今年60周年を迎える日本福祉大学。愛知県知多郡美浜町の「美浜キャンパス」、半田市の「半田キャンパス」、名古屋市の「名古屋キャンパス」と、3つのキャンパスを構え、2015年には東海市に第4のキャンパスを新設予定だ。この4月に学長に就任したばかりの二木立さんに、組織のリーダーについての考えや同大学の取り組みについて聞いた。
──リーダー論、大学経営の信条などについて聞かせてください。
1999年に大学院社会福祉学研究科長になって以来、社会福祉学部長、大学院委員長、副学長・常任理事と14年間管理職人生が続きました。管理職のモットーは、「めげない(ぶれない)、媚(こ)びない、辞めない」。
業務として重視してきたことは、2003年度に社会福祉学部長に就任したときに発表した「学部長マニフェスト」の内容が象徴しています。具体的には、以下の通りです。
① 学生の変化に対応して、教育内容と方法の改善を進め、学生が「実力」をつけて卒業するようにしましょう
② 個人研究や共同研究を旺盛に行い、博士号取得にも挑戦しましょう
③ 教授会運営の民主的効率化を進め、時代の変化に対応して、迅速に意思決定・実行しましょう。あわせて教員の自己規律を強めましょう
今後は学長として、これをさらに推し進めたいと考えています。
──マニフェスト①の「学生の変化」とは、具体的にどんな変化でしょうか。
私たちが学生の頃は、難しい本でもむさぼるように読み、知識を深めることが当たり前でした。今の若い人たちは、いい意味でも悪い意味でも感性的で、読みにくいものは無理して読もうとしません。作家の井上ひさしさんは「ふかいことをおもしろく」を心がけたそうですが、教員も大事なことを、よりわかりやすく、よりおもしろく、伝えていく必要があると思います。
また、今は価値観の押しつけも嫌いますから、自主性を尊重しなければいけません。その一方で、思考に偏りが生まれないように、「事実認識と価値判断は区別しなさい。自分とは違う意見、対立する意見が書かれた文献も読むようにしなさい」と指導することも大事だと思います。
──この4月に『福祉教育はいかにあるべきか ゼミの方法と論文指導』(勁草書房)を出版されました。どのような思いを込めましたか。
私は1985年に本校の教授となって以来、大学院と学部で教えてきました。講義では、「現代医療論」「障害児の病理と保健」といった専門科目を担当しましたが、どの科目においても基礎知識の習得を徹底しました。一方、ゼミでは、論理的思考力の習得を重視し、論文の書き方をとことん指導しました。ゼミ生には、年間7回のリポートを提出させ、そのすべてを添削して返していました。優秀なリポートについては「公開添削」と称してゼミ生全員に目を通してもらっていました。いい論文を読むことで、自分の論文の未熟な点が見えてくるからです。
また、社会福祉士国家資格の取得を積極的に勧めてきました。社会福祉士国家試験の合格率は、全国平均3割程度ですが、私のゼミでは9割でした。学長となっても、実力と資格を兼ね備えた人材育成に力を入れていきたいと思っています。本には、こうした教育手法や、福祉教育にかける思いをつづりました。
──資格取得に加え、マニフェスト②にあるように、博士号取得にも力を入れていますね。
博士号は海外ではとても重視されるので、国際的な活動も視野に入れて取得を目指してほしいと考えています。本学では、現職教員の学位取得を目的とした一年間の国内留学制度も有しており、昨年度までに7人がこの制度を利用して学位を取得しました。
学生が実社会で通用するスキルを身につけるため、実習や研修、あるいは卒業生との交流の機会なども多く設けています。経済学部は早くからインターシップ制度を導入しています。
──マニフェスト③にある「教授会運営の民主的効率化」とは。
効率を重視するあまり、トップダウンに走らないということです。教授陣の自発的な意思を引き出せるように民主的手続きをきちんと踏み、かつ迅速に意思決定する。学部長時代から唱えてきたことですが、全学的に取り組んでいきたいと思っています。
──日本福祉大学の特徴、他校にない魅力とは。
本学はこの10年間、「福祉」を“ふくし”と平仮名で表現し、「ふくしの総合大学」という目標を一貫して掲げています。漢字の“福祉”は、生活保護や障害者支援といった狭義の社会福祉、つまり、「特定の人のためのもの」というイメージが先に立ちます。それも当然含みますが、さらに広い意味での福祉、端的には、「人間らしく幸せに生きるため」のあらゆる活動を包含する言葉として、平仮名を用いています。
