安全な食品の提供と社会的課題の解決を目指すソーシャルビジネスです

 1975年にNGOとしてスタートした大地を守る会。「農薬の危険性を100万回叫ぶよりも、一本の無農薬の大根を作り、運び、食べることからはじめよう。」というスローガンのもと、有機・減農薬野菜や無添加のおそうざいの宅配サービスを行っている。代表取締役社長の藤田和芳さんに聞いた。

 

藤田和芳氏 藤田和芳氏

──大地を守る会を設立した目的は。

 きっかけは、有吉佐和子さんの小説『複合汚染』を読んだことでした。当時は高度経済成長のまっただ中で、人々が物質的な豊かさを追い求めた時代です。農業は生産性が重視され、農薬や化学肥料が大量に使われました。有機農業の技術は今ほど発達しておらず、無農薬に挑戦する農家は変わり者扱いされました。また、流通業者も消費者も、形の悪い野菜や虫食いの果物には見向きもしませんでした。

 そうした空気に一石を投じたのが、『複合汚染』です。当時私は出版社に勤めていましたが、ミミズが生きられないような土壌で食べ物を育てていいわけがない、という思いで大地を守る会を立ち上げました。NGOからのスタートでした。

 私は全共闘世代で、学生運動を通じて身にしみたことがあります。声高に観念的な正論を叫ぶだけは何も解決しない。告発や糾弾という方法ではなく、明確な解決の道筋を立て、新しいアイデアを提示するべきだと。日本の農業を変えたいなら、農家の意識を変えなければならない。有機野菜を買い支える流通の仕組みを作らなければならない。納得して有機野菜を買う消費者を育てなければならない。そう考えて、独自の流通ルートを開拓しました。農協や市場が買わない有機野菜をトラックで団地などに運び、青空市を開いたのです。77年には株式会社を立ち上げ、宅配事業を軸とするビジネス活動として有機農業の普及に乗り出しました。

──活動を軌道に乗せるために留意したことは。

 「農薬や化学肥料をなるべく使わない」「除草剤を使わない」「土壌消毒をしない」「人の悪口を言わない」という4つの基準を設けました。4つ目は啓発的な意味合いがありました。農家にはそれぞれやり方がありますが、「あそこの堆肥(たいひ)作りはよくない」「あそこの畑は有機とはいえない」などと、他の農家を批判する人もいました。そういう足の引っ張り合いをしてほしくなかったのです。

 農家の意識改革に努める一方で、天敵の活用、輪作、堆肥作りなど、無農薬でも害虫や病気を抑制できる様々な技術提案を行いました。売るときには、「形が悪くてすみません」「虫が食っていてすみません」と謝るのではなく、「曲がったキュウリはおいしいですよ」「もし青虫を見つけたら飼ってみるといいですよ。すぐにチョウチョウになりますよ」などと、前向きで楽しい会話を心がけました。

──「大地を守る会はソーシャルビジネス」と宣言しました。

 これまで、福祉、医療、貧困、農業などの社会的課題の解決にあたってきたのは、主に国の援助や善意のボランティアでした。しかし、支援に依存する体制は内発的な工夫が生まれにくく、経済状況が落ち込むと予算繰りが厳しくなります。サッチャー政権やレーガン政権では実際にそうしたことが起こり、多くのNGOが財政難に見舞われました。その反省として、利益を上げて社会的課題を解決するソーシャルビジネスの発想が広まり、日本でも注目されるようになりました。私は2009年から2年間、経済産業省のソーシャルビジネス推進イニシアティブ委員を務め、専門家の方々との議論を通してソーシャルビジネスの海外事例などについて学びました。そして、大地を守る会がソーシャルビジネスとして機能してきたことを確認しました。

 同年、当社が果たすべき社会的使命として、「日本の第1次産業を守り育てること」「人の生命と健康を守ること」「持続可能な社会を創造すること」という3点を掲げ、自然環境に調和した、生命を大切にする社会の実現を目指すソーシャルビジネスであることを宣言。ソーシャルビジネスへの投資が増える社会になってほしいという願いをこめて、定款の前文として株主総会で発表しました。

