「おしゃべり」が担うコミュニケーションがヒットのカギ

 原油高による物価高騰が進み、米国のサブプライムローン問題を契機に株価が暴落するなど、経済不安が増した2008年。消費の冷え込みが伝えられる中、どのような消費トレンドとヒットがあったのか。電通総研消費者研究センター 消費の未来研究部長、四元正弘氏に聞いた。

不況の影響で「守る」消費に

四元正弘氏 四元正弘氏

── 2008年、ヒット商品の傾向は。

 物価上昇、食の不安、また、個人情報の保護などから、ここ数年ないほど「守る」という消費者意識がより強まりました。結果、「生活防衛的」な商品がヒットしたと見ています。

 「財布を守る」ということでは、格安パソコン、H&Mの上陸、プライベートブランドなど、価格を安く抑えたものがヒットしました。「地球を守る」意識が高まり、エコバッグ、蛍光灯などの「エコ替え」も流行しました。

「食を守る」に関しては、価格を抑えることとは逆方向にはなりますが、より安全な食を求めて国産志向が高まりました。一方で、中国ギョーザの事件を受け、手作りギョーザ器がプチヒットするなど「手作りもの」も売れました。

 こうした生活防衛的な商品に加え、ここ数年ヒットのカギを握ってきた「その商品ならではのおもしろさ」という付加価値が支持された商品も少なくありません。五つのキーワードで整理してみました。

 一つ目は「アンビバレント」(両義的・両価的)。水と油のように相反する要素が、商品としていい感じにバランスがとれている、そんな魅力です。たとえば「黒人演歌歌手」は、演歌歌手というこれまでの世界観と、それとはかけ離れた黒人との取り合わせが非常におもしろかった。曲がいいという前提はありますが、まさにアンビバレントな魅力が支持されたのだと思います。

 二つ目は「癖になる五感訴求」です。iphoneに代表される、触るインターフェースがヒットしましたが、ただボタンを押すだけでなく、画面を触るのが楽しく、触覚を伴うことでちょっと癖になる操作感があります。香りが強調された洗剤も売れましたが、これは嗅覚(きゅうかく)に訴えた商品です。

 三つ目は「ニューDIY」で、消費者が参加することで楽しめる商品です。「ニコニコ動画」は、アップされている動画にコメントをつけることで、その動画がさらにおもしろくなっていく点が支持されています。

 四つ目は「自分探され」。一時期流行した「自分探し」の、いわば受け身版です。血液型別の『自分の説明書シリーズ』(文芸社)が売れましたが、「あなたはこの血液型だからこういう人なんですよ」と、いわば「探されちゃってる」ことによって、自分ってそうなんだと少し落ち着く。自分探しは難しいので、探されることで納得できるものが受けたのでしょう。

 最後は「うちブーム」。色々な入浴剤やプレミアムアイスクリームなど、自宅で過ごす時間の価値を高める商品もヒットしました。

── 今年のトレンドやヒットを一言で言うと?

 「不易流行消費」です。「不易流行」とは松尾芭蕉の言葉で、「不易」は「基本を大切にする」の意で、「価格が安いほうがいい」「安心、安全なものがほしい」という生活防衛的な消費志向は、言ってみれば消費者が求める基本中の基本です。

 これまでも基本を忘れていたわけではありませんが、改めて基本が大切だということに気がついた年だったように思います。とはいえ、それだけでは生活に変化がないので、新しいトレンドや付加価値のある商品も取り入れていく。この「不易」と「流行」という、相反する要素をはっきりと両立させるようになった。そんな消費トレンドだったと見ています。

人にしゃべりたくなるコミュニケーション

── ヒットを生み出すコミュニケーションの秘策は。

 マーケティングで重要とされるマッカーシーの4P(プロダクツ、プライス、プレース、プロモーション)がありますが、今の時代、五つ目の「P」が必要と考えます。

 それは「プラットル(prattle)」で、「おしゃべり」という意味。その商品についていかに消費者がおしゃべりしてくれるかがヒットのカギを握っています。企業は、おしゃべりしてもらうようなコミュニケーションを仕掛けていく必要があるでしょう。

 先ほどお話しした付加価値の五つの要素は、人に話したくなる要素でもあるので、商品だけでなくコミュニケーションについても重要ということになりますね。

── 新聞広告に期待できる特性は。

 人におしゃべりしたくなる条件は「自分だけが知っている」という感覚です。テレビなどで一斉に情報を出してしまうと、情報差が作れません。情報を少しずつ見せていくティザー広告で消費者の興味を引き、マス広告で答えを出していくのが、もっとも注目される仕掛けだと思います。

 新聞広告は関心のある人が読むので、おもしろいことがちょっと書いてあれば、それが消費者のおしゃべりのネタになるのではないでしょうか。マスメディアでありながら、使い方によっては、消費者を巻き込み、ヒットを生み出すコミュニケーションができる可能性を持っていると考えています。

四元正弘(よつもと・まさひろ)

電通総研消費者研究センター 消費の未来研究部長

1960年神奈川県生まれ。消費者意識・動向変化、地方活性化、情報化社会・メディア産業論などに関するエキスパート。主な著書(共著)に『出版ルネサンス』(長崎出版)など。