日本においてCSRの概念は広く浸透したものの、グローバルな潮流に十分に対応できておらず、その取り組みに問題や課題を抱える企業も多い。欧州のCSRの潮流を踏まえて、どう取り組んでいく必要があるのか。日本総合研究所主席研究員の足達英一郎氏に、欧州のCSR事情などについて聞いた。
もはや世界的議題サミット宣言にも
── 欧州において、CSRはどのような考えのもとに生まれ、進められているのでしょうか。
もともと欧州では、市場を企業に任せておけば、予定調和的に世の中すべてうまくいくのか、うまくいかないときに発生する社会的問題をすべて政府が解決できるのかといった問題提起が、市民や政府関係者から起きていました。
さらにその問題提起に、企業側からも賛同するところが出てきました。そして、企業はなんらかの規律を持って自らの行動を律せねばならない、そのひとつの手がかりが「社会の利益を考えること」である。そして、ときには、政府セクターが担ってきた役割をも含むべきだ、という考え方が形成されていきます。こうした考え方をCSRとして打ち立てた1995年が、CSR誕生の年と位置づけられているのです。
欧州委員会による全欧CSR委員会が2008年10月、フランスで開かれ、未曽有の金融危機について議論されました。米国のサブプライムローンに端を発したマネーゲームが引き起こした金融危機ですが、つきつめれば、短期的な利益をどう生み出すかという市場や企業の論理が極端に行き過ぎた結果だった、ということです。日本では「CSR=法令順守」と理解され、食品の賞味期限切れなどが取りざたされていますが、欧州においては、行き過ぎた市場の短期主義に対する真剣かつ真しん摯しな反省が議論されているのです。CSR誕生から10年以上がたった今、欧州ではその原点に立ち返って進めていこう、という動きになっている。そんな印象を持っています。
── 具体的な動向は。
2007年6月、ドイツのハイリゲンダムであったサミット(G8)では、CSRが重要な議題となり、サミット宣言にも、グローバル化が生み出した陰の部分についてはあらゆるプレーヤーが取り組まないと解決できない、との趣旨が盛り込まれました。アフリカ中心の貧困問題も、これまではODAに代表されるように、政府間援助でなんとかしようとしていましたが、それでは解決できないとわかってしまった。宣言では、政府と民間が協定や約束事で協力することを、G8各国が「支持する」としています。宣言では「国連グローバルコンパクト」にも言及しています。
国連は政府間の国際機構なのに、政府を通さずに民間企業に呼びかけている。政府の力だけでは社会的問題が解決しないという一つの証しです。また、このサミットでは、経済協力開発機構(OECD)加盟国と支持する諸国で事業を行う多国籍企業の行動指針を定めた「OECD多国籍企業ガイドライン」も大きく掲げられました。 実は、北海道洞爺湖サミットの議長宣言の中にも、CSRについてハイリゲンダムの決議を尊重し、より積極的に進めていく、というフレーズがありました。しかし、日本では温暖化に関することばかりが注目され、ほとんど報道すらされなかった。こうした状況一つを見ても、欧州との温度差を感じざるをえません。
欧州とのギャップを埋めるのが「宿題」
── 欧州の考え方や動きと、日本でのCSRの認識や取り組みにギャップを感じるのですが。
欧州とのギャップは非常に心配です。日本では2003年、CSRが入ってきてブームになりました。それから5年たった今、「お客様第一主義や従業員を大切にすることは、昔からやっていたじゃないか」と、自分たちなりに咀嚼(そしゃく)し、解釈してしまった。折しも企業不祥事が頻発し、「CSR=法令順守」のところで自らの進歩を止めてしまった感があります。
ところが、欧州に目を転じてみると、「OECD多国籍企業ガイドラインを守っている企業に投資してください」「守っていない企業からは投資を引き上げてください」と、先進国が自ら世界の投資家に呼びかけています。また、世界の84のNGOも「OECDウォッチ」というサイトを立ち上げ、多国籍企業の行動をチェックしている。こうした世界的な動きの中で、日本企業は気づかないところで批判を受けてしまっているケースが少なくないのです。
社会的責任を定めたISO26000の策定作業が進んでいます。「community involvement and development」がその項目のうちの一つです。どう訳すか議論はありますが、要するに、途上国が抱える教育や衛生といった諸問題に、組織や企業はしっかりと向き合い、コミュニティーにかかわって活動していくことが望ましい、ということ。それを聞くと日本の多くの企業は「政府が取り組むような問題で、企業がそこまでしなければいけないのか?」という反応をします。この反応一つを見ても、世界の潮流、感覚とは、かなりギャップがあります。そこをどう埋めていくかが、日本が抱える最大の宿題だと考えています。
日本総合研究所 主席研究員
一橋大学経済学部卒業後、日本総合研究所入社。経営戦略研究部、技術研究部を経て、現在、ESGリサーチセンター長。主な著作(共著)に『CSR経営とSRI―― 企業の社会的責任とその評価軸』 (金融財政事情研究会 、2004年)、『会社員のためのCSR入門』(第一法規、2008年)など。