多くの企業が環境への取り組みをCSRの一環として進めるようになった。企業の環境リポートやCSRリポートの制作を数多く手がけるクレアン 代表取締役の薗田綾子氏に、企業の環境コミュニケーションの動向などをうかがった。
必要なのは行動に移せる情報
── 環境に関する業務に取り組んだ経緯などをお聞かせください。
「女性がいきいきと活躍できる社会をつくりたい」という思いで起業し、女性向け雑誌や商品のマーケティングや企画開発をしてきましたが、もう少し社会に貢献できる魅力的なテーマがないかと探していました。そのとき出会ったのが「環境」でした。1992年にブラジルのリオデジャネイロで「環境と開発に関する国連会議」(通称・環境サミット)が開かれたことで環境分野が注目され、たくさんの報道もされました。そんな中で環境を勉強してみると、とても大事なテーマなのに情報がきちんと発信されていないな、と感じたのです。
自分たちがどういうふうに携わっていけるのかを模索する中、子ども向けに『地球は今』という本を作ったり、97年から「エコロジーシンフォニー」というサイトを始めたりするなど、環境に関する情報発信を始めました。気をつけているのは、知識の押し付けではなく、実際の行動に移せるような情報を提供することです。あれもこれもと盛りだくさんにすると、受け取る側は混乱します。情報を手にした人が、行動に移すために「判断できる情報」でなくてはならない。「インフォメーション」ではなく「インテリジェンス」の情報が必要だと考えます。
── 企業の環境報告書やCSRリポートを多く手がけられています。
年間50件ほどをプロデュースし、これまでにのべ約300社のリポートを担当しました。きっかけは2000年に制作した松下電器の環境リポートが、この年始まった環境レポート大賞の「環境庁長官賞」を受賞したこと。その後、国際的なサステナビリティ・リポーティングのガイドライン作りを手がける「グローバル・リポーティング・イニシアチブ(GRI)」と連携し、GRIのガイドラインに沿ったリポート作りを推進しています。2002年にはNPO法人「GRI日本フォーラム」の設立をお手伝いし、その後、「サステナビリティ日本フォーラム」と改名、企業、各NPO、NGO、有識者と、様々な立場の人が集まって、「2020年を考える会」などの勉強会を行っています。
環境の「パンフレット」はできていないことや都合の悪いことは書かなくても構わないのに対し、「リポート」はガイドラインにきちんと則して、まだ達成できていない目標や、ネガティブな情報も開示する必要があります。また、ガイドラインにもありますが、10年後、20年後にどうなっているかの「ビジョン」と、それを実現するための「戦略」を明らかにしなければなりません。
そもそも環境リポートは、アカウンタビリティー、つまり、説明責任から始まっているので、開示しなければならない情報やデータがたくさんあります。消費者、社員、株主、取引先など、あらゆるステークホルダーに対してわかりやすく、読みやすくというのは、なかなか難しい。誰もがおいしいと思う料理はとても作りにくいのと同じです。コミュニケーションという意味では、同じ素材を使っても、読む人によって味付けを変えていかなければならない部分もあると思います。
── CSRと環境への取り組みの関係性は。
CSRという大きな傘の下にあるいろいろな要素のひとつが環境ということになりますが、そもそもが環境リポートからスタートしたものに、経済性と社会性といった要素が加わってCSRリポートになっていった経緯があります。そういう意味では、環境はCSRの中でも重要な要素と言えます。
CSRは通常「企業の社会的責任」と訳されますが、私たちは「R」のresponsibilityを「信頼」と訳しましょうとお話ししています。責任というと必要最低限のことをしていればいい、ということになりますが、お客様との信頼関係を培うには、最低限のことだけやっていても実現できません。企業としての姿勢や、取り組みをいかに積み重ねているか、ということが大事になってきます。
CSRを推し進めるときも、多くの企業が「法令の順守、適正な利益確保、リスク管理」といった最低限のニーズから、「社会への対応」「社会的使命感」といったより戦略的なステージに進んでいく場合が多いのです。ですが、私たちはむしろ、最終目標ともいえる「企業が何のために存在しているのか」「社会にとってどのような役割を果たさなければならないのか」といった大上段の部分から推し進めましょうとアドバイスしています。CSRの推進体制やマネジメントシステムを構築する一方で、自社の存在価値や意義を見直し、よりよい未来社会の実現に向けた活動を続けることができれば、結果的に、企業価値の向上やブランディングにつながり、さらに経営リスクも減らすことができる。このことは、「CSR」を「環境」に置き換えても同じことが言えると思います。
クレアンでは、国際NGOナチュラル・ステップの提唱する「バックキャスティング」が、サステナブルな社会の実現には有効だと考えている。環境問題を長期的な視点に立って「あるべき未来」を描き、そこから行うべき対策を考えていくという概念。「今できること」から考える「フォーキャスティング」では、最終目標が明確でなく、費用や時間、労力が無駄にもなりかねない
次世代の子どもたちが幸せに暮らせる未来を
── 「サステナブル」「サステナビリティー」という言葉が広く使われるようになりました。
「持続可能性」などと訳されますが、わかりづらいので、私たちは「次の世代の子どもたちのために」という表現をしています。自分の子どもや孫のためにと考えればひとごとではなくなるし、残すのはお金ではなく、安心で安全に暮らせる世界だと気付くことができると思うのです。企業の方々ともそんな話をしながら、企業活動と利益を次世代においても持続可能にするためにはどうすればいいか、という視点でお話をしています。その際、企業にとって最も重要なこと、さらに言うと、持続可能な社会のために必要なことは何かを考え、社会にインパクトを与えることから優先的に取り組んでいくことを助言します。企業にとっての最重要課題を専門用語で「マテリアリティー」と言いますが、今後の環境コミュニケーションにおいて、マテリアリティーの考え方は非常に重要になってくるでしょう。
── 環境への取り組みにおいて、新聞に期待できる機能や役割は。
環境危機の現状を伝えることも大切ですが、その状況を変えるためにどうしたらいいのかといった情報ももっと発信してほしいですね。新聞をはじめとするマスコミが「こうしてほしいから、こういう情報を流す」というのは、あまり好ましくない面がありますが、こと環境問題に関しては、発信する側がある種の意図を持って情報提供することもときには必要であると思います。そうした情報を受け取るうちに読者の中に判断材料が増えていき、結果、行動に移すことができるようになるのでは。
日本でも4月から京都議定書の最初の約束期間が始まりました。日本がCO2の削減量を6パーセントから、さらに増えて12パーセント減らさなければいけなくなっている一方、欧州連合(EU)では環境税や排出量取引といった対策を早々と導入し、英国ではすでに約15パーセントの削減を実現しています。京都議定書に参加していない米国もここ2~3年で環境問題への取り組みは大きく進みました。このままだと日本はあっという間においていかれます。世界の動きを日本の人たちはもっと知るべきです。それをわかりやすく、さらに意志をもって伝えていくことが、新聞に求められる役割だと期待しています。
クレアン 代表取締役
1988年、クレアンを設立。現在、サステナブルな社会実現をミッションとし、企業が果たす役割(CSR)に関連するサービスを提供している。大和証券グループ本社、住友林業、味の素などのべ約300社のCSRコンサルティングやCSR報告書の企画制作を提供。NPO法人サステナビリティ日本フォーラム事務局長、NPO法人社会的責任フォーラム理事などを務める