──海外の社会的課題の解決にも積極的に取り組んでいますね。

 フェアトレード商品「東ティモールコーヒー」の売り上げの一部をコーヒー農家の支援に充てる「東ティモールコーヒー子ども基金」は2004年に設立。12年からはさらに一歩踏み込んで、栄養不足に苦しむ子どもたちのために養鶏技術の普及を試みる「コーヒーからつながるひよこプロジェクト」を展開しています。

 「DAFDAF基金」は、海外の有機農業交流先の農業や生活向上などを支援する基金で、06年からパレスチナ、ミャンマー、ネパールへの支援を行っています。イスラエルの入植者政策によって農地が分断される事態が起きているパレスチナでは、農道の整備を実施しました。

 09年には、主にアジア各地のフェアトレード商品の産地を支援するための融資基金「互恵のためのアジア民衆基金」を設立しました。バングラデシュのグラミン銀行が始めた農村振興のためのマイクロクレジットの考え方を基礎とした取り組みです。具体的には、フィリピンのバナナの購入1Kgあたり10円、インドネシアのエビの購入100gあたり5円を、飢饉(ききん)に見舞われた農民たちの支援基金とし、生協など他の参加団体の基金とあわせて融資しています。

──被災した東北や北関東の農家の支援も行っています。

 東北や北関東には、長年にわたって安全でおいしい野菜や海産物を提供して下さっている生産者がいます。その方々をどうにか支援できないかと、震災直後より「食べて復興応援プロジェクト」を立ち上げました。風評被害に苦しむ農家を応援するために、「福島と北関東の農家がんばろうセット」という商品も販売しました。一方で、「当地の農産物を子どもに食べさせるのはどうしても心配」というお母さん方のご意見もありました。そこで、放射能不検出(※)を事前確認した産地の品目をそろえた「子どもたちへの安心野菜セット」の販売を始めました。「被災された農家の方々の野菜が買えなくて申し訳ない」と、義援金を送ってくれる方も多くいました。義援金は1億2千万円近くにのぼり、被災地へ届けました。
(※)検出限界値未満を放射能不検出と表記している。検出限界値は検体によって異なるが、放射性セシウム134、137および放射性ヨウ素の核種がおよそ3ベクレル以下。

──今後の取り組みについて。

 中国農村部の貧困問題解消に取り組むNGO「北京富平(フーピン)学校」と連携し、北京において有機農産物の宅配サービスを開始します。大地を守る会のノウハウを持ち込み、課題の多い中国の農業改善を目指します。

 国内においては、関東エリア中心の宅配拠点を日本各地に広げ、地場生産・地場消費の新しいビジネスモデルを作っていきたいと思っています。時期や地域によって収穫できない品目については、日本全国の品目を扱うウェブストアを通じて買っていただくことができます。その組み合わせをアピールしていきたいですね。

──読書体験と、愛読書を教えてください。

藤田和芳氏 藤田和芳氏

 読書に目覚めたのは中学生のときです。入学してすぐのオリエンテーションで、担任の先生から、「本をたくさん読みなさい。私の知り合いの偉い人は年に200冊も読んでいる。200冊は無理だろうが、とにかく読書に励みなさい」と言われたんです。それを聞いて、「よし、200冊を超えてやろう」と意気込み、図書室通いを始め、達成しました。私は岩手県奥州市の出身で、学校の行き帰り、田んぼのあぜ道を歩きながら読んだものです。

 愛読書は、私の出身地を拠点としたアテルイの生涯を描いた『火怨 北の燿星アテルイ』や、北方謙三の『水滸伝』。また、大地を守る会の活動の原動力になった本は、有吉佐和子氏の『複合汚染』、E.F.シューマッハーの『スモール イズ ビューティフル 人間中心の経済学』、ムハマド・ユヌス氏の『ソーシャル・ビジネス革命 世界の課題を解決する新たな経済システム』です。

藤田和芳(ふじた・かずよし)

大地を守る会 代表取締役社長

1947年岩手県生まれ。上智大卒。75年NGO「大地を守る市民の会」設立(翌年「大地を守る会」に改称)。77年「大地」設立(2008年「大地を守る会」に社名変更)。ソーシャルビジネス・ネットワーク代表理事。上智大学で講師も務める。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、藤田和芳さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.50(2013年5月22日付朝刊 東京本社版)