ニーズが高まる教育界のブランディング

 博報堂は2002年、大学や学習塾のコミュニケーション戦略をサポートする「教育プロジェクト」を発足。マーケティングのノウハウを生かし、ブランディングに貢献している。教育プロジェクト・リーダーの武田洋幸氏にうかがった。

大学と社会との関係性を再構築する

武田洋幸氏 武田洋幸氏

── 教育プロジェクトの概要は。

 主眼は、大学と社会との「関係性の再構築」です。現状を見渡すと、対外的なアピールに長(た)けている大学は必ずしも多くはありません。広告を始め、イベント、オープンキャンパスなど「全学統合コミュニケーション戦略」を立案し実施することにより、ブランディングと学生募集広報、両方の成功を目指しています。

── 今の教育を取り巻く環境をどう見ますか。

 そもそも教育とは、世の中に貢献できる人材の育成、国づくりの基礎を担うべきものですが、この基本目的が円滑に達成されにくい現状があります。最も憂えているのは、人と人との関係性の希薄化、共同体の脆弱(ぜいじゃく)化です。戦後の日本を覆った「個の偏重」「公の軽視」の風潮に起因するものと考えますが、課題は、社会との関係性の中で個人の価値が生まれるという認識を、大人たちが改めて持つこと。そして、子、親、教師、学校職員、社会全般、すべての関係性を強めることだと認識しています。

── 大学のブランディングのニーズの高まりについて。

 2004年に「国立大学法人」が発足、同時期に大学の格付け評価が始まり、国立・私立ともに数年先までの中期計画を一般に公開しなければならなくなりました。これを契機に、大学のミッションステートメントの明確化や、情報の透明性を求める声が高まり、ブランディングやコミュニケーション活動も活発化しています。ただ、大学間、大学の中でも部局によって熱意の差が見られ、啓発の必要性を感じています。

── 大学ブランディングに対する考え方は。

博報堂 教育プロジェクトのパンフレット。大学をはじめとする教育界の「経営課題」の解決を目指し、市場調査・ターゲット研究をはじめ、多岐にわたるブランディ ング活動の立案と実施を、全国エ リアでサポートしている 博報堂 教育プロジェクトのパンフレット。大学をはじめとする教育界の「経営課題」の解決を目指し、市場調査・ターゲット研究をはじめ、多岐にわたるブランディ ング活動の立案と実施を、全国エ リアでサポートしている

 教育プロジェクトでは、「大学の存在価値を明確に規定し、それを広範なステークホルダー層に対して約束し、実行し、検証する一連のサイクル活動」をブランディングの定義とし、その目的を「良質の人材と資金を永続的に確保し、大学としての社会的使命を果たす」としています。これを成功させるには、

(1)全学が一丸となってブランディングの重要性を認識する

(2)戦略企画チームをトップ直下に設置する

(3)大学人としての自覚と使命感を持った人が牽引(けんいん)する

(4)コンセプトを明快に打ち立て、武田洋幸氏ニーズが高まる教育界のブランディング博報堂効果的に可視化する

(5)ミッションステートメントを規定する

(6)ワークショップを通じて学内の理解促進をはかる

などのポイントがありますが、特に最初の2項が重要で、トップ以下全学が一丸となって着手できるかどうかが成功のカギといえます。

社会に求められる新聞での意思表示

── 学習塾のブランディングやコミュニケーション活動について。

 学習塾は、エリアにおける生徒募集にその目的が特化される傾向が強く、大学に比べると手法はシンプルですが、個性や存在価値を明確化させるブランディングの重要性は同じく高まっています。

── 教育について新聞が持つ機能や役割をどのように考えますか。

 客観性、速報性、広域性、記録性のほか、全体をマクロに見渡す広い視野、ミクロに追求する細かな視点を併せ持っているのが新聞です。全学コンセプトのパブリックな宣言媒体として利用価値が高く、学内外への波及効果も大きい。ブランディングに成功している大学は、新聞広告を上手に活用しています。また、広範なステークホルダー層に対し、大学の現状、ビジョンを明快に示し、正しい理解を得ることもできる。学生募集の観点からは、受験生に限らず、大人たちに対して訴求力があります。特に、教師や受験生の親は熱心な新聞読者であり、大卒比率も高い。そのぶん現役時代の大学イメージが残存しており、塾に関しても新興勢力の実力を知らない人が多い。そうした過去のイメージと現在の教育現場の実態とのギャップを払拭(ふっしょく)するうえでも、新聞が寄与するところは大きいと思います。

── 今後新聞に期待することは。

  記事面では、教育現場の問題点を指摘するだけでなく、解決への兆しやヒントを探り、伝えていただきたいですね。新聞広告は、

(1)広告の質と量を確保する

(2)メディアミックスの全体計画の中で効果と効率の最大化をはかる

(3)効果測定の仕組みを充実させ、費用対効果の妥当性を検証する

(4)表現技術のプロを積極的に活用する

 以上のような取り組みに期待しています。ある大学が朝日新聞に15段広告を打ち出したことに対し「いいこと」と答えた人が8割に上った調査結果もあり、新聞を使った大学の意思表示が社会的に求められてきていると感じています。

── 活動の成果、手ごたえは。

 募集実績が上がった事例のほか、「文部科学省の大学に対する評価、好感度が上がった」「卒業生に好評だった」との声をよく聞きます。

── 大学へのご提言は。

 ブランディングの際、しばしばブレーキになるのは「広告費よりも研究費」という教員や研究者の意見です。しかし、今は昔のように護送船団式の教育環境ではなく、大学の存在価値を社会と共有してこそ適切な教育環境が担保される。しかも、広告で宣言した以上、実態がともなわないわけにはいかなくなります。すべての大学がブランディングに着手すれば、大学の質は高まる。ひいては日本全体が良くなる。大げさではなく、そう信じています。