軽量メガネ「エア・フレーム」、パソコン用メガネ「JINS PC」など数々のヒット商品を生み出しているジェイアイエヌ。その戦略や、経営者としての歩みなどについて、田中仁社長に聞いた。
──1988年に20代半ばで起業しました。そのモチベーションの源となったものは。
まだ若かったので、いい車に乗りたいとか、うまいモノが食べたいとか、とてもプリミティブな動機だったと思います。マズローの「欲求五段階説」で言うと、ピラミッドの最下層の欲求です(笑)。ただ、2006年に株式上場した頃は、もっと高い目標を持って、「ファッションのように着替えるメガネを提案したい」という思いで働いていました。
そもそもメガネ業界に参入したきっかけは、服飾雑貨の市場視察に訪れた韓国で、同行した友人が「韓国なら3,000円も出せばおしゃれなメガネが買える。日本なら3万円以上はするから、2本買っておこう」と言っているのを聞いたことでした。そこで、自社で企画、生産、流通、販売までを一貫して行うSPA方式を導入、メガネの低価格・高品質を実現させました。
──01年に1号店を福岡にオープン後、代官山、京都、神戸、前橋と出店。06年に上場、しかし、07年、08年と2期連続最終赤字となります。
赤字に転落しても売り上げは伸びていたので、端から見れば大したことではなかったかもしれませんが、私は非常に危機意識を持っていました。にもかかわらず、さらなる停滞を懸念して身動きできずにいたんです。そんな時、知人を介してファーストリテイリングの柳井正会長にお会いする機会を得ました。08年のクリスマスイブでした。柳井さんから「志なき企業に成長はない」と言われて目が覚め、経営を抜本的に見直そうと決意しました。
年明け、役員全員で熱海で合宿し、我が社の事業価値は何か、それを具現化するために、何が足りなくて、何が必要なのかを徹底的に議論しました。そして、事業価値を「メガネをかけるすべての人に良く見える×良く魅せるメガネを、市場最低・最適価格で、新機能・新デザインを継続的に提供する」と決めました。
これを、当時50人いた本部の社員の前で発表し、「社長も役員も本気で今の悪い状態を変えようと思っている。あなたも本気で取り組めますか?」と、一人ひとりに覚悟を迫りました。その自信がなく辞めていった人もいて、本部社員は30人に減りました。でも、全体の仕事の質は下がりませんでした。
──09年に大胆な企業改革を実行し、V字回復を遂げました。
まず5月から、「どんな度数でもレンズ追加料金0円」という業界初の価格体系へ切り替えました。9月にブランド名を「JINS」に統一し、看板も刷新。同じタイミングで、医療用具にも使われる樹脂素材をフレームに採用したメガネ「Air frame」を発売しました。製造原価は以前より大幅に拡大、さらに売り上げ全体の10%を広告宣伝費に投入するなど、一世一代の大勝負でした。
──パソコン用メガネ「JINS PC」が大ヒット。花粉カットメガネや保湿用メガネなども含め、機能性メガネの市場を開拓しました。一方で、他社の参入も進んでいます。どのように差別化を図っていきますか。
眼科専門医や大学の医学部などと連携し、機能について科学的な裏付けをとっています。「サイエンスとともにあるメガネ」という視点を持ち、エビデンスを提示している企業は、国内ばかりか世界でも例がありません。
また、他社の動きに翻弄(ほんろう)されないことが、結果的に差別化につながると考えています。当社が低価格のメガネの販売を開始した時、他社はこぞって価格を下げました。第1号店を展開した福岡では、オープン後、半年の間に同じエリアで20店もの競合がひしめいたほどです。でも、今は多くが撤退しています。
──メガネの自動販売機や、ドライブスルー型メガネ店など、かつてなかった売り場を創出し、イノベーションを起こしています。
それがなぜできたかといえば、「志」があったからです。「ファッションのように着替えるメガネを提案したい」という思いは、戦術です。「価格の安さ」や「おしゃれな商品」は葉っぱや果実です。改革を契機に「志」という根っこがいかに大切かを実感した私は、「世の中に『あたらしい、あたりまえ』を創造し、アイウエアで人々のライフスタイルの質を高めたい」という志を企業活動の根っこに据えました。当社は、世の中のメガネに対する価値観や価格イメージを変えただけでなく、メガネを必要としていなかった人たちのライフスタイルに、パソコン用メガネを始めとする機能性メガネを持ち込みました。こうしたイノベーションを世界で起こしていきたいと考えています。
──店舗の内装や商品の陳列にも独自性が見られます。
当社は2010年に中国に進出、12年9月には海外事業本部を新設しました。店舗や陳列の工夫は、世界を視野に入れてのことです。例えば当社オリジナルの店舗家具。言語も習慣も美意識も違う人たちの個人的な解釈が入ってしまうと、商品陳列は店によってまちまちになってしまいます。メガネを置くスペースがあらかじめ計算され、ボックス型に仕切られている棚を設置すれば、現場のストレスをなくし、ヒューマンエラーをなくすことができるわけです。
──今年2月に正社員の年収の約6%相当の特別賞与を、パートを含む従業員約1,500人に支給。企業に賃上げ要請をしていた安倍首相から謝意を伝える電話があったそうですね。
「他社も賃上げしたからうちも」と横を見て動くのは嫌だったんです。やるなら最初にやりたかった。ただ、給料で人を引き留めることはできないと思っています。働くモチベーションは、自分の力を最大限発揮できる職場があってこそ高まるもの。そうした環境を作ることが経営者のいちばんの役割だと考えています。
社員とのコミュニケーションも大事にしています。当社では、誕生月の社員を集めてランチ会を開いています。月に一度のマネジメント会議の後は、同じ部屋で缶ビールを片手に飲み会を開きます。最近の会では、終わった後に若い社員に居酒屋に連れて行かれ、たくさん飲まされました(笑)。
──リーダー哲学は。
「人間万事塞翁(さいおう)が馬」ということわざがあるように、人生の幸不幸は予測不能です。業績がいい時にはおごらず、悪い時には悲観せず、淡々と志を貫く。そういったことをモットーにしています。
──愛読書は。
沢庵(たくあん)宗彭の『沢庵 不動智神妙録』、宮本武蔵の『五輪書』、山岡鉄舟の『剣禅話』です。いずれも剣禅一如を説き、心のあり方を説いた本で、人生の指針にしています。
ジェイアイエヌ 代表取締役社長
1963年群馬県生まれ。信用金庫、服飾会社を経て88年に服飾雑貨の製造卸売業を始め、前橋市にジェイアイエヌを設立。2001年メガネ事業に進出。06年大証ヘラクレス(現・ジャスダック)に株式上場。今年5月に東証1部上場。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、田中 仁さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)