根幹的な課題を解決したマーケティングアイデアの勝利

 今年のカンヌ国際広告祭「メディア部門」は、ネスレコンフェクショナリーのチョコレートブランド「キットカット」と郵便局がコラボレーションした受験生応援企画「キットメール」がグランプリを獲得した。同部門における日本企業のグランプリ獲得は初。企画を実施したJWTジャパンのアカウントディレクター 湯浅康彦氏に聞いた。

 

パッケージを媒体化し、全国の郵便局で販売

――キャンペーンの概要は。

 「キットカット」は、2003年から受験生を応援するキャンペーンを実施していますが、今回の企画は「キットカット」のパッケージに受験生への応援メッセージを書き入れて郵送できる「キットメール」と、140円切手、オリジナルデザインのはがき(e-センスカード)2枚の3点セットを、全国約2万局の郵便局で販売するというものです。コンビニやスーパーでは「キットメール」を単体で販売しました。
 また、東大正門のすぐ近くにある本郷郵便局を「サクラサク郵便局」として装飾し、大学センター試験間近の1月13日に局内でPRイベントを行いました。「キットメール」は期間限定販売でしたが、おかげさまで完売。新聞、テレビ、ウェブ等でも大きく取り上げられて、広告費換算で10億円以上のパブリシティ効果を得ることができました。

「キットメール」パッケージに応援メッセージとあて先を書いて、切手を張って郵送

霞ヶ関本社ギャラリーや、東大正門前の本郷郵便局を、「サクラサク郵便局」に

――受験キャンペーンが生まれた経緯は。

 「キットカット」が受験のお守りとして受験生に支持されるようになったのは自然発生的でした。福岡弁で「キットカット」が「きっと勝つと」に聞こえることから、「キットカット」は受験の験担ぎによいと受験生の間で評判になりました。ネスレさんは後になってその事実を知ったそうです。
 もともと「キットカット」では、"Have a break, have a KIT KAT"というスローガンを全世界で使っていましたが、「キットカット」のブレイクが日本の消費者にとって何を意味するのかを探るために、ターゲットのインサイト調査を実施したことがありました。そこで分かったことは、彼らは彼らなりに様々なストレスを抱えているということです。友達のこと、親との関係、将来の不安、なかでも受験は大きなストレスでした。
 そこでブレイクを、ただの「休憩」ではなく、「ストレスからの解放」と位置付けてあげることで、彼らを精神的にサポートすることができるのではないかと考えました。「キットカット」をパキっと食べることで、心が一瞬ホッとして、前向きな気持ちになって頑張れる。「キットカット」でそんなお手伝いができるのではないかと。それは偶然にも「きっと勝つ」と意味合いが重なり、そこから受験生応援キャンペーンが始まりました。
 

――商品そのものを「郵便」にする今回のアイデアは、シンプルでありながら斬新です。

 「キットカット」の受験キャンペーンは、広告的な手法を極力排し、ホテルや電鉄、学生街の商店会など、受験生との接点を持つ「第3者」を通して受験生を応援することで、彼らの強い共感を獲得してきました。今回の「キットメール」も、昔から願書申込みや合格通知の配達など、受験生にとって身近な存在の郵便局とコラボレーションすることで、彼らの心に届くキャンペーンが展開できるのではないかと考えました。

 2003年から続いてきた受験キャンペーンを、さらに発展させるためにはどうすればいいか。しかも、少子化の影響で受験生の数が年々減少している中、キャンペーンのターゲット層を受験生以外にいかに拡大していくかがひとつの課題になっていました。そんな時、受験生に周囲の人たちがひと言「がんばって」と言葉を添えて「キットカット」を手渡すことがあると聞き、だったら、家族や友人がパッケージにメッセージを書いて贈れる「キットカット」ができたらいいのではないか、遠く離れた田舎のおじいちゃんやおばあちゃんでも郵送できるようにしたら、送る方ももらう方も、きっと嬉(うれ)しいはずと考えました。そこで生まれたのが「キットメール」です。

