従来の発想を超え、新たな創造性をブランド戦略に

 消費者の低価格志向、経営のグローバル化など社会構造の変化の中で、ブランドマネジメントに求められる役割が拡大している。近年のブランド戦略に関する動向や今後の課題、メディア戦略のあり方などについて、中央大学大学院戦略経営研究科の田中洋教授に聞いた。


変化に対応する企業の姿を社会へ示す

田中洋氏 田中洋氏

―― ブランドマネジメントの近年のトレンドは。
 もともと市場の移り変わりが早い日本では、商品ブランドよりその上位のコーポレートブランドを重視して消費者との関係性を強化するマーケティングが主流でした。80年代の「CIブーム」は、その一例だと思います。しかし、消費にかげりが見え始めた2000年前後からは、個別ブランド強化の重要性が注目され、その流れが続いてきました。それがここにきて、コーポレートブランドの強化に改めて取り組む企業が増えています。
 その理由のひとつは、80~90年代に構築された多くの企業のCI戦略が時代にそぐわなくなり、刷新のサイクルを迎えたこと。それと実体経済の急減速の中で、コーポレートブランド強化に重点をおくことで、コスト的にもマーケティングの効率化を図ろうとする企業が増えたこともあります。ただ、もっとも重要だと私が思うのは、消費構造の変化や経済のグローバル化に対応するために、企業に柔軟な事業体質の変化が求められていることです。以前では考えられなかった大胆なM&Aや事業再構築が頻繁(ひんぱん)に行われるようになるなど、それを後押しする変化もこの20年でありました。
 例えば2006年に、富士写真フイルムが持ち株会社制の導入と共に、富士フイルムへと改称しました。すでに同社では、一般消費者向け写真フィルムの収益は全体のごくわずかに過ぎず、医療領域でX線をデジタル化するといったインフォメーションソリューションなどが事業の核です。事業実体にふさわしい社名を名乗ることで、経営の再構築を図っていく企業姿勢を示したといえます。
 また昨年は、旧松下グループが企業ブランドと商品ブランドを「パナソニック」に統一するという大きな動きがありました。グローバル市場での戦略を見すえながら、グループ全体を活性化させた好事例だと思います。

―― 購買意欲促進のためのブランディングよりも、経済構造の変化の中で、企業の姿を改めて示すためのブランディングが前面に出ているわけですね。
 その通りなのですが、一方、消費という面では、「低価格・無料ブランド」の興隆が最近目につきます。これまでのブランドは、商品やサービスに付加価値をつけてより高く売るためのものであり、安物ブランドには価値がないと思われていました。ところが最近では、「ユニクロ」や「フォーエバー21」「H&M」といったファストファッションブランドや、「餃子の王将」「マクドナルド」などの外食チェーン、そのほか「ニトリ」「ホッピー」「ちふれ」など、低価格をアピールする企業にも高いブランド価値を消費者が認めているものがあります。
 また、「グーグル」の登場は情報収集のあり方に大きなインパクトを与えましたが、「グーグルはタダで使えるから、ブランド価値がない」とは誰も思っていません。レシピ投稿サイトとして高い人気をもつ「クックパッド」や、フリーペーパー「R25」なども、無料サービスでありながら高いブランド価値をもち、差別化が図られています。これらのトレンドは景気が回復した後も、普遍的な現象になっていくと私は思います。

―― そのほか、新しい動きはありますか。
 これまでブランディングとは関係がないと思われていた、商品・企業以外の分野にもブランド概念が拡張しています。大学もそうですし、「ゆるキャラ」を使った自治体の広報活動や地域食品ブランド、NGOなどが、組織体としての差別化をどう行っていくかという中でブランドマネジメントを取り入れています。
 例えば、半年で15万豪州ドルの報酬がもらえる「世界最高の仕事」として世界中で話題になった、オーストラリアのハミルトン島の管理人募集イベントは、クイーンズランド州観光公社によるデスティネーションブランド戦略といえます。また、「ユニセフ」「赤十字」といった非営利組織では、マークや名称が非常に大きな価値をもっています。非営利的な活動への関心が高まっている中で、それをキーにした活動をどう展開していくかが重要です。


ブランドマネジャーの役割と今後の課題

―― ブランドマネジャーの役割について、歴史的な経緯と共にご紹介ください。
 ブランドマネジャーは、米P&Gが1930年代に考えた制度だといわれています。一説によるとP&Gは、20世紀初頭にブランド統合が進んだ自動車産業、特にGMのやり方を参考にしたそうです。ただし、アメリカの自動車産業はその後ブランドマネジメントに立ち遅れ、その進化はP&Gをはじめとする日用品の世界がリードしました。
 P&Gが考えたブランドマネジャー制度とは、ひとりの人間が製品企画から生産、マーケティング戦略まで、ブランドのすべてをスーパーマン的に取り仕切るというものです。つまり、そのブランドに関するPL(損益決算)の全責任を負う制度だといえます。
 1980年代以降には、カテゴリーマネジメントという考え方が登場しました。これは、ブランドマネジャー同士の競争が過熱すると、逆に効率が低下するおそれがあるという考え方から生まれたものです。そこで洗剤なら洗剤のカテゴリーマネジャーをおき、その下に複数のブランドマネジャーがいるという体制が敷かれるようになりました。いずれにしても日本では、ブランドという観点からマネジャー制を取り入れている企業はまだ少なく、製品ごとにマネジメントの責任者をおいている企業が多いようです。
 「製品」と「ブランド」は一見同じ概念のように思われますが、異なる部分も多々あります。例えばユニリーバの「ダヴ」は、もともと肌洗浄剤のブランド名でしたが、やがてヘアケア・スキンケアに拡張しました。こうなるとブランドマネジャーも必要ですし、同時に製品別で統合するマネジャーも必要です。つまり両者はクロスカテゴリーでマネジメントする必要性があるわけです。
 
