ダイレクト部門のグランプリは、オーストラリア北部クイーズランド州観光公社の「THE BEST JOB IN THE WORLD」。サンゴ礁の海に浮かぶ離島に半年暮らし、島の魅力をブログなどを通じて伝える「管理人」をネット上で募集。一般の人に人気投票させ、世界的に盛り上がったキャンペーンだ。審査員を務めた博報堂エンゲージメントビジネス局 エンゲージメントクリエイティブチーム クリエイティブディレクターの北風勝氏に聞いた。
テーマは「売れなければクリエーティブではない」
――ダイレクト部門の特徴とは。
ダイレクト部門は、2002年に設置されて以来、審査基準が揺れ動く部門という印象があります。範疇(はんちゅう)は、ダイレクトメール、フリーダイヤル、クーポンといったOne to One マーティングが基本中の基本ですが、近年はデジタルメディアも入り交じり、より複雑化しています。
――審査会はどのような様子でしたか。
審査員は合計31人。博報堂のような総合広告会社の人は少なく、ダイレクトマーケティング専門の会社経営者やクリエーティブディレクターが中心でした。審査会では、まず審査委員長が「売れなければクリエーティブではない」と発言しました。審査指標も、従来は「戦略」20%、「創造性」40%、「作品のできばえ」20%、「成果」20%でしたが、今年は「創造性」が30%、「成果」が30%という配分になりました。また、カンヌ全体の共通認識として、「不景気をやっつけろ!」というテーマがあったように思います。
――審査の過程で、どのようなことが議論となりましたか。
一番は、デジタルメディアを通じたコミュニケーションはダイレクト部門の範疇か、ということで、「ネット上では消費者の人格が変わるのでOne to Oneのリレーションを作っているとは思えない」と意見を述べる人がいました。僕もわりとそういう考えで、特にプロモライオンとの境のあいまいさを気にしていました。結局誰からも明快な答えが出ませんでしたが、日本の審査員経験者から、「ダイレクトは行動がゴール。認知だけではダメで、ゴールまでの動線を作って誘導し、さらに明確な計測結果を示している」という基準例を聞き、なるほどと思ったので、それを念頭に置いて審査しました。
――グランプリ作品が評価された理由は。
観光キャンペーンであれば、「THE BEST TOURISM」が常道のところを「THE BEST JOB」としたところが決め手でした。不景気の折にリゾートの魅力を語っても効かない、求人広告だったら注目されるという逆転の発想が見事で、圧勝でした。求人に寄せられた自己PR動画は約200カ国から3万4684本、投票は45万票、サイト訪問数が684万件と、とにかく「成果」の大きさが際立っていましたね。
One to Oneのより強いきずなをアナログ&デジタルで
――その他、印象的だった作品は。
自分としては、ターゲットとOne to Oneでコミュニケーションし、レスポンスにより強いきずなを得て成長の仕組みを作るという、ダイレクトらしい作品に地道に票を入れました。12人しか住民のいない小さな村を一躍観光名所にしたスペイン有料テレビの「VILLAGE WHERE NOTHING EVER HAPPENS」、5件の顧客見込み客にパワーショベルでダイレクトメールを届けたベルギー・コマツの「XTREME PRECISION」、ミートパイのパッケージについたバーコード情報と5ドルの入金で、サラダの絵がついた皿をネットショッピングできる仕掛けを作ったオーストラリアのミートパイメーカーの「MAGIC SALAD PLATE」、ホームレスへの寄付を求めるダイレクトメールを屋外にさらしてボロボロにしてからターゲットに送ったスウェーデンのホームレス援助の「HOMELESS LETTER」。いずれも心に残った作品でした。
ブロンズ受賞
――審査を終えて感じたことは。また、日本の広告の評価は。
今年は不景気のせいか、健全で元気な作品が上位に残った印象があります。健闘が目立った国は、ベルギーとオーストラリア。残念ながら、日本の作品はあまり注目されませんでした。ベルギーの審査員に聞くと、「ベルギーは人口が少なくターゲットを特定しやすい。低予算でアイデア勝負の広告が多い」とのことでした。逆に日本は、広告費は世界第2位の規模で人口も多い。まるで逆です。ダイレクトマーケティング自体、不特定多数が相手で効き目が薄いと見なされがちですが、ベルギーの作品に学ぶものは多いと思いました。オーストラリアの審査員も「国民性からしてシンプルで明快なトーン表現が好まれる」と言っていました。合理的にアイデアに向かっていく手法と、「心の襞(ひだ)」みたいなものにこだわる日本の手法との違いを感じました。
――カンヌを経験し、現業のヒントになったことは。
レスポンスは売り上げを約束していませんが、それにつなげる作用は確実にあり、そういう意味で、「効果」に着目したアイデアが大事な気がしました。また、疑似的な感覚が否めないデジタル上のリレーションを、真の意味のOne to Oneコミュニケーションでできれば、とても可能性が広がると思いました。ボロボロのダイレクトメールを送った「HOMELESS LETTER」のような生の体験や手触りが感じられるアナログ的要素との組み合わせができたらすごくいいなと。これまでとは違った視点からデジタルの分野を考えられるきっかけになりました。カンヌの経験を今後に生かしていきたいですね。
博報堂 エンゲージメントビジネス局 クリエイティブディレクター
早稲田大学建築学科卒業後、博報堂入社。コピーライター、CMプラナーからクリエイティブディレクターへ。ニューヨークADC、D&AD、カンヌ国際広告祭、クリオ、The One Show、アドフェスト、Spikes等の広告賞を受賞。2009年カンヌ国際広告祭ダイレクト部門審査員。Spikes、D&ADではマーケティング部門審査員の経験も持つ。代表的な作品は、ソニー・コンピュータエンタテインメント「PS3」、東ハト「暴君ハバネロ」、キリンビール、トヨタ自動車のキャンペーン、環境省「チームマイナス6%」など。