郵便局のポスター。キットメールをもらった人の嬉しさ。キットメールに込められた送る人の想いが表現されている

従来の手法にとらわれず、クライアントと一体化で企画

カンヌ国際広告祭プレゼンテーションボード カンヌ国際広告祭プレゼンテーションボード

――グランプリ受賞の理由を、どのように受け止めていますか。

 広告賞というのはクリエーティブの競い合いという側面が強く、お金をかけた「広告作品」がとかく注目されがちです。それはそれで素晴らしいのですが、一方で広告主である企業は「それが売り上げにどう貢献するの?」と一歩引いたところから見ているのではないかと思います。

 その点で「キットメール」のグランプリ受賞は、クライアントのマーケティング上の課題に直接応えられるようなソリューションとしての、アイデアの勝利だととらえています。

 それはまず、「キットカット」のパッケージそのものをメディアにしてしまうというアイデアです。メッセージを書いて切手を張って郵送することができる「キットカット」は、人から人へと、気持ちを伝える新たなメディアになりました。

  もうひとつは、店頭での棚取りという、メーカーが直面する極めて困難な課題を、郵便局とコラボすることで解決するというアイデアです。郵便局をメディアにすることで、販売チャネルの数を一気に拡大することができました。しかも通常の流通とは違い、郵便局では他のお菓子は売っていませんから、全国に行きわたったインフラを持ちながら、競合製品が存在しない、まったく新しい売場環境を実現したわけです。

 こうして「キットメール」は、売り上げの面でも成果が出せましたし、「想(おも)いを届ける」という、キットカットと郵便局の共通のブランド価値を高めることにも貢献できたと思います。

故郷のおじいちゃんがキットメールを送って、受験生を応援するテレビCM

 

――クライアント、広告会社、そして協力企業の理解が一体になったチームの勝利という印象があります。

 広告はしょせん、コミュニケーションの最終領域にしかすぎません。もっとクライアントのマーケティング領域に踏み込んだ革新的なアイデアを実現するには、クライアントと広告会社がワンチームとなって、根幹の課題に向き合い取り組むことが必要不可欠だと思います。今回の「キットメール」も、クライアントであるネスレコンフェクショナリーさん、コラボパートナーである郵便局さんからのサポートなしでは到底成し遂げることはできませんでした。そういった意味で、今回の受賞はネスレ、郵便局、JWTジャパン3者合同の勝利だと考えています。

――グランプリの意義を、改めてどうとらえていますか。

  クライアント企業のビジネス環境が激変する中、広告会社も単に「よい広告」「クリエーティブな広告」を作っていればよいという時代ではなくなってきました。広告以前の段階で、もっと根幹的なソリューションが求められてきていると思います。
 こうした時代背景の中で、広告に依存しない「キットメール」のキャンペーンが、カンヌのグランプリを獲得したことの意義は大きいと感じています。
 「キットメール」は、「商品そのものをメディアにする」、しかも、「それを届けるのに全国の郵便局をメディアとする」という型にはまらない新しい発想が評価されました。

受賞を喜ぶJWTジャパン「キットカットチーム」のメンバー 受賞を喜ぶJWTジャパン「キットカットチーム」のメンバー

 これは、クライアントと広告会社が、同じ土俵に立って、同じ課題に向き合い、時に同じリスクを背負いながら、革新を推し進めていく。そういったワンチームの関係性ができていたからこそ生まれた発想です。従来のように、クライアントが広告会社にオリエンをして発注するといった広告制作のプロセスでは、このような発想は生まれてこないのではないでしょうか。
 「キットメール」のグランプリ受賞は、広告会社とクライアントの新しいパートナーシップの形が生んだ一大成果であり、今後の広告会社のあり方を示唆する、ひとつのモデルケースになると思います。
 そして、「キットメール」の成功体験が、JWTジャパンにとって、より多くのクライアントとの関係づくりを築く上で、新たな原動力になればと願っています。