―― 先行した外資企業と比べて、日本企業の場合はいかがですか。
 日本においてブランドマネジャー制を早くから導入した企業としては、日清食品が有名です。日清食品では権限委譲がかなりな程度なされていて、制度的にいえばブランドマネジャーの判断で、「カップヌードルブランドの袋麺(めん)を出す」ことも許されているものです。
 日本でそこまで責任と権限を任されたブランドマネジャー制をとる企業はまれです。ブランドマネジメントといった部署はあっても、主業務は広告のマネジメントに過ぎないことも多いのです。
 ただブランドマネジメント制度のあり方はその業種の性格にも規定されます。例えばビール業界では、マーケティングでいわれる4Pのうち、Product、Price、Placeでの差別化は困難です。原料成分には酒税法上の制約があり、価格や流通でも大きな現状の変更はできないからです。そうなると、いかにコミュニケーションするかというPromotionが、自らブランドマネジメントの主要業務になります。

―― ブランド戦略におけるメディアの活用法をどうお考えですか。
 今日、メディアコミュケーションはすごく難しい時代になっています。かつては新聞やテレビを中心に、従来の文法に従ってメディア計画をたてればある程度は形になりました。今の時代はその文法が崩れて、試行錯誤の状況です。それだけ面白い時代であるともいえますが、いかにクリエーティブにメディアを使うかを考えなくてはいけなくなりました。
 その際に大事なのは、そのブランドと顧客との関係性を考察し、それをいかに深化させるためのコミュニケーション計画が策定できるかです。つまり、ブランドごとにカスタマイズされたキャンペーンが必要になっており、それと共に使われるメディアも変わります。例えば2008年1月に発売された「広辞苑 第6版」のキャンペーンは新聞を中心に行われましたが、それは広辞苑というものがもつ役割を考えれば、ある意味当然です。
 また、ミネラルウオーターの「ボルビック」はアフリカの子供たちに水を送る「1L for 10L(ワンリッター・フォー・テンリッター)」プログラムという社会活動的なキャンペーンを行っています。これはボルビックがもつ使命というものをよく考えた上で、何を行い、どう伝えるかを決めたものです。

―― これからのブランドマネジャーがもつべき資質や、ブランド戦略のポイントをどのようにお考えですか。
 当然のことのようですが、マーケティングの高度なスキルがまず必要です。特に日本ではマーケティングの専門家がまだ少なく、営業の役割とマーケティングの役割が曖昧(あいまい)になっています。これは成熟した国内市場より新興国市場が主戦場となる今後に向けて、グローバルなブランド戦略が不可欠な日本企業にとって重大な問題です。
 海外で日本企業が成功するためには、いい商品を作り、製品名や企業名を覚えてもらえれば済む話ではありません。多くの日本企業の問題は「企業の顔が見えない」ことです。それをつくるのがブランディングであり、専門性を持ったプロが必要です。
 もうひとつは、ブランドコミュニケーションについて新しい構想力をもつことです。今日のキャンペーンではマスメディアとウェブのクロスメディア的な使い方が主流化していますが、ウェブの知識はまだ不十分で似たような手法に陥りがちです。
 こういう時期はついマスメディアに対して否定的な考えを抱きがちなのですが、逆に考えればマスメディア広告の好機でもあるのです。出版不況といわれる中、「週刊東洋経済」や「週刊ダイヤモンド」は好調と聞きます。これは経済を勉強したいサラリーマンが増えているからだけではありません。メディアの側が情報のニーズを読み、これまでの資産を生かしながら保険や年金といった生活寄りの新しい切り口でブランドを再構築し、新しい読者を獲得したからでしょう。マス媒体をどのような新しい切り口で使っていくかを考えるべきだと思います。
 最後に、「正直さ」「倫理」という観点も、これからのブランドマネジメントには重要だと思います。最近の事例で私が興味を抱いたのは、世界的なダイヤモンド企業であるデビアスが展開する「フォーエバーマーク」という品質認証制度です。この制度は証明カードに記された認証番号を基に石の履歴をネットで開示するもので、従来の品質鑑定書とは異なり、石を採掘する際の環境基準や労働環境に関する倫理基準の遵守(じゅんしゅ)といった倫理面にも言及していることが画期的です。
 「環境」を旗印にブランディングを行う企業や商品が増えていますが、世界の視点は自然環境保護だけではなく、ジェンダーや労働、富の偏在など、多岐にわたっています。今後は「自分たちの企業活動は、社会倫理に照らしてどうか」といった視点を旗印に、ブランドマネジメントを考えることも大切になるでしょう。

 

田中 洋(たなか・ひろし)

中央大学大学院ビジネススクール(専門職大学院) 教授

1951年名古屋市生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。電通マーケティングディレクター、法政大学経営学部教授、コロンビア大学客員研究員などを経て、2008年から現職。主著に『消費者行動論体系』(中央経済社)、『現代広告論』(共著、有斐閣)、『広告心理』(共著、電通)、『欲望解剖』(茂木健一郎との共著、幻冬舎)、『企業を高めるブランド戦略』(講談社現代新書)などがある。