学部には、社会福祉学部、経済学部、福祉経営学部(通信教育)、子ども発達学部、国際福祉開発学部、健康科学部があります。「命」「暮らし」「いきがい」などアプローチは様々ですが、共通して“ふくし”を学び、ビジネス、経済、教育、医療など、様々な領域で活躍する人材の育成を目指しています。
──今後のトピックスは。
2015年に、名鉄名古屋駅から約15分の太田川駅前に新キャンパスを開設する予定です。ここに看護学部(設置構想中)を新設し、経済学部と国際福祉開発学部を移します。看護学部は、医学的アプローチとはひと味違う、“ふくし的” な視野を持った学習環境にしていきたいと考えています。
──日ごろの読書スタイルについて、聞かせてください。
私は、読書と新聞と雑誌の3本柱で情報を得るとともに、思索を深めています。新聞は朝日新聞を筆頭に6紙。3紙は自宅で定期購読し、残り3紙は大学の教員控室または喫茶店で読んでいます。名古屋エリアの喫茶店は新聞を置いているところが多いのでありがたいです。ゼミ生には新聞をできるだけ朝夕刊セットで購読し、毎日読むことを義務づけていました。雑誌は英語雑誌を約30誌、医療や福祉の専門紙誌を含めて日本語の約150紙誌をチェックしています。愛読している英語雑誌は『The Economist』。雑誌は主に通勤の車中で読んでいます。
硬めの本は自宅の書斎で、軟らかめの本は、東京出張などの車中、それと就寝前の“眠り薬”として読みます。「相棒」シリーズ、今野敏の警察官シリーズ、池波正太郎の時代小説などです。特に、池波正太郎の『剣客商売』シリーズ、『仕掛人 梅安』シリーズ、『鬼平犯科帳』シリーズは、数年おきに繰り返し読んでいます。池波氏の「人間はよいことをしながら悪いことをし、悪いことをしながらよいことをしている」という「複眼的」(弁証法的)人間観に共感します。特に『剣客商売』はすがすがしいので一番好きです。
──心に残っている本は。
医学部時代は、トルストイ、ドストエフスキー、ゲーテ、ヘッセなどの世界の名著や教養書を乱読。特にジャン・ポール・サルトルに心酔しました。学生運動に没頭した時期には、マルクス、エンゲルス、レーニンの著作も読みあさりました。印象に残っているのは、それぞれ『資本論』『自然の弁証法』『哲学ノート』です。
医療問題の研究をする契機になったのは、教養部2年時に読んだ故・川上武先生の『日本の医者-現代医療構造の分析』です。医学部卒業後、すぐに川上先生主催の研究会や読書会に参加しました。
組織をまとめていくうえで参考になったのは、マックス・ウエーバー『職業としての政治』。他大学の先生の著作では、東海学園大学名誉教授・杉山幸丸氏の『崖っぷち弱小大学物語』と、岐阜大学前学長・黒木登志夫氏の『落下傘学長奮闘記』。さらに、湯浅誠氏の『ヒーローを待っていても世界は変わらない』。昨年秋に学長選挙で当選した後に読んで一番参考になったのは、冨山和彦氏の『結果を出すリーダーはみな非情である』です。
リーダーの大事な資質は、歴史や失敗に学ぶことだと思います。この点で最も参考になったのは、坂野潤治氏の『日本近代史』と林健太郎氏の『ワイマル共和国 ヒトラーを出現させたもの』。城山三郎氏の『少しだけ、無理をして生きる』にも、誇りを持って生きるためのヒントがたくさん書かれていました。
若い人に読んでほしいのは、少し「歯ごたえ」がありますが、マイケル・サンデル氏の『これからの『正義』の話をしよう いまを生き延びるための哲学』。学生に不可欠な、作文能力を身につけるための「古典」は、木下是雄氏の『理科系の作文技術』。柔軟な発想を身につけるうえで参考になるのが、山中伸哉氏、益川敏英氏共著の『「大発見」の思考法 iPS細胞 vs. 素粒子』。社会保障についての基礎知識を身につけるためにぜひ読んでほしいのは、『平成24年版 厚生労働白書 社会保障を考える』です。
手前みそですが、自著で読んでほしいのは、『医療経済・政策学の視点と研究方法』と、先に触れた『福祉教育はいかにあるべきか』です。
日本福祉大学 学長
1947年生まれ。72年東京医科歯科大学医学部卒。75年公益法人財団・代々木病院理学診療科開設に参加。同科科長・同院病棟医療部長・同財団理事などを歴任。85年日本福祉大学社会福祉学部教授。92年米国UCLA公衆衛生学大学院客員研究員。99年日本福祉大学大学院社会福祉学研究科長。2003年社会福祉学部長、文部科学省21世紀COEプログラム・日本福祉大学拠点リーダー。09年副学長・常任理事。13年4月から現職。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、二木 立さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)