「経健地消費」を基準に「生=活」を求める消費者
生活者の消費行動には、どのような基準があるのか。また、企業はそれにどう応えればよいのか。マーケティングの視点から「消費基準」の変遷について研究を続ける東北芸術工科大学大学院仙台スクール教授・企画構想学科教授の平林千春氏に、バブル崩壊当時の『広告月報』インタビュー(1993年4月号『リーズナブルが最大の消費基準になった』)を振り返りながら、聞いた。
――100年に1度とも言われる世界的経済不況によって、消費基準や消費動向はどう変化しましたか。
マネー資本主義が行き過ぎた結果、実際の実力やキャパシティーよりも大きなことができるのではないか、という幻想や誤解を、企業や一部の消費者は抱いてしまいました。私は、企業も消費者も、自分たちの身の丈に合った「最適サイズ」のビジネスの枠組みや生活を再構築するいい機会だと見ています。実際、1990年代のバブル崩壊や今回の金融破たんを経験して、消費者は学習し、賢くなっています。
『広告月報』
1993年4月号
質:自分なりの質的完成度を求める
実:どれくらいの実用的、実質的価値があるか
柔:フレキシブルな選択性の保証
健:心と体の健やかさは最低基準に
(『広告月報』1993年4月号より引用)
人間の消費生活は、「生」と「活」という、二つの「いきる」から成り立っています。「生」は文字通り「生きるための条件」で、現代の日本ではほぼ確立されています。「生」が満たされると、人々が求める対象は、より欲望を満たすようなもの、つまり「活」へと向かっていきます。食ならば「栄養がある、健康にいい」から「おいしい」とか「高価なもの」へ、住なら「住めればいい」から「自分らしい個性を出す」へといった具合です。それが膨らんでくると「活>生」の状況になる。しかし、バブル崩壊後も今回もそうですが、もう一度「生」の基盤を見直さなければならなくなります。
バブル崩壊の後には、価格面の見直しや生活のスリム化といった動きがありました。今回はそれに加え、自分にとって本当に必要なものが何かを、消費者が改めて考えるようになってきています。さらに、不況になる前から「環境」「健康」という「生」をとらえ直す二つのニーズが台頭してきています。「環境」は、私たちが生きる基盤である地球環境を守り、サステナブルな生き方を探ろう、とする考え方。「健康」は飽食化に任せメタボリックシンドロームが蔓延(まんえん)してしまったことを省み、食生活に気を配って運動を心がけよう、という考え方です。
93年4月、私は『広告月報』に寄稿し、景気後退によって消費者は「同じ価値なら、より”ご利益”がある方を選ぶ」と分析しました。「ご利益」とはユーザーベネフィットのことで、消費者が商品に期待する効果を指します。価格と「ご利益」を見る目はさらに厳しくなり、今回はさらに、健康面や地球環境も消費基準の重要な選択肢になってきています。言葉にするならば、経(済)、健(康)、地(球)のバランスを考える「経健地(けいけんち)消費」です。「経健地」の三つの条件を満たした上で、自分が快適だったり自分を表現できたりするという「個の実現」への欲求は、ますます高まっています。そういう意味では、今は「生=活」のときを迎え、「生」と「活」をバランスよく求める消費者の動きが顕在化してきていると言えます。
経:自分なりの経済効果(ご利益)
健:心と体の健やかさ
地:地球環境への配慮
個の実現をベースにサステナブルな市場を
――現在の景気低迷に対し、企業が取り組むべき課題は。
「派遣切り」が問題になっていますが、目先のことだけでなく、企業組織はどうあるべきかなど、もっと本質的な部分を見直し、フレキシブルに対応する必要があるでしょう。消費の再生については、一企業の課題ではなく、産業構造全体をサステナブルな態勢として再編成する方向に向かわない限り、難しいのではないかと考えます。
商品やサービスについては、もう少し生活者視点に立つべきです。「環境にやさしい」を売り文句にする商品がどんどん開発されていますが、消費者は「自分にとっての最適サイズ」や「個の実現」を大切にするのですから、いくら環境によくても、経済的に無理をしてまでエコ家電やハイブリッドカーを買うかというと、やや疑問です。公的な補助金や助成金が話題ですが、腰が引けている消費者の後押しになるのか。定額給付金もそうですが、一時的な「空気入れ」にしかならないだろうと、私は考えます。
個の実現へのニーズはさらに強まっているので、そのニーズを満たすようなマーケティングの刺激があると、消費者は受け入れると思います。昨年、携帯型で電源が不要な自然気化式の加湿器「ちょこっとオアシス」(ミクニ)や、疲れた目を蒸気で温める「蒸気でホットアイマスク」(花王)、温かい上にアウターに響かないユニクロのアンダーウエア「ヒートテック」といった商品がヒットしましたが、いずれも「消費者それぞれの快適性」を追求したものでした。今後はさらに、社会性を持った上での快適性、というような、新たな価値づくりが求められるのではないでしょうか。
(ミクニ)
(花王)
(ユニクロ)
――今後、マーケターやメディアが向かうべき方向性は。
全国規模やグローバルな市場拡大の動きは加速する一方ですが、生活者が適応できる最適サイズは、実際に暮らしている地域社会と言えます。サステナブルなマーケットを形成するには、地域ごとの経済の自立が重要になってきます。地域活性化についても生活者視点に立って、もう一度考えてみる必要があるでしょう。
幸い、日本には高度成長で蓄積した膨大(ぼうだい)な「資源」があります。農業技術もそのひとつ。たとえば、都会の人に田畑を貸して、月に3日間ほどその地域に来てもらい、自分の食べるコメは自分で育ててもらう。最適サイズで個人の自己実現につながり、さらに地球にも健康にもいい。地域ごとに小さくまとまろう、ではなく、地域から外に向かってどのような提案、発信ができるかだと思うのです。それも一過性のブームではない新しいトレンドを起こすような。これからの時代は、インターネットや携帯電話の活用も必須でしょう。
もうひとつ、日本には少子高齢化の問題があり、特に地方では深刻です。少子高齢化に合わせた最適な経済規模と、その規模に合わせてマネーフローが活発化するようなマーケティング的な仕掛けが何かあるのではと考えています。
今回お話したことを振りかえると、人間が生きていく上での「本質」により近づいたように感じます。 生活者は生活者としての分を磨き、社会は生活者目線をもう一度見直す。暗いニュースが多いですが、実は、立ち止まったりものを考えたりするいい時代がきたのだと私は期待しています。
東北芸術工科大学大学院仙台スクール教授・企画構想学科教授
法政大学社会学部中退。雑誌編集長、フリージャーナリスト経て、1978年コミュニケーションシステム研究所を設立。
プランナー・マーケターとして数々の企業コミュニケーション、商品開発、新事業開発、都市開発などのプロジェクトにかかわる。
現在、イノベーショナルマーケティング研究会主宰、日本広告学会、フードサービス学会会員、日本消費者行動研究学会会員など。
近著に『「一人勝ち」マーケットを狙え!』など。