世界的な認知を誇るThree Stripes(3本線)が今年誕生60周年を迎えるアディダスは、日本でも古くから浸透するスポーツブランドだ。特に1998年にアディダス ジャパンが設立されてからは、日本サッカー協会とのオフィシャルサプライヤー契約や選手との契約などの日本独自で展開されるマーケティング活動や、アディダスの情報発信地となる「アディダス パフォーマンスセンター」などを中心とした直営店の活用など、多様な取り組みを連携させたブランド戦略を展開している。アディダス ジャパン スポーツパフォーマンス事業本部ブランドマーケティング グループマネージャーの森道春氏に聞いた。
すべてはアスリートのパフォーマンス向上のため
――森さんの略歴と現在の業務をお聞かせください。
アディダスに入社したのは2007年6月。それまでは外資系の広告会社で、主にさまざまな外資系企業を9年ほど担当していました。
アディダスには、スポーツ系の「スポーツパフォーマンス」、ライフスタイル系の「スポーツスタイル」の2つの事業本部があります。私の担当はスポーツパフォーマンス事業の中でもチームスポーツ系のカテゴリー、つまりフットボール、ベースボール、バスケットボール、ラグビーなどです。入社以来、これらに関するメディア戦略やショップ展開、イベントや草の根のスポーツ支援活動など、あらゆる領域でのブランド管理、販売促進の企画から実施までが私の仕事です。
――アディダスにはビッグクラブやナショナルチーム、トップアスリート、商品そのもののもつメッセージ性など、さまざまなブランド資産がありますね。
当社のマーケティング活動は、ブランドマーケティングのほか、チームや選手との契約を行うスポーツマーケティング、商品販売計画を練るカテゴリーマーケティングの大きく3つから構成され、それぞれの活動をクロスさせながらブランドをマネジメントしています。
ブランドマーケティングに関しては、売り上げやブランドスコアの向上といった目標を毎年策定しています。我々はそれに基づき、それぞれのスポーツカテゴリーの与えられた資源の中でブランドの課題を見つけ、それに対するソリューションとしてのプランニングを作り、キャンペーンを実施して、コミュニケーションを実施していきます。
――長い歴史の中でも、今日につながる特に重要な点についてお話ししていただけますか。
アディダスは、創業者のアディ・ダスラーが「すべてはアスリートのパフォーマンス向上のために」というビジョンの下でプロダクトを開発したブランドです。現在においてもそれを大きなよりどころとして、すべてのブランディング活動を行っています。アスリートというのはプロ選手のみならず、スポーツを愛するすべての人々を指すもので、彼らがスポーツの楽しさを味わえるような商品提供と、さまざまなマーケティング活動を行っています。
2004年からは、ブランドメッセージ“IMPOSSIBLE IS NOTHING”をグローバルに立ち上げました。マーケティング活動の中で何か迷いが生じた時、「『不可能』なんて、ありえない。」というブランドとしての理念に立ち返って判断しています。
それとアディダスにはプロダクトの提供だけではなく、スポーツを通じて社会をよりよいものにしてきたいというビジョンがあります。感動であったり勇気であったり、人が生きていく上で大切なものを発信することは、ブランドに携わる者にとっては幸せなことです。日常業務の中では細事にとらわれてしまうこともありますが、常に心の中では大きなビジョンを忘れないように心がけています。
――マネジメントをしていく上で、「アディダス」ブランドのコアな価値と考えているものは何でしょう。
アディダスでは、社員が心がけている6つのブランドバリューがあります。それはオーセンティック(本物であること)、イノベーティブ(革新的であること)、コミッテッド(真摯<しんし>に取り組むこと)、パッション(情熱的であること)、インスピレーショナル(創造的であること)、そしてオネスト(正直であること)です。アスリートの能力を最大に引き出すためには、我々のプロダクトが本物でなくてはなりませんし、サポートする選手やチームとの関係のベースには、スポーツに対する真摯な思いがあります。
また、これらはプロダクト開発のみならず、コミュニケーションにおいても大切な要素です。広告が常に革新的で、新しいアプローチをもつ創造的なものであるべきなのは当然のこと、さらに我々はアディダスのもつ本物感を、常に正直に伝えたいと思っています。
観戦から参戦へ、ブランドへの思いを自分化
――最近のキャンペーンの取り組みを教えてください。
今は、2010年のFIFAワールドカップを成功させることが大命題です。サッカーの感動や戦うことの意義、代表チームというものの意味合いを、日本のファンの人たちに適切なタイミングとクリエーティブな手法で伝えたいと思っています。
