地球上の様々な生物が、本来の住みかで存在できる自然環境をいかに保全していくか。この課題に高い意欲で取り組む企業を会員とする「企業と生物多様性イニシアティブ」(JBIB)が2008年4月に発足した。当初14社だった参加企業は現在25社を数え、生物多様性の保全および生物資源の持続可能な利用について、研究を進めている。事務局長をつとめる、レスポンスアビリティ 代表取締役の足立直樹氏に話を聞いた。
取り組まなければ、企業の存続にかかわる
──企業活動と生物多様性のかかわりについて、聞かせてください。
生物資源を活用しつつ、生態系の喪失を防ぐ取り組みは、食品メーカーや製紙会社など、生物資源を原料とする企業の課題ととらえられていました。しかし、それ以外の産業にも密接な関係があります。どんな企業も工場や社屋を持ち、その建設には生態系の破壊がともないます。また、化学物質を扱う産業は、その排水が法的基準をクリアしていたとしても、例えば水温が少し高いだけで、生態系に何らかの影響を及ぼすことになります。もっと身近なところで言えば、会社で働く個人は、紙や水を使い、樹木が生成する空気を吸って活動しています。いかなる産業も生物多様性に依存しているのです。
──いま、生物多様性の保全が注目されている理由とは。
企業の存続自体にかかわる問題だからです。保全に配慮していなければ、
●商品の供給が断たれる(原料の供給が止まった時など)
●環境に関する法的規制により操業許可が下りない、あるいは罰金を課せられる
●ブランドイメージが悪化する
●消費者が商品を買ってくれなくなる
●金融機関からの格付けが下がり、融資や投資を得にくくなる
といった可能性が、これからの時代はますます増えてくると思います。
──海外に工場を持つ日本企業も多く、国際的な流れを見ながら取り組んでいく必要がありますね。
そうです。例えば、日本で使用する木材は8割が海外からの輸入品です。この調達において、自社管理だけでなく、サプライチェーンを上流までさかのぼり、生物多様性に悪影響を及ぼしている木材は輸入しない姿勢が大切です。事業のアウトソーシング化を進めるブランドが増える中、サプライチェーンでの配慮が一層求められてくるでしょう。
──国立環境研究所で熱帯林の研究に従事され、マレーシア森林研究所に3年間勤務されたそうですが、やはり、生物多様性の喪失を強く実感しましたか?
はい。マレーシアは、今から100年前は、国土のほとんどが熱帯林で覆われていましたが、80年代から農薬と化学肥料を使って植物油の原料であるオイルパームのプランテーションが急速に拡大し、多くの森林が失われました。一時期日本で「植物油は地球にやさしい」と宣伝する商品を見かけましたが、「どこが?」という感じでしたね。メーカーが正しい認識を持っていない、きちんと伝えなければ、と思いました。
独自の指標を開発し、実業での保全を推奨
──日本企業の環境対策の現状は。
日本の企業は、植林活動や里山保全など、社会貢献的な活動に熱心なわりに、事業そのものが生態系に及ぼす影響について把握していないケースがままあります。JBIBでは、製品やサービスと生物多様性がどう結びついているかを可視化する「関係性マップ」を開発し、さらに、課題の優先順位の明確化、社内や取引先の啓発、大学研究者やNGOとの連携など、会員企業から集めた様々な成果を発信しています。来年は名古屋でCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が開かれますが、日本の企業には、実績を重ねたうえで、国際的なルール作りの場にもどんどん参加し、意見を述べていってほしいと思います。
関係性マップ 再生デジタル複合機(左)と、食品業(右)の例
※上の資料は、企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)R&D部会が作成。進捗(しんちょく)報告用に各社担当者が作成した暫定的な例であり、掲載企業としての公的な見解を表明するものではありません。
※無断転載を禁止します。
企業の「志」をファクトで見せる
──具体的な企業の取り組みは。
例えば積水ハウスは、日本の風土に適した在来種の庭木を住宅やマンションの敷地に植えることで鳥や虫が生息できる生態系を復活させ、全国の植木屋さんに新しいビジネスを提供しています。また、建築資材として用いる木材にも厳しい調達基準をもうけ、きちんと森林管理をしているサプライヤーとネットワークを築いています。海外では、FSC認証(適正に管理された森林の木材を使用していることの証し)の紙しか使用しないドイツの出版社や、開発した土地と同じ面積の保全を行うアメリカのスーパーマーケットなどがあります。後者のいわゆる「生物多様性オフセット」は、鉱山開発や石油開発など、エネルギー系企業の多くも着手しています。
──消費者ができることとは。
消費者には、商品が生産されるまでにどういう道筋を経てきたのか、経済活動が生態系の破壊にどう関係しているかということを、もっと意識してほしい。ただし、そうは言ってもそのプロセスを実際に知ることは難しいと思うので、認証システムに注目するとよいでしょう。具体的には、生物多様性に配慮している商品、例えば、FSC認証マークがついた紙や、レインフォレスト・アライアンスの認証マークがついたコーヒー豆などを買うことで、責任ある企業を応援してほしいと思います。ちょっと高くても、持続的に良質な商品を供給してもらうためだと理解してほしいですね。そして、そういったことを広く伝え、消費者の意識を高めていく役目を新聞に期待しています。
レスポンスアビリティ 代表取締役
東京大学理学部卒、同大学院修了、理学博士。1995年から2002年、国立環境研究所で東南アジアの環境科学の研究に従事。2002年に独立後は、持続可能な社会が構築されることを目指して、多くの先進企業の環境経営やCSRのコンサルティングを行う。アジア各国におけるCSRの状況に詳しく、地域社会と地球環境の持続可能性を高める企業経営の推進を支援している。