任がもてるという感じがしています。それと、日本に対する期待はすごくあるなということも感じました。伝統ある広告サロンに日本人の僕がお邪魔するという感じでは決してなく、僕の意見や日本の事例、日本の広告事情をすごく聞きたがっている実感をもちました。今回、日本からのエントリーのレベルが高かったことも一因だと思いますが、「日本は面白いこといっぱいあるよね」と言われることが多かったですね。

 

山田壮夫(やまだ・そお)

電通 ストラテジック・プランニング局 プランナー

1993年年電通入社。マーケティング統括局、出版営業局、IMCプランニングセンターを経て2008年7月から現職。2006年カンヌ国際広告祭プロモライオン、2008年アドフェストダイレクトロータス銀賞をはじめ、本年度のカンヌ国際広告祭メディアライオンでは新聞の一面書籍広告(サンヤツ)を利用した企画で銅賞を受賞。