今年3月から6月までのFIFAワールドカップ最終予選の時には、「覚悟を示せ!プロジェクト」を実施しました。アディダスでは、『Every Team Needs ~』―すべてのチームに必要なもの“~”―というグローバルキャンペーンを展開しており、これはその「サッカー日本代表」版という位置づけです。
日本代表がFIFAワールドカップに出場するために一番大切な要素は、国を背負う覚悟であり、チームとサポーターが団結しプライドや決意をもって戦うことではないか。そう考えて、このキャンペーンでは「観戦から参戦へ」をテーマに、全国のサポーターたちが戦いへの意識を共有する、アクティブシフトを促すことを意図しました。
メディアでは特にモバイルを活用し、バーレーン戦翌日の3月27日にモバイルサイトを開設しています。柱となるコンテンツはファンの人たちにそれぞれの“覚悟”メッセージを投稿していただくもので、最終予選が山場を迎えた5月末からは、それらのメッセージがサッカー日本代表のシンボルマークである三足の烏からわき出るようなアニメーションになる仕組みです。
――なじみ深い「寄せ書き日の丸」のコンセプトを広げて、単なる応援メッセージとは違い、一人ひとりの決意との同化を目指した試みですね。
モバイルサイトでは、新たな試みとして「Augment Reality(拡張現実)」テクノロジーを活用し、自分のメッセージだけでなく、他のファンのメッセージも見られることで、サポーター同士の一体感をもてるような演出ができました。メッセージを投稿すると得られる三本足の烏のエンブレム画像を店頭のモニターにかざすと、特別なアニメーション映像を楽しむことができるのです。
短い実施期間の中で約6,000通の投稿があり、試合を重ねるごとに日本代表への期待感が高まったことを実感しています。最終的にはメッセージを岡田監督に届け、FIFAワールドカップ出場決定を境にメッセージは「世界を驚かす覚悟がある」という次の段階へと移りました。
――読売巨人軍とのパートナーシップを活用したマーケティング展開も、森さんのご担当ですね。
読売巨人軍とは、2006年から「野球の活性化」「野球を通じた社会貢献」「ブランドビジネス」の3つを主な目的とし、オフィシャルパートナーとして提携しており、2008年からは、選手の勝負を決める“その一瞬”に焦点をあてたキャンペーン「GIANTS MOMENT(ジャイアンツ モーメント)」を展開しています。
野球というスポーツの魅力は、4対1で負けていたチームが一打のホームランで逆転勝ちしたり、一球のファインプレーがゲームの情勢を一変させたりし得ることです。今シーズンは、『GIANTS MOMENT “adidas collection”』と称し、選手たちの一瞬のプレーをフィギュア化し、マス媒体やTシャツのデザイン、店頭展示などで展開しています。例えば、東京ドームの「アディダス コンセプトショップ」には、原監督がホームラン時に選手とグータッチをする“一瞬”をモデルにした等身大フィギュアを展示していますが、2009WBC優勝の余波もあり、シーズン開幕から原さんと拳を合わせるファンの方たちで長蛇の列ができています。
価値の連鎖を作るのが自分の仕事
――メディアの使い方については。
テレビは感情に訴えるとか、雑誌なら保存性といったメディアの個性は以前と変わらないと思います。例えば、新聞はその社会的な意義から、ナショナルチームのメッセージの発信には適したメディアですし、試合結果と連動したニュース性のある広告には適しているでしょう。ただ、ネットを含めてこれだけ情報が氾濫(はんらん)している中では、適切なタイミングと新しいアプローチ方法でメッセージを届けないと振り向いてはもらえません。それぞれのメディアの役割を超えて、いかに一体的なメディア戦略ができるかが重要です。
また、FIFAワールドカップ出場記念の「世界を驚かす覚悟がある」Tシャツもひとつのメディアですし、読売巨人軍の選手のフィギュアも、コレクター魂を揺さぶるメディアです。ファンの人たちの記憶に残る、あるいは興味をもってもらえる表現の可能性については、従来のメディアの枠にとらわれずに考えていきたいと思います。
――ブランドマネジャーとして大切に思われているのはどのようなことですか。
もっとも大切なことは、「価値連鎖反応」をきちっと作りあげることです。ブランドのアクティビティーは我々の部署だけではつくれません。ブランドにかかわるあらゆる社員やショップスタッフに、ビジョン、目的、戦略を浸透させ、ブランド価値を高める連鎖をつくることが重要です。そのためには、強いリーダーシップが必要ですし、ブランドに対する愛情、情熱がなくてはなりません。
我々がやっていかなくてはならないのは、「アディダス」ブランドが常に新しい価値、新しい表現方法を消費者に提供することです。その継続性がブランドを常に「ライブ」なものにすると考えます。