変わりゆくリスニング環境に対応しながら、変わらぬ理念を貫く

 スピーカー、ヘッドホン、ホームシアターシステム、業務用音響システム、自動車用オーディオシステムなど、各種音響機器の研究開発企業として知られるボーズ。「生演奏の感動を再現する」という創業者の理念を継承しながら、新しいリスニングスタイルに対応する新製品を次々と打ち出している。今年1月に社長に就任した挽野元さんに聞いた。

──ボーズの特色、強みは。

挽野元氏 挽野元氏

 ボーズは研究開発企業です。創業者のアマー・G・ボーズ氏は、マサチューセッツ工科大学の教授でした。彼はマサチューセッツ工科大学院生だった1950年代、当時最も優れたスペックのスピーカーを購入しました。ところが、そこから流れてくる音は、実際の演奏の音色とは程遠いものでした。そこで、生演奏の感動を再現するためのスピーカーの研究を開始します。研究分野は、物理学、流体力学、空気力学、さらには心理音響学や室内音響学の分野に及び、独自の研究成果として1968年に「901スピーカー」を発表。優れた音楽の再現性は称賛の的となりました。以来ボーズ社は、より良い音の実現のため、研究開発を絶え間なく続けています。

 もう一つのボーズの特色は、非上場企業であることです。上場すれば資金調達の新たな道ができるのは確かですが、中・長期的なレンジでお客様に真の価値を提供できる製品を開発し、その技術に投資するために、株主だけの意向に左右されない環境を守り続けています。

──研究開発の成果について、製品を例に紹介してください。

 スピーカー、パーソナルオーディオ、ホームシアターシステム、ヘッドホンなど様々な商品をそろえ、それぞれ時代に合わせて進化しています。例えばスピーカーは、ひと昔前は「大きいほど音がいい」とされ、レコードプレーヤーとともにリビングや書斎に固定されていました。その後CDが出てきて、さらにiPodなどの携帯型デジタルプレーヤーが誕生し、タブレット端末やスマートフォン(スマホ)にダウンロードしていつでもどこでも音楽を楽しむ人も増えています。

 そうした時代の変化を捉えた製品の一つが、今年7月に発売したばかりの「サウンドリンクミニBluetoothスピーカー」。手のひらに収まるサイズながら、臨場感あふれる本格サウンドを実現。キッチンに置いて料理をしながら、学校で友達と一緒に、仕事のプレゼンテーションにと、様々なシーンで活躍できる製品です。スマホやタブレット端末に収めた音楽を簡単な操作で聴くこともできます。10〜20代の方からも「ボーズは、本物志向のお父さん世代のブランドだと思っていたけど、こんなにクールで音のいいスピーカーも作っているんですね」という反響をたくさんいただいています。

 一方で、以前から長く愛されている小型オーディオが「ウェーブミュージックシステムⅢ」です。30代後半から40代、さらにそれ以上の年代にとって、CDは今もなじみの音源です。この製品は、パイプオルガンの原理を利用した技術を搭載、高音質でCDを聴くことができます。専用のアダプターがあれば、スマホ、タブレット端末、PCの音楽をワイヤレスで楽しめるので、最新のリスニングスタイルにも対応できます。

  また、今秋発売のノイズキャンセリング・ヘッドホン「ボーズクワイアットコンフォート20」も大変ご好評をいただいています。

──長年勤めた会社を辞め、今年1月に社長に就任しました。決断の理由は。

 前職では、コンピューター関連製品の開発やプリンティングビジネスなどのデジタル技術に携わっていました。お客様にメリットをもたらすことができる商品やソリューションを高い技術力で提供している会社だったので、仕事は面白く、やりがいもありました。ただ、大学院を出て就職してからちょうど20年が経ち、今後の20年を考えたときに、新しい挑戦をしてみるのもいいんじゃないかと思ったんです。前職での私の口ぐせは「コンフォートゾーンを外れろ」でした。その言葉通り、あえて慣れ親しんだ環境を捨て、自分に刺激を与えてみようと。また、デジタル技術を取り入れながら、創業以来のアナログ資産を大事に育んでいるボーズの企業文化にも大きな魅力を感じました。

──ボーズの社風をどのように捉えていますか。

 人を大事にする社風があって、社員が長く働ける会社です。創業者の理念を継承し、既存の顧客を大事にしている会社でもあります。一方で、私と同じように新しく入った人間もいます。個々がアイデアを出し合い、いい化学反応が起きるような場を作っていきたいと思います。

──理想の経営像は。

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 私は、トップダウン型のリーダーでも、カリスマ性を持ったリーダーでもありません。目指しているのは、Participative Leadership(参画型リーダーシップ)。あるいは、Inclusive Leadership(包括的リーダーシップ)。社員自らが考え、提案し、責任を持って行動できる「自立・自律・自走」の環境作りを進めていきたいと考えています。多少の失敗はあっても、失敗を恐れて何も行動しないよりずっといい。失敗を糧に成果を導き出せる人が増えるほど、会社は強くなり、成長できると思います。そういう環境を作っていきたいですね。

──愛読書は。

 子供時代はシャーロック・ホームズシリーズなどの推理小説や、小松左京さんのSF小説などに親しみました。今は歴史小説も読みますし、高杉良さんのビジネス小説も好きです。経営書は、三枝匡さんの『戦略プロフェッショナル─シェア逆転の変革ドラマ─』『経営パワーの危機─会社再建の変革ドラマ』『V字回復の経営─2年で会社を変えられますか─』の3作にとても影響を受けました。この「三枝3部作」の後に読んだ『「日本の経営」を創る 社員を熱くする戦略と組織』も読み応えがあり、私にとっては教科書のような存在です。

挽野 元(ひきの・はじめ)

ボーズ 代表取締役社長

1967年横浜市生まれ。92年武蔵工業大学(現・東京都市大学)大学院工学研究科修了。同年横河・ヒューレット・パッカード(現日本ヒューレット・パッカード)入社。フランス駐在、アジア・パシフィック担当などを経て2006年執行役員、11年取締役。今年1月ボーズ代表取締役社長就任。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、挽野元さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.54(2013年9月25日付朝刊 東京本社版)