時代の一歩先へ “エモーショナルテクノロジー”で 次の100年を面白く

 「グランドセイコー」「アストロン」など数々の腕時計ブランドを有するウオッチ事業、電子デバイスやITを駆使したシステム機器を提供する電子部品事業などを展開するセイコーホールディングス。今後注力していきたい取り組みなどについて、代表取締役会長兼グループCEOであり、セイコーウオッチ代表取締役社長の服部真二さんに聞いた。

 

服部真二氏 服部真二氏

──今年、国産初の腕時計「ローレル」の発売から100周年を迎えました。100年を支えてきたウオッチ事業の強みとは。

 ウオッチ事業の過去100年間は革新の連続でした。その強みとは、匠(たくみ)の技と先進技術の融合です。匠の技とは、機械ではできないぜんまいの微調整、極薄型機械式ムーブメントの組み立て、繊細で優美な彫金など、職人たちによる手仕事です。
  先進技術とは、たとえば1969年に発売した世界初のクオーツ式腕時計「クオーツアストロン」は、クオーツ式の心臓部である水晶振動子の小型化と、間欠運針のステッピングモータを採用することによって省電力化を実現しました。

 また当社は、時計製造で培った技術を生かして半導体の製造なども行っており、様々な電子部品が携帯電話やデジタル家電など幅広い分野で活用されています。こうした電子部品事業の技術をウオッチ事業にフィードバックできるのも大きな強みといえます。昨年発売した世界初のGPSソーラーウオッチも、そのような中から生まれたものです。

──海外ブランド、特にスイスの時計との差別化の決め手とは。

 スイスの時計をはじめとする海外ブランドの多くは、製造工程のあらゆる部門を専門企業に外注して分担する水平分業型モデルです。それに対して当社の基本は、基幹部品の企画、開発、設計、デザイン、製造、組み立てを自社で行う垂直統合型モデルです。つまり、ムーブメントも外装も高品質な時計を自社で作り上げることのできるマニュファクチュールなのです。細部まで妥協しない日本のものづくり、それこそが差別化の決め手だと思っています。

 もう一つの決め手は、先述した匠の技と先進技術の融合です。スイスの名門時計ブランドの中には、複雑機構の機械式高級時計で成功したところが多くあります。それに対して当社は、機械式時計の複雑な仕組みとクオーツの高精度を兼ね備えた製品を実現しています。

──今後の製品展開において目指していることは。

 匠の技と先進技術、この両輪は今後も維持していきます。さらに次の100年は、“エモーショナルテクノロジー”、すなわち感性に訴える遊び心のある技術に挑戦していきたいと考えています。

──匠の技+先進技術+“エモーショナルテクノロジー”という意味で注力している製品は。

 昨年発売した世界初のソーラーGPSウオッチ「アストロン」は、2万キロメートル上空のGPS衛星からのシグナルをキャッチするアンテナの小型化と省電力化に成功。ボタン操作ひとつで地球上のあらゆる場所で今の時間を知ることができます。情報を受信し時刻を指すまで針がクルクルと回転し、見ているだけでワクワクする製品です。こうした感性に訴える製品を今後も生み出していきたい。

──インターナショナルブランドとして、どのように地位を確立していきますか。

 「グランドセイコー」と「アストロン」、この2ブランドをインターナショナルブランドと位置づけ、コミュニケーションに力を入れていきます。その際、国によって届くメッセージが違うことに留意しなければいけません。米国では、機能面の革新性やエモーショナルな要素に反応が大きく、そういう意味では「アストロン」との相性がいい。欧州の人たちは、装着感や見た目の美しさに敏感ですから、実用時計の最高峰を目指した「グランドセイコー」が受け入れられやすい。

> > もちろんどの国でも2つのブランドが支持されるように息の長いブランディングを行っていく必要があります。特に「アストロン」は、ビジネスマンやトラベラーの世界標準ブランドに育てていきたい。いずれ追随商品が出てくると思いますが、革新を続けることによってステータスを維持していきたいと思います。

──今後の課題は。

 若年層のファンの拡大です。その一環として、大リーグで活躍するダルビッシュ有選手を広告キャラクターに起用するなど、若者世代への訴求も始めました。すでに購買層の年齢が広がってきており、結納返しに「グランドセイコー」を購買する方などが増えているようです。

──ブランディングやイメージ戦略において大事にしているポイントは。

 先述した匠の技と先進技術はもちろんですが、スポーツと音楽も重視しています。特に音楽活動は積極的に行っていきたい。私が音楽好きだということもありますが、音楽には人と人を結びつける力や、人を勇気づける力があり、音楽を通じてポジティブで遊び心のある楽しい企業イメージが根づいていったらいいなと思います。

 なお、当社は現在、東日本大震災の被災地をサポートする「SEIKO 130 Actions」というプロジェクトを展開しています。2011年から14年までの3年間で130以上の支援プログラムを実行することを目指したプロジェクトで、昨年はチャリティーコンサートを実施。音楽は人々を勇気づけると改めて実感しました。和光のある銀座4丁目をもじって「銀座四丁目合唱団」という社内合唱団も結成し、来年も被災地でコンサートを開く予定です。

「アストロン」を愛用している 「アストロン」を愛用している

──経営信条は。

 山本五十六の名言、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」を借りて経営信条にしています。「やってみせ」ということで私にできることは、以前、商社に務めていた経験に基づく「お客様目線」の取り組みです。ハード面でもソフト面でも大切なことだと考えています。「言って聞かせて、させてみて」は、長野にある工場にたびたび足を運び、「この商品がなぜ求められているのか、これからの時代にどうして必要なのか」といったことを社員に説き、「失敗してもいいので、どんどんチャレンジしてほしい」と行動を促しています。そして、成果を上げた社員にはなるべく声をかけ、感謝を述べる食事会なども開いています。

 経営者となってから、チャレンジする気持ちと自由な雰囲気での意見交換を推奨してきました。社内は確実に活気づいています。セイコーは「正確」「真面目」といった製品イメージが先行している会社です。でも見ていてください。一歩進んで、「面白い」会社になっていくと思います。

──愛読書は。

 当社の創業者、服部金太郎の人物伝『セイコー王国を築いた男 小説・服部金太郎』は繰り返し読んでいます。人との信頼関係と、「商人は、常に時代の一歩先を行け。ただし一歩でよい。何歩も進みすぎると世間と離れて予言者になってしまう。商人は予言者になってはいけない」という信念が当社を支えてきたことを再確認できる一冊です。

服部真二(はっとり・しんじ)
服部真二氏

セイコーホルディングス 代表取締役会長兼グループCEO

1953年東京都生まれ。75年慶應義塾大学卒。2001年セイコープレシジョン社長。03年セイコーウオッチ社長。07年セイコー(現セイコーホールディングス)取締役。10年同社長。12年10月から現職。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、服部真二さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.56(2013年11月26日付朝刊 東